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【22】

 真司はまだ震えの止まらない脚でアパートの階段を駆け登った。毎日ニコニコ銀行本社からここまで片桐のクルマで来たのだが、元ヤンキーの経歴は伊達じゃなかった。二車線道路を左右にヒラリヒラリと先行車をかわし、交差点にはほぼ横向きの状態でドリフトしながら突っ込んでいく。真司はサイドウィンドウの上のグリップを両手で握りしめ、両足はフロアマットに突っ張った格好で耐えるしかなかった。生きた心地がしないとは正にこういうのを言うのだろうと真司は実感した。おかげで普通なら一時間はかかる道のりを二十分で来た。

「石井、開けろ! 片桐だ!」

 真司より先に扉の前に着いた片桐が激しく戸を叩きながら怒鳴った。

「プロマネ、近所迷惑です。いないんじゃないですか?」

「アイツは中にいる。間違いない。冷蔵庫だけでこんなに電気メーターは回るまい……おい石井! 無理やり飲ませたりしないから開けてくれ!」

 真司は片桐がこれまで石井にどんな仕打ちをしてきたのかは考えないことにした。片桐がなおもドアを叩き続けようとしたその時、ガチャリ、と錆びついた金属音がした。ゆっくりとドアが開き、隙間から石井が顔をのぞかせた。

「さあどうぞ。お待ちしてましたよ」

 石井の声は以前の精悍な印象とはかけ離れ、どこか遠くを漂っているようだった。目の下には色濃い隈があり、頬はこけている。しかし、その瞳だけは不気味なほど爛々と輝いていた。

「待っていた?」

「片桐さんも真司君も僕の仕事を手伝いに来てくれたんでしょう?」

「おい! 仕事ってなんだ?」

「人類の救済ですよ」

 真司と片桐は石井に招かれるまま部屋の中へ入った。六畳一間の室内は、想像を絶する惨状だった。床にはコンビニ弁当の空き殻や空き缶が散乱し、壁には、お札のような、奇妙な幾何学模様が描かれた紙が、隙間なく貼り付けられている。そして、部屋の中央には、数台のモニターが怪しげな光を放ち、無数のケーブルが這い回っていた。

「座ってください。……お構いもしませんが」

 石井は、散乱するゴミを気にする様子もなく、モニターの前のパイプ椅子に腰を下ろした。

「石井、お前が作った『データ連携基盤』が、ウチの銀行のシステムを暴走させてる。お前がここからコントロールしてんだろ? 違うか?」

 石井の前に立って彼を見下ろしながら片桐が言った。さっき戸を叩いていたときの剣幕からすると意外なほどジェントルな口調だ。だがそれは冷静に話し合おうとする気持の現れというより、石井の様子の異様さに警戒しているという方が当たっていそうだ。

「ええ。『救済』は進んでいるようですね」

「救済? なんのことを言ってるんだ?」

 そのとき片桐のスマートフォンから『てってってってってれてれて、アフー!』と呼び出し音が流れ出した。

「片桐です。はい。はい。はい。なんですって? いや、いくらなんでもそんなことが……はい、とにかく石井には接触出来ましたから、確かめてみます」

「プロマネ、どうしたんですか?」

 真司は通話を終えてスマートフォンを懐にしまった片桐に尋ねた。

「システム部長からだった。にわかには信じがたいが……ATMを操作したり銀行のサイトを見たりした預金者が次々に意識を失って倒れてるっていうんだ」

「そんな馬鹿な。そんなのあり得ないですよ」

「そうだよなあ。あり得ねえよなあ」

 真司と片桐はお互い顔を見合わせてから同時に石井の方に向き直った。

「お前、なにをした?」

 片桐がこれまでより強い口調で石井に詰め寄った。

「だから言ったじゃないですか『救済』だって」

 石井はそんな片桐に一切臆することなく至ってノンビリした調子で返した。


 宝町支店では健太たち行員と美咲が倒れている人たちへの声掛けを続けていた。最初は美咲が一人でしていたことだったが、健太が加わり、二人の懸命な姿に他の行員もいつしか同じように声を掛けるようになっていた。

「健太! 続けて! あっちこっちで魂が浮き上がりかけてきてる。声を掛けて引き止めて!」

 受け付けカウンターの上に立って店内を見回したモルが声を張り上げた。

「見て分かるのか?」

「うん。死神のアタシには見える」

「じゃあ、どの人が危ないか指示してくれ」

「分かった。あそこのお婆さんと、あそこのオジサン」

 モルがカウンターの上から、ATMの前で倒れている老婦人と、待合室の椅子にもたれかかった格好の背広姿の男を指差した。

「美咲! あのお婆さんに声を掛けて!」

 美咲がうなずいてATMのほうへ駆けていくのを見届けてから健太は椅子の男性に駆け寄った。

「しっかりしてください! あなたはまだその時じゃありません!」

 健太が声を掛けると、なんとはなしに男性が落ち着いたように感じた。男性が身動きしたわけでも、表情が変わったわけでもないので、単に気のせいかもしれないが、やはり魂の出す気配は分かるのだと健太は思った。それでモルの方を見ると、モルが大きくうなずいた。浮き上がりかけた魂が戻ったということだろう。

「田所さん、私はどの方に声を掛ければよろしいですか?」

 たまたますぐ横で別の倒れている客に声掛けしていた女子行員が健太に尋ねてきた。

「えっ」

「あ、あの……田所さんはどのお客様にお声がけすべきか知っている、そんなふうに感じたものですから」

 健太は思わずまたモルを見た。女子行員も健太の視線の先を追って首を回した。彼女にモルの姿は見えていないはずだが、彼女は何か納得したように小さくうなずいた。カウンターの上のモルもまた大きくうなずき、自分の足元、受け付けカウンターの横で倒れているスーツ姿の若い女性を指差した。

挿絵(By みてみん)

「あのお客様を」

 健太もモルの示したその女性を指差して女子行員に教えると、女子行員は使命に燃えた目でそちらへ駆けていった。


 カウンターの上から魂の監視を続けていたモルのローブの懐が振動した。モルは震えている二つ折りのガラケーを取り出し、パカリと開いて耳に当てた。

「先輩、そっちの様子はどうですか? 何か異常はありましたか?」

 電話の相手はモルの後輩で上司、ゴスロリの主任、アリスだった。

「アリスちゃん! 大変なの!」

 いつもなら『職場でその呼び方はやめろ』と毎回律儀に突っ込むアリスだが、今はモルの切羽詰まった気迫に圧されて、そのことには何も触れずに訊き返してきた。

「先輩、なにがあったんですか?」

「あのね、えっとね」

「先輩、落ち着いて!」

「あ、うん、ごめん。あのリスト、健太の銀行の預金者リストだった」

「なんでそれが刈り取りリストとして流れてくるんですか?」

「分からない。でもそれより大変なの!」

「いったいどうしたというのですか?」

「リストに載ってる人たちが次々に気を失って、魂が浮き上がりかけてるんだよ!」

 電話の向こうでいろいろな物が床に落ちて壊れる音がした。それから滅多に聞くことのできないアリスの叫び声が聞こえた。

「私もそちらに行きます!」

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