【21】
「モル、これ……ウチの銀行の口座番号だよ、きっと」
リストを渡された健太は、ソートのキーになっている数字の正体に即座に気づいた。
「最初の三桁が店番で、後ろの七桁が口座番号だ」
健太の言葉に、モルがのけ反った。
「口座番号? なんでそんなモノが刈り取りリストに載ってるの?」
「載ってるどころか、そいつがキーになってんだ。預金者リストをそのまま刈り取りリストにしちまった、って言うほうが合ってんじゃねえか?」
佐藤の言葉に健太はうなずいた。
「このリストに載ってる預金者がATMにキャッシュカードを差したり、ウチのサイトにアクセスしたり……ああ、サイトには口座番号でログインする仕様なんだ。そこで識別されると、魂を刈り取られるってことなのかな」
健太が言うと、モルは体ごと激しく首を左右に振った。
「この人たち、刈り取られてはいないよ」
佐藤も抱えたカボチャを揺すった。
「ああ。ATMやスマホの画面だけで魂を刈り取るのは無理だな。そこは死神自ら出向いて刈り取らなきゃならねえ」
モルがふんぞり返ろうとしたが、抱えた大鎌の重さで後ろにひっくり返りそうになった。それをかろうじて佐藤が抱きとめる。
「じゃあ、この人たちは気を失ってるだけ?」
健太は敢えて二人の漫才のような状態には突っ込まずに訊いた。
「今のところはな」
佐藤はモルをしっかり立たせてから答えた。
「今のところ?」
「このリストに載ってるんだ。失神だけで済むはずがねえよ」
「誰かが刈り取りに来るっていうの?」
モルが目を見開いた。
「急ぐんだ! システム部長が頭取の承認まで取り付けてくれた。躊躇すんな! どんな手でもいいから外部接続を遮断しろ!」
本社のプロジェクトルームで片桐が怒鳴っている相手は、データセンターのシステムエンジニアだ。報告に行ったきり戻ってこなかった片桐だが、外部データの流入を止めるための接続遮断を、頭取に認めさせてきたのだ。
「いろいろやってるけどダメなんです! 制御不能です! 外部遮断のコマンドを一切受け付けません。完全にOSを乗っ取られてます!」
オンライン越しでも、エンジニアのパニック度合いが伝わってくる。
「だったらケーブルをぶっこ抜いてこい!」
「それもできないんです!」
「この際、機器破損はやむを得ん。それも頭取から許可を取ってある!」
「そんなことじゃない!」
ついにエンジニアがキレて怒鳴り返した。
「サーバールームの扉が開かないんだ! セキュリティシステムが解除されなくて、誰も入れないんだよ!」
「だったら扉をぶっ壊せ!」
「アンタ、バカか? そんな簡単に壊されるようなデータセンターに、アンタは機械を置くのか!」
「ああ……いや、すまん。テンパって無茶言った」
「いいですよ。こんな状況じゃ無理もない。こちらこそ口が過ぎました」
「打つ手なしか……」
片桐がどっかとグレーの事務机の上に尻を載せた。
「プロマネ、見つけました。これです」
ヒートアップする片桐を横目にキーボードを叩き続けていた真司が、掠れた声を出した。モニターには、システムモジュール間のデータの流れが投影されている。
「このルーチン……正規のプロセスに擬態して、外部からのリモートアクセスを常時受け入れています。踏み台にされているサーバは海外の数箇所を経由していて、どこからのアクセスか追跡不能。でも、どこかで誰かがこの事態を操ってるに違いない」
「正規のプロセスに擬態って、何のプロセスなんだ?」
片桐がモニターを覗き込んだが、さっぱり分からんという顔で首を横に振った。
「データ連携基盤です」
「それって、アイツの……」
「ええ。石井さんが休職する前に完成させたやつです」
石井は真司と並ぶ天才エンジニアだったが、三か月ほど前から心を病んで休職していた。
「真司、行くぞ」
片桐が上着をひったくるように掴んだ。
「えっ、どこへ?」
「決まってるだろう、石井の家だ! システム側で制御が効かないなら、発信源を物理的に叩き潰すしかない。住所は分かってる。酒持って何度か押しかけたことがあるからな」
「それって……無理やりですよね?」
「反省してるよ。でも今はそんなこと言ってる場合じゃない」
「それはまあいいですけど、まだ解析の途中です。石井さんかどうかも分からないのに動くのは非効率ですよ」
「お前、さっき追跡不能って言ったじゃねえか。これ以上やったって分かんねえんだろ? だったらここでモニター睨んでたって仕方あるまい」
真司は片桐に腕を掴まれ、半ば引きずられるようにしてプロジェクトルームから連れ出された。
再び、宝町支店。
モルはリストを床に広げ、その上にうずくまって懸命に手を動かしていた。
「佐藤さん、これ、消えないよ! いくら上から線を引いても、気がつくと名前が線の上に出てきちゃう」
「お嬢、線一本引いたくらいで人の運命は変えらんねえだろ」
「やっぱり駄目か……」
モルは握っていた鉛筆を放り投げ、リストの海にダイブした。
「あははは! もう、どうしろって言うの! 笑うしかないよ!」
「お嬢! 気をしっかり持て!」
佐藤が駆け寄ろうとすると、彼女はしっかりした足取りで立ち上がった。表情からも、完全に正気なのが分かる。
「大丈夫だよ。でも、気分変えたほうがアイディアが出るんじゃないかと思って」
「確かに。何も分からない中、ウンウン考えてても仕方ないか。いずれ『刈り取り』に来る奴が現れるはずだ。それまではあの姉ちゃんを見習って、倒れてる魂のケアをするのが良さそうだぜ」
佐藤は健太に向き直って言った。
「魂のケア?」
「うん。死んでなくても、肉体から浮き上がりかけてる魂は弱っていくの。意識はなくても、美咲さんの励ましはちゃんと届いてる。それって魂の救済には、とても大事なことなんだよ」
今も倒れている老婦人の手を握って、何か必死に話しかけている美咲を見ながら、モルが答えた。
「そうなんだ。分かった、僕もそうするよ」
健太は美咲のほうへ駆けていった。




