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【17】

 努力が足りないわけでも、根性が曲がっているわけでもない。ただ、生まれ持った「脳の仕組み」が、この世界の多数派とは致命的に食い違っている。その事実は、これまでのどんな罵倒よりも深く真司を打ちのめした。真司はがっくりと肩を落とし、床に散らばったままの錠剤を見つめた。

「……だったら、やっぱり死ぬしかないじゃないか。治らない病気を持って生まれてきたんなら、この先どこへ行ったって、俺は『意味のないこと』を強要されて、拒絶反応を起こして、群れから追い出され続けるんだ」

 部屋を支配する沈黙。モルが心配そうに身を乗り出そうとしたが、健太が手でそれを制した。健太はゆっくりと視線を上げ、佐藤のカボチャ頭を睨んだ。

「佐藤さん、言い過ぎですよ」

「事実を言ったまでさ。慰めなんてのは群れの本能の好物だろ? 兄ちゃんたちには毒にしかならねえ」

 佐藤は素っ気なくカボチャの頭を振ったが、その視線は真司の「手」に固定されていた。真司の手は、絶望に震えながらも、無意識にある一点を探るように動いていたからだ。

「なあ兄ちゃん」

 真司の手を見つめたまま佐藤が真司に呼びかけた。

「大多数の人間が呼吸するようにこなす『忖度』や『空気を読む』ことは、兄ちゃんたちにはエベレストに登るくらい難しいことのはずだ。だがな、逆もあるんだぜ」

 真司が顔を上げた。

「逆……?」

「奴らにとっての『正解』は、群れが維持されることだ。だから平気でロジックを曲げる。でも、兄ちゃんにとっては違うだろ?  お前さんの脳は、生存に不可欠なものとして『論理的な正しさ』を求めてる。それは、この嘘だらけの世界で、お前さんが持っている唯一の、そして最強の武器なんじゃねえかと思うぞ。なあ兄ちゃん、さっきから指が何かを求めてるみたいだけどよ、俺たちに見せたいモンがあるんじゃないのか?」

 真司の指が、デスクの引き出しの隙間に触れた。

「いや、こんなもの見せても……」

「俺の単なる当てずっぽうだけどよ、それってお前さんが密かに作った設計書なんじゃねえのか? プロマネの要求じゃなく、客の要求に忠実な」

「設計書?」

 健太が身を乗り出してきた。

「いや、俺が勝手に書いただけで、日の目を見ることはない」

「でも、君はそれが本当に必要とされてるものだと思うんだろ?」

「それはそうだけど……」

「俺たちに見せたからってどうにもならんかも知らんが、今んとこ戦う武器はそいつしかねえんだ」

 佐藤も身を乗り出してきた。

「別に戦う気はないんだけど……」

「戦いもせずに三途の川を渡ろうなんざ、お釈迦様が許しても死神が許さねえ。そうだろ、お嬢?」

「へっ? ああ、うん、そうね……」

 胸の前に鎌を抱き抱えたロリっ娘死神は明らかに困っているようだったが、カボチャ頭は意に介していない。背広姿のアルバイト死神も主人の困惑顔は見て見ぬふりのようだ。

挿絵(By みてみん)

「そんなに言うなら……」

 真司はデスクの引き出しを開けて、A4コピー用紙の束を取り出した。

「……これだけど」

「プロマネに強制されたガラクタ案の裏で、深夜、これを作っている時だけ、俺は『意味のあることをしている』と感じられた。銀行が、現場が、本当に必要としているロジック。AIもメタバースもない、ただひたすらに堅牢で、嘘のない設計図だ」


 健太は書類を受け取り、一頁ずつ丁寧にめくった。そこにあるのは「夢」や「希望」という名の装飾を一切削ぎ落とした、剥き出しの真実だった。システムの構造に関することは健太には分からない。だが、このシステムが実現しようとする機能は、まさに現場が求めるものだった。

「すごい……コンピュータのことはよく分からないけど、これがあったら現場は大助かりだ」

 そこまで言って健太がハッとした顔になった。

「君のお客さんて、ひょっとして銀行?」

「ああそうだ。そうか、アンタ、本業は銀行員て言ってたな。どこの銀行だ?」

「毎日ニコニコ銀行」

「マジかよ……俺のお客さんじゃないか」

「そうだったんだ! これ、ウチの銀行向けなんだ。いや、これ、絶対欲しい」

「そりゃ、現場の声を反映した仕様だからな」

「プロマネがウチのシステム部長にプレゼンするのはいつのこと?」

「来週の火曜日」

「そうか、そうか。プロマネはウチのシステム部長にプレゼンするのか。そうか、そうか」

「健太、なにニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」


 モルは顔をしかめて健太の目を覗き込んだ。彼女がそこに見たのは、なにやら確信めいた光だった。


 真司は月曜日になってプロマネに呼び出された。明日のプレゼンについて来いというのだ。先方からの要請らしい。なんだかそれに関連する夢を見たような気もするが思い出せない。思い出したところで関係があるとも思えない。ただ、その夢のせいで死ぬ気がなくなったのは確かなようだ。


 そして火曜日の午後。真司はプロマネと、担当役員の三人で毎日ニコニコ銀行本社を訪れた。受付嬢に案内されて会議室に入ると、コの字に配された机の一列に既に三人が座っていた。名刺交換の結果、真司たちの提案するシステムの担当者、担当の課長、そしてシステム部長であると分かった。今日の籠絡相手はこのシステム部長だ。


「——これまでご説明いたしましたとおり、ご提案する次世代銀行システムは、AIとメタバースを活用し、顧客と『魔法のように繋がる』、革新的なユーザー体験を提供いたします」

 プロマネは自信満々に、真司に作らせた「虚飾のプレゼン資料」を披露した。彼の声は立派だが語られる内容は、流行語を並べただけの、論理的な整合性の取れない空虚な「願望」だとしか真司には思えなかった。

「……。いかがでしょうか、システム部長」

 プロマネは、いくらでも称賛してくださいとばかりに胸を張って言った。しかしいくら待ってもシステム部長の口から「素晴らしい」という言葉は発せられない。重苦しい沈黙の後にやっとシステム部長が口を開いた。

「これはゴミだ」

 凍りつく室内。システム部長の一言に、プロマネと役員の顔が引きつる。

「君の提案には、運用コストとデータ整合性の説明が一切ない。これはシステムではなく、ただの『願望』だ。君は仕事をしに来たのか、それともお花畑の案内をしに来たのか?」

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