99話 長安攻城③
城内に侵入した俺は、真っすぐに未央宮を目指した。コハンは左右にカイギョクとチンアクを分け、残りの門を開けていくように指示した。
中央に向かって後秦の兵たちが後退していった。未央宮に集まっている。やはりそこにヨウセキトクがいて、最後の砦とする気であった。フリョウは俺たちの動きに付いてこれていなかった。
「だから言ったのに....モウチョウ、すまんがフリョウの護衛に回ってくれ。ここで死なれては困る」
「......分かったよ。まったく面倒くさい奴だな」
エンが攻めていた門を内側からカイギョクが開けた。エンは騎馬隊で一気に門の周辺を制圧していった。
「ユウは!?」
「すでに未央宮に向かっている!」
エンも未央宮に向かった。長安は既に大混乱にあり、兵たちは中へ中へと後退している。この流れなら、すぐにレイセキの軍も各門を突破し侵入してくるはずだと思った。
俺は本陣の騎馬隊五千を連れ駆けた。ケイシャンも突破しており、後ろから続いてくるのが見えた。
「住民には手を出すなよ!」
長安の人たちは怯えていた。また長安が戦場となり、焼かれると思っているに違いない。街の規模からいえば、人はまばらで少ないと感じた。ほとんどが空き家で、焼失したままの家の残骸も数多くあった。
「あれが未央宮か...」
一目でそれと分かった。通過してきた北宮は廃墟で人気が無かった。未央宮に兵が集まっている。かなりの大きさの広場に、宮殿がそびえ立っていた。まるで城の中に城があるようであった。
広場には後秦軍、二万が密集して布陣していた。開門した時に逃亡したものも多い。これが最後まで王を守る軍ということだ。
ケイシャンとエンが合流してきた。全て騎兵で、俺の軍と合わせて一万五千になった。歩兵たちは中の制圧に回っている。レイセキが侵入してくるには、まだもう少し時間が掛かりそうだ。広いとは言え、城内なのだ。エンが左翼、ケイシャンが右翼の構えになったが、かなり密集しており、動きは制限されてくる。
ぶつかったら力で押すしかない。俺は棍棒を構え直した。
合図を送った。
エンの五千が後秦軍に襲い掛かった。敵の歩兵は槍を突き出し迎撃の構えを取った。
ぶつかる。
エンは先頭に立ち、水流剣で槍をへし折っていった。そこに騎馬隊が抉る。狭い中でもエンは小隊に分け、突いては引くを繰り返した。乱戦になると騎兵では不利だ。敵の指揮官もそれが分かっているようで、前に前に出て来た。次第に騎馬の突撃の余地がなくなる。
だが、後軍はエンのところだけ前に出たいびつな形になった。そこにケイシャンの騎馬隊が突撃に横撃を加えた。楔のように突き刺さり、後秦軍は二つに割れた。前に出た後秦軍はエンとケイシャンに挟撃されるような形になった。
俺は即座に前に出た。まずはエンとケイシャンで半分を屠る。残り半分がケイシャンの背後を突かないよう、俺は壁になった。
馬から降りた。正直、そっちの方が棍棒を持って暴れやすい。棍棒を横に薙ぐと数十人が吹き飛んだ。
後秦軍は俺に恐れをなし、近づくものがいなくなってきた。エンとケイシャンは確実に半分の方を削っていく。挟撃され、後秦の兵たちはバタバタと倒れていった。
「あまり手応えを感じないな...」
最後に残った兵だ。確かに精鋭であったが、俺はどこか違和感を感じた。
「ユウ。こっちは終わったぞ」
ケイシャンが来た。挟撃の形にしたとはいえ、崩れるのが早いと感じた。
「どうやら敵には指揮官がいないようね」
エンの言葉に俺は違和感の正体に気づいた。兵は強い。だが、指揮系統がなく、それぞれがバラバラに戦っているだけであった。
「ヨウセキトクというのは戦下手なのかな」
「そんなことないわ。カクレンに盾突いて後秦を守った猛将よ」
「だとしたらこの手応えのなさはなんだ?」
「...考えられるとしたら、すでに逃亡していないということね」
俺は青ざめた。未央宮以外の宮は素通りしたのだ。あの廃墟の中にヨウセキトクが隠れていたのであれば、今頃は逃げて長安にいないのかと思った。
◆
ヨウセキトクに従うのは僅か十名弱の近習だけであった。未央宮にいると見せかけて、北宮にいた。東晋軍が通りすぎた時には、ホッと胸をなでおろした。
カクレンが夏を建国した時に、長安を脱出して洛陽で後秦を再興した。ヨウコウもヨウヘイも、カクレンに洗脳され衰弱して果てた。ヨウセキトクだけがヨウ氏の一族の中で生き残った。
北宮には万が一の為に外に繋がる脱出路がある。それはカクレンも知らなかったはずだ。ヨウセキトクさえ生き残れば、まだ後秦を立て直すことが出来る。長安の存在に判断を誤った。魏に明け渡していればこうはならなかったのだ。再度、頭を下げて許してもらえるか分からないが、今はそれに望みをつなぐしかない。
「お、モウチョウ。誰かいるぞ」
ヨウセキトクはハッとして振り返った。東晋の軍だ。数は五百程だ。油断した。とっくに未央宮に行ったものだと思っていた。一人だけ、ひょろ長い男がいる。兵ではない。おそらく敵の軍師の類だろうと思った。ヨウセキトクは剣を抜き、その男を狙った。人質に取れば、まだ逃げられる可能性はある。
「うわ!」
フリョウは咄嗟に符を投げつけた。毒を発生させる符であった。それはヨウセキトクの顔に貼りつき、途端に苦しみだした。
「こいつは何者だ!」
「分からん。とりあえずひっ捕らえて将軍に引き渡しましょう」
モウチョウはヨウセキトクを縛り上げ、近習たちは兵に命じ取り押さえさせた。符を顔から剥がすと、毒でただれて、とても見れるものではなかった。
「もしかして、こいつがヨウセキトクかもしれんぞ。やったなモウチョウ、お手柄だ」
フリョウはヨウセキトクのただれた顔を気にせず覗き込み、大笑いするのであった。




