100話 後秦滅亡と会談の夜へ
俺は未央宮を制圧したが、やはり中にはヨウセキトクらしい人物は居なかった。逃げられたと思い、慌てて捜索を命じた。
「おう。何を慌てているのだ」
フリョウとモウチョウが一人の男を引き立ててきた。
「フリョウ。無事だったか。そいつは」
「誰だと思う?」
「誰だ。さっさと言え」
「驚くなよ。ヨウセキトクだ」
俺は驚いた。逃がしたと思った人物が、目の前にいるのだという。その男の顔は無惨にただれており、とても見ていられなかった。
「エンさん。この男がヨウセキトクなのか」
「間違いないわ」
エンは目を逸らさずに男の顔を見て断言した。
「......ハクエン。なぜここにいる。この主殺しが......」
「黙れ!エン様に何てことをいうのだ!」
フリョウは怒ってヨウセキトクを蹴とばした。
「エンさん!どうですか!わたしの手柄は!」
エンはちょっとだけ微笑むとその場を立ち去った。主殺しと言われ顔がこわばっていた。
「まったく運の良いやつだ。王を捕らえるとはな...」
「はーはっはっは!これも作戦だ!」
俺は嘘つけと思った。モウチョウも呆れた顔をしている。レイセキがやってきた。
「ヨウセキトクを捕らえましたか。うっ!なんですかこれは」
レイセキは口を押えながらも、ヨウセキトクを見ていた。
「どうしますか。建康に護送しますか」
「そんな必要ないわ」
俺はその声を聞き、思わず怯んだ。あの時の恐怖が蘇ってくる。何度も打ち負かされた。俺も最後は撃退したが、それよりも負かされた方が記憶に深く残っていた。
「.....カ、カクレン。いつの間に来たんだ....」
「見させてもらったわ。見事に長安を落したのね」
カクレンは妖艶な笑みを浮かべていた。俺はゾッとした。手紙のことを思い出した。恋文。熱い夜を過ごしたい。その時が迫っている。
「ヨウセキトクはこちらに引き渡してもらおうかしら」
「どうせ殺すだけだろ」
「それは建康に護送しても同じことよ。早く死ぬか、遅く死ぬかの違いよ」
「カクレン。貴様だけは許さん」
「ヨウセキトク。無様なものね。何その顔、不細工がもっと不細工になっているじゃない」
「貴様のせいで後秦は......」
「黙りなさい!あなた達、ヨウ一族には何度も煮え湯を飲まされたわ。わたしがあの親子に何をされたかわかっているでしょ!?」
「最後はお前が洗脳したのではないか!」
「そうそれ。ヨウセキトク、あなただけは、わたしの洗脳から逃れた。だから許せないのよ」
「誰がお前と寝るものか!いい加減に殺せ!」
「簡単に殺すものですか。あなたにはわたしの奴隷になってもらうわ」
カクレンの目が妖しく光る。その様子に誰も口を開くことが出来なかった。
「カクレン!」
俺は勇気を振り絞って口を開いた。カクレンと目が合った。俺は怯まず見返した。
「せめて、ひと思いに殺してやれ。それが礼儀だ」
カクレンは俺が言ったことを理解できないようであった。
「敗者に死に方を選ぶ権利はないわ」
「それならば勝者は俺たちだ。ヨウセキトクの処遇は俺たちに決めさせてくれ」
「あら?言うじゃない。わたしの支援がなければここまで来れなかったくせに。まあいいわ。ヨウセキトクはあなた達に任せる。その代わり、今夜は楽しませてもらうわよ」
カクレンはそう言うと高らかに笑いながら未央宮を出ていった。俺は一気に体から力が抜けた。レイセキもホッとしたようであった。
「あの女やべえな....」
フリョウはがたがた震えていた。俺はこいつにも恐怖の感覚があったのかと思った。
「礼を言うぞ。リュウユウとやら。あの女の奴隷になるのは屈辱以外の何物でもない...」
ヨウセキトクはそう言い、観念したように目を閉じた。俺はその肩を持ち、モウチョウと共に外につれていった。
「何か言う残すことは......」
「ない。やってくれ」
俺は剣を抜き、振り下ろした。
後秦の歴史がここに幕を閉じた。
◆
「お前さん、本当に今晩あの女のところに行くのか。食べられてしまうぞ」
「じゃあ、代わってくれるのかよ」
フリョウは「いやいやいや!」と全力で首を振った。
「ユウ。あの女の洗脳には鋼の意思が必要だわ」
エンが言った。俺はエンの素性と知って以来、その過去も聞いてきた。朝鮮半島にある小国の公女で、その後、燕の武将となり、秦へ行き、魏の禁軍の将軍となった。そして魏王を愛憎の後に殺害し、逃亡して俺のところへ来た。波乱万丈の人生を歩んでいる。俺のところにも何かに引かれたと言っている。
魏の前王ケイ。おそらく俺と同じ転生者なのであろうと思った。
「カクレンの洗脳は二段階よ。目による洗脳。これは意思を強くもてば跳ね返すことが出来る。それでも従わないものは、性交をすることで洗脳させる。これに屈しなかったものは居ないわ」
恐ろしい話だった。エンは簡単に言ったが、カクレンと夜を共にすれば確実に洗脳されると言っている。
「いや、夜と言っても一緒に寝るわけではないだろ」
「お前さん、馬鹿か!あんな妖艶な雰囲気で迫られた断れるわけないだろ!」
フリョウが声を荒げた。俺も言ってみたものの自信は無い。多くの仲間たちの仇である。憎いし、恐怖の対象であるが、それでもあの目を見ると引き込まれそうになってしまう。
「じゃあ。何か策を考えてくれよ。そもそもお前が恋文なんて書くからだぞ」
「ふむ....そうだな。俺にも責任はある。ならば策を授けてやろうではないか」
フリョウはそう言うと符を渡してきた。
「これは?」
「この符を飲み込め。これは俺の手紙の応用だ。これを飲んでおけば、洗脳を弾き返すことが出来る」
「信じていいのか.....」
「分からん。俺は自分でこれを飲んで、手紙を読む実験をしたことがあるだけだ。他の者にも効くかは知らん」
「相変わらずいい加減だな。もし効果がなかった時はどうする」
「お前さんを毒殺するだけだ」
何も無いよりはマシかと思った。鋼の意思。今までもそれを実践してきたはずだ。転生前はそれでスロットに勝ち続けたし、この世界に来た後も何度も試される場面があった。
俺は符を丸め飲み込んだ。
「ああ!?もう飲んだのかよ。行く直前に飲めよ!効果が切れるだろ!」
「早く言えよ。もう一枚くれ」
「.....もう無い。効果があるうちにカクレンを抱いてしまえ。健闘を祈るぞ」
俺は顔面蒼白で、カクレンが指定した場所に向かった。足取りが重かった。




