98話 長安攻城②
城壁の上から矢が雨のように降り注いだ。高所から放たれる矢は勢いがあり、歩兵の盾を貫いてくる。ドウサイは斧を振り回し、矢を弾き城壁が崩壊している場所を目指した。
「カンシュク。城壁の上まで矢が届くか」
「俺を誰だと思っているのですか」
城壁は高く、通常の兵の弓では歩兵を援護できない。このまま進んでは犠牲が増えるので、カンシュクの魔道具弓で沈黙させるのが効果的だ。
カンシュクが弓を引き絞った。本陣からではかなりの距離がある。城壁の下ではドウサイの足が止まりかけていた。歩兵たちも盾を掲げたまま亀のように固まってしまっている。
矢が放たれた。
水龍を纏った矢がうねりを上げて、城壁の上にある指揮台に飛んでいった。
「ん~?なんだあれは~」
城壁の弓隊を指揮する将校は、何か大きな鳥が飛来していると勘違いした。だが、みるみる眼前に迫ってくるものの正体に気づき顔面蒼白になった。
「た...退避!ぐわああああー!」
将校は避けきれなかった。首がまるで捥がれたように、矢が突き刺さり吹き飛んだ。
「ひいいい!」
近くにいた兵がその光景に腰を抜かし恐怖に怯えた。それは城壁にいる兵たちにも伝播していった。
「うわあああー!指揮官が討たれたぞ!」
「よし!矢が止んで来たぞ!進めー!」
城壁からの矢が散発的になってきた。ドウサイは兵を鼓舞し突き進んだ。
「敵が迫っているぞ!弓兵は何をやっているのだ!」
代わりの指揮官が台に登り、声を張り上げた。だが、その瞬間、胴体に大穴が開きゆっくりと倒れた。
ドウサイが城壁に取り付いた。後秦の兵たちは、東晋の歩兵が梯子を持っていないことに怪しんだ。ドウサイが壁の穴に手を突っ込み、こじ開けようとした。
「愚かな!そんなことで穴が広がるものか!」
数々の戦火で崩壊しかかっているとはいえ、とても人力でこじ開けることが出来るわけがない。後秦の兵たちは、愚かなことをするドウサイに指さして笑った。
「強弓が何度もくるわけがない!真下にいる敵を射よ!」
弓兵が再び態勢を立て直し、矢を真下に放った。
「カンシュク!」
「だめだ...魔力切れだ...」
魔道具弓をこの距離から放ったのだ。もう一度撃ってくれと言うのは酷であった。
「隊長を守れ!」
歩兵たちは盾を上に掲げ、ドウサイを守った。盾が幾重にも重なり甲羅のようになった。
「ぐおおおおお!」
ドウサイは手に集中した。城壁に魔力を流し込み、土魔法で穴を広げる。理屈では分かっている。だが、長安の城壁は長年、何度も補強されて強度は増しているのだ。穴こそ開いているが、それが崩壊につながらないのが、その証であった。
「あそこに矢を集中せよ!」
甲羅が一枚ずつ剝がれていく。無数の矢が付き立ち、盾が割れていく。
「カンシュク。こっちを向きなさい」
コハンがいきなりカンシュクに近づき、口づけた。俺は目を見開いた。カンシュクも驚いている。
「...どう。あと一回は矢を撃てるでしょう」
口移しによる魔力譲渡であった。フリョウは呆然と口を押え、カイギョクとチンアクは信じられないとうろたえていた。
「あと一回ですぜ...」
カンシュクは矢の羽を片方取った。そして今度は指揮台とは別の方角に弓を構える。
「おい、カンシュク。何やっているのだ」
「ユウ、静かに」
コハンは口を拭きながら、俺に黙ってみてと手を振った。カンシュクの魔力が絞り出されていくのを感じた。俺たちは息を飲んで見守った。
矢が放たれた。
大きな弧を描き飛んでいく。
「はずしたのか...」
「いや、狙いは完璧ですよ」
矢は向きを変え、真横から指揮台に飛び込んだ。
将校を貫き、そのまま城壁にいる兵たちを貫通して突き進んでいく。まるで矛で薙ぎ払ったみたいだ。ドウサイの真上にいる弓兵が一掃された。カンシュクはそれを見届け、満足げな顔で膝をついた。
「今度こそ魔力切れです...」
「ドウサイ!決めろ!」
俺は叫んだ。その声が届いたのかドウサイの腕の筋肉が膨れ上がり、太い血管が浮かび上がる。
「うりゃあああああああー!」
壁の穴が人が通れるくらいに広がる。兵たちが駆け寄り、さらに巨槌でそれを広げていった。
「いけ...突っ込め...」
ドウサイはそれだけを言い、倒れ込んだ。テイゴとコウビがドウサイを乗り越え、穴から突撃していった。
「入ってきたのはまだ少ないぞ!叩き出せ!」
城壁の後ろにいた後秦軍は、侵入してきたテイゴたちを排除しようと集まってきた。穴は人が三人程度しか同時に入れない程にしか広がっていなかった。
「ここが正念場だ!円形になり拠点をつくるぞ!」
テイゴとコウビはお互いの背中を預け、円を描くように立ち回り、矛を振り回した。近づいた後秦の兵たちは薙ぎ払われていく。次第に中に入った歩兵が増えてきて、円陣となった。
「よし!そのまま横に移動する!中から門をあけるぞ!」
円陣は徐々に横に移動していった。さらに東晋の歩兵が侵入してきて、円陣は二つ、三つと増えていく。
「そろそろ開くわ、ユウ、準備して」
コハンの指示で俺は馬に跨った。コハンはカイギョクとチンアクを従え、馬に乗る。どうやらコハンは手柄を立てたらご褒美をやると二人に言ったようだ。先ほどの衝撃から立ち直っていた。
「よし、俺もいくか」
「フリョウ、お前はここに残っていろよ。足手まといだ」
「黙れ。長安に来てから、俺の活躍の場がない。ついていく」
「勝手にしろ。死ぬなよ」
門の裏にテイゴが到達した。門は巨大なかんぬきで閉ざされている。それに手をかけ持ち上げようとしたがビクともしない。
「コウビ!手を貸せ!」
テイゴとコウビが二人で並び、かんぬきを持ち上げる。動いた。その時であった。門が開くのを阻止しようとした後秦の将校が決死の突撃をしてきた。
「ぐぬうううう!」
「テイゴ!」
将校の槍がテイゴを後ろから貫いた。歩兵たちが追いつき、将校を引き離す。
「おい!テイゴ!しっかりしろ!」
「大丈夫だ....門をあけるぞ」
テイゴは力をこめ、かんぬきを引き上げた。門を開いた。明るい陽射しが差し込んで来た。
「よし開いたぞ!テイゴ!撤退だ!」
だが、テイゴはすでに息絶えていた。かんぬきを持ち上げた姿勢のままであった。コウビはテイゴの背中から槍が心臓を貫いているのに気が付いた。
「テイゴー!」
俺は開いた門から突入した。コウビがうなだれていた。テイゴがゆっくりと倒れていくのが見えた。俺は馬から降り、その上半身を起こした。
「ユウ!止まっている暇はないわよ!」
「少しだけだ....見送らせてくれ....」
寡黙な男であった。もっとゆっくり話をする機会もあったはずだと後悔の念が襲ってきた。長年一緒にいたが、テイゴのことを何でも知っていたとは言い難い。
泣くまいと思ったが、自然と涙が溢れてきた。




