96話 陸地の水上戦
渭南の守将は突然の轟音に飛び出した。眼前の光景に呆然と立ち尽くした。濁流が砦を取り囲み、中に流れ込んできている。砦の壁が崩れ落ちていき、あっという間に、膝上まで水に浸かった。
「敵襲!敵襲!」
早鐘が鳴っている。だが、その音は濁流と雨の音に掻き消され、かすかに聞こえる程であった。守将は慌てて武器を持ち、「迎撃!」と声を張り上げた。しかし、兵たちは水圧で思う通り動くことが出来ない。中には、水圧に耐え切れず流されてしまうものも多かった。守将は、このような状況の中で、敵はどのように攻めて来たのかと思った。
だが、その答えはすぐに判明した。
何百もの兵を乗せた巨大な筏が濁流にのってやってきた。
「そんな馬鹿な...」
「俺の名はチンアクだ!我と思わん者はかかって来い!」
チンアクは名乗りをあげ、筏の上から槍を振り回し、身動きできない兵を突き倒していった。カイギョクもまた、不安定な筏の上で、矛を振り回し暴れていた。
さすがは水軍の将軍であったものたちだ。二人が率いる元水軍の兵を乗せた筏は先行して、濁流に舵を取られることもなく難なく進んでいった。
勝敗は既に決したようなものであった。渭南の後秦軍は筏からの攻撃に一方的に倒れていった。
それでも守将は矛は掲げ、意地を見せチンアクに向かった。だが、最期の抵抗もむなしく、守将は槍に串刺しにされた。
渭南は落ちた。濁流は砦を流し去り、後秦軍の屍を飲み込んだ。
「武器を捨て降伏する者は助けよ!」
俺は空の筏を浮かべ、溺れて助けを求めている敵兵を救出した。それでも、四万いた後秦軍は五千程になっていた。実に三万以上の兵が、濁流に流されていった。
「これ程、綺麗に決まった水攻めはなかなか無いぞ。まるでカンウのようだな」
俺が引き上げると、本陣で待っていたフリョウが感心したように言った。
「カンウって誰だ?」
「お前さん、カンウを知らんのか...無知なのも程があるだろ...」
俺は一瞬、爆乳美少女を思い浮かべた。そういえば転生前にそんなスロットを打ったことがあるような気がした。あれに出て来たセーラー服の長髪、セクシー爆乳美少女がカンウだ。間違いない。
「ああ。あの乳がデカい女か」
「は!?お前さん何を言ってるのだ!カンウは長髭の大男だぞ。リュウビの武将だ」
俺はとんだ無知を晒してしまった。俺の父の配下にカンウが居たのか。では、あの爆乳は何者だ。俺は頭が混乱した。
「まあよい。お前がアホなのは今に始まったことではないらしいからな。ボクシも苦労したことだろうな」
久しぶりにボクシの名を聞いた。建康を出発して、もう三か月は経つ。俺はボクシは元気でやっているかなと思った。
「アホ将軍にドスケベ軍師か。よい組み合わせだ」
「俺がドスケベ軍師だと!訂正しろ!」
俺はフリョウが騒ぎ立てるのを無視して軍営に入った。エンの軽装を見て、鼻血だしたのは誰だよと心の中でツッコんだ。
渭南を落した。これで長安は完全に孤立することになった。
それまでの雨が嘘だったかのように上がり、日が差し込んで来た。あと半日、攻撃が遅れていれば策は決まらなかったかもしれない。
日差しを暖かく感じた。連日の雨で、思った以上に体力を奪われ疲労していた。俺は、兵たちに一日の休息を与えた。
軍袍を脱ぎ、乾かす歩兵たち。馬草を与える騎兵たち。それぞれが思い思いに休息を過ごした。チンアクは元水軍の兵に囲まれ、自慢話をして騒いでいた。チンアクの策が無ければ、あと何日も、下手をすれば何か月も渭南に釘付けにされたのだ。長安を落した際には、その軍功を高く評価しようと思った。
「コハン、お前の下僕が良くやったな」
「ええ...そうね...」
コハンはあまり嬉しそうでは無かった。揶揄ったつもりであったが拍子抜けした。
「どうしたんだ?」
「ユウ...あなた、リュウキをどう思う?」
「リュウキ殿がどうしたのだ...」
コハンがリュウキと呼び捨てなのが気になった。レイセキ配下だったこともあり、昔からの知り合いではあることは知っているが、その仲までは分からない。荊州で活動する間に、コハンとリュウキとの間に何かあったのかと思った。
「あなたとリュウキは同じ雰囲気があるわ......あなたはリュウビの子孫を名乗っている。リュウキは漢王室の再興を願っている。同じ血が流れているということかしら......」
「漢王室の再興だと......」
白帝城で夢枕にたった父リュウビと同じことをリュウキが言っていることに驚いた。同じ血、同じ雰囲気、リュウキは何者なのだという疑念が湧いてきた。
(もしかして同じ転生者なのか......ソンオンやビャクレンに感じたものとは全く違うが...)
「おい!カンウも知らない男がリュウビの子孫なわけないだろ!」
フリョウが俺とコハンの会話に割って入ってきた。酒樽を抱え酔っぱらっている。そしてぺろんとコハンの尻を撫でた。
俺はボコボコにされるフリョウを横目に見ながら、リュウキのことを考えた。




