94話 アリの奇策
潼関の手前で、夏と魏が激突した。ボクスウは短期決戦のつもりで、超攻撃的な陣形で突っ込んだ。ブクレンがそれに第二波として続く。
アリは騎兵の半分を馬から降ろし、槍を持たせ地に這わせた。アリの陣の前はちょうど窪みのようになっており、突撃してくるボクスウから死角となっていた。
「ぐわ!?」
魏軍は、丘を登り、下り坂になった時、眼前に槍が突き出されているのが視界に入った。まるで真下から槍を突き刺されたようになり、先頭集団を走る魏の騎兵は、馬ごと串刺しになった。
「怯むな!地面に這いつくばっているなら、一生這わせていろ!」
ボクスウは態勢を低くし、矛を地面すれすれに繰り出した。矛が放つ炎は地面を焼き払うかのようであった。ボクスウに従う騎兵も、槍を真下に突き刺したり、馬蹄で踏みつぶしたりした。
「騎馬民族の誇りがないのか!」
ボクスウは地面にいる夏軍を蹂躙し、前を見ると、目が血走って狂った馬が群れになって向かってきた。アリは騎兵を降ろした馬を松明で煽り、鞭で打たせ駆り立てた。馬は我を失って、ボクスウの方に死に物狂いで向かっていく。
「ぐぬう!落ち着け!やり過ごすのだ!」
だが、狂った馬は体当たりしたり、蹴り上げたり暴れまくった。魏軍の騎馬は恐怖し混乱に陥った。
「いまだ!一斉騎射!」
アリは混乱する魏軍に矢を浴びせた。夏の馬も関係なく矢が当たり、馬はますます暴れた。ボクスウは馬をこのように使うことを、同じ騎馬民族として信じられない思いでいた。それでもボクスウは混乱を立て直し、アリの本陣に向かって突き進んだ。
ボクスウに従うのは僅か三百騎にすぎない。だが、ボクスウの振り回す矛で炎が巻き起り、まるで火の玉のように夏軍に突っ込んでいった。
今度は夏軍が怯む番であった。
「うろたえるな!囲んで仕留めよ!」
アリが合図を送ると、二千騎が飛び出し、ボクスウを囲むように動いた。だが、ボクスウは車掛かりに回転し、二千騎を叩き落としていった。地形は騎馬隊の動きを制限するが、ボクスウは少数で立ち回ることによって、それを克服した。
「アリ!その首を貰うぞ!」
ボクスウとアリが交錯する。ボクスウが矛を振り上げたとき、一瞬、顔をしかめた。左肩に痛みが走る。そのせいで、アリを捉えることが出来ず、空振りに終わった。
アリはそのまま駆け、まだ混乱している魏軍に突っ込んだ。ボクスウの軍は真っ二つに割れ、潰走していく。そこにブクレンが来た。ブクレンは木魔法で作った縄を投げつける。縄は夏の兵の脚に絡みつき、引き倒していく。
ボクスウは旗を掲げ、潰走する兵を纏めた。夏の暴れ馬の群れはすでに駆け去っている。アリをブクレンと共に挟撃しようとする。
アリは引き倒された兵を置き去りにし、ブクレンの方へ突き進む。
ブクレンはアリの勢いを見て避けた。アリとブクレンはすれ違うように駆け抜けた。
開戦前と夏軍と魏軍の位置が入れ替わった。ボクスウとブクレンは合流し、夏の陣があった場所で兵を纏めた。アリもまた反対側の丘に陣を作り直し、魏軍と対峙した。
この戦闘で双方、二千の死傷者が出た。ボクスウは歯軋りし悔しがった。一撃で決めるつもりであったが、アリの奇策に翻弄され、討つことが出来なかった。そして、今の形は短期では決着がつかないことを意味した。
戦いはボヨウタクがどれだけ東晋軍を引き付けておけるかにかかっている。あの丘の上と麓をがっちり固めれば、たとえ兵力で劣っても東晋軍を通すことはないと思っていた。
「十日以内に決着をつける。ブクレン、多少無理してでもアリを討つぞ」
だが、ボクスウの願いは、東晋の旗が見えた時に崩れ去った。ボヨウタクは三日も持たなかった。伝令の知らせを聞き、ボクスウは怒りで顔を紅潮させた。
「丘を素通りされただと!いったい何をやっているのだ!」
ボヨウタクは麓を押さえてなかった。東晋軍は丘を悠々と通り、駆け下りて来るボヨウタクの軍を粉砕したのだという。
「そこまで凡将だとは!だからあいつを加えるのは嫌だったのだ!」
ボクスウは近くにあった床几を蹴り飛ばした。ブクレンも険しい顔をしている。たまたま近くにいたからという理由で参戦したボヨウタクは正直、足手まといだと思っていた。ボヨウ氏の血族、女帝ヨウカの親族だというだけの男で、以前より凡将と言われていた。それでもあの丘を守るくらいは出来ると思っていた。
「いちいち説明しないと分からないのか!あの男は!」
「ボクスウ。諦めよ。ここは退却するぞ」
「なんだと!それでは長安を東晋に取られてしまうぞ!」
「冷静になれ。我々にとって長安はそこまで重要ではない。それより、夏がそのまま魏の深部まで攻め込むのを止める方が先決だ。どのみち、東晋が長安を取ろうとも、夏はいつまでもそれを許すわけがない」
ブクレンの言うことはもっともだと思い、ボクスウは撤退を決めた。夏が東に向かうと国都、邯鄲が脅かされるし、北に向かうと大同や盛楽といった旧都が危うくなる。ここで消耗するのは得策ではなかった。
「分かった。引くぞ...」
◆
俺はアリと会談した。直接会ったことは無いが、漢中では激闘を繰り広げた敵の将軍である。あの時に死んだカムキやリュウイの事を思うと複雑な心境であった。
「カクレン様は貴殿と会うことを心待ちにしておられる」
「......」
「貴殿が婿入りするならば、中華は平和に統一されるでしょう」
俺は、このおっさんは何をとち狂ったことを言っているのだと思った。俺がカクレンに婿入りすることなど絶対に無い。俺が横を見るとフリョウとコハンは笑いを堪えていた。
「共に大同を攻めることは了承している。だがその前に長安だ」
「長安を取り後秦を滅ぼせば、魏に取っても痛手のはずです。我々は潼関に留まり待ちましょう」
長安。カクレンとの会談が待っている。気が重かった。




