93話 凡将は凡将でしかなかった
アリが率いる夏軍五万が潼関を突破した。長安を守る最後の砦であり、外からの攻撃に対しては鉄壁の防御を誇る関門だ。だが、内から攻撃されるとなると話は別だ。潼関を守る後秦の軍は成す術なく壊滅した。
「馬鹿な!夏と東晋が手を組んだだと!」
ボクスウはその知らせを聞き、珍しく狼狽した。ブクレンは腕を組み複雑な表情をし、ボヨウタクは顔面蒼白であった。今の構えは完全に対東晋用である。夏軍に横槍を入れられることは想定していない。
「申し上げます!東晋軍が前進を始めました!」
「どうする。ボクスウ、引くか」
ブクレンは腕を組んだままボクスウに問いかけた。同格の将軍であるが、この戦場では総大将はボクスウである。ブクレンはボクスウに判断を委ねた。
「...いや、ここで引くと長安を東晋に取られることになる。ここは勝負に出る」
◆
魏軍の布陣が変わった。ボクスウの三万とブクレンの二万が夏の方に向かった。俺の眼前にはボヨウタクの二万しかいない。小高い丘に陣取り、柵を幾重にも構えている。
「どうみる。フリョウ」
「分からん。こういう戦術は苦手だ。コハンに聞け」
「......お前、軍師だろ」
俺は呆れてコハンに聞いた。
「賭けに出たわね。夏の方を撃退し、返す刀でこちらを討つ作戦よ」
「俺たちはどうしたらよい」
「魏の作戦はボヨウタクがあの丘を守り切るのが前提になっているわ。ボクスウとブクレンが戻る前に、ボヨウタクを叩く。それだけよ」
「......成程な。俺もそう思っていたところだ」
フリョウには圧倒的に実戦経験が足りない。符術を使った策には目を見張るものがあるが、こういう戦況の変化には付いていけない。使いどころを間違うと、フリョウを失いかねないと思った。
俺は六万で丘を囲んだ。三倍の兵力差があるが、ボヨウタクはどっしりと構えており、陣に揺らぎがなかった。よほど準備をしているのだろう。
「小細工はいらないわ。一つずつ柵を倒して進む。ドウサイ、前へ!」
ドウサイの歩兵隊一万が丘を登り始めた。敵の矢を盾をかざして防ぎながら進む。最初の柵にドウサイが取り付く。
「うおおおおおお!」
ドウサイが大斧を柵に叩きつけた。
「なんだ......!?」
柵はビクともせず、ドウサイの大斧は弾き返された。よく見ると柵は木ではなく、鉄で補強されている。歩兵たちが縄をかけ引っ張った。それでも柵は微動だにしない。魏の歩兵が槍を柵ごしに突き出してきた。
「ぐう!なんだこの柵は!」
「倒せぬなら乗り越えるのだ!」
だが、柵を登ろうとしても、取り付く前に槍衾に貫かれ、柵の上に登れた者も弩の餌食なった。
「ぐははははは!みたか東晋の弱兵どもよ!ボヨウタク様を舐めるな!」
ボヨウタクは柵の前でもがいている東晋の兵を見て、大笑いした。凡将と呼ばれ、ボヨウ氏の血族なだけの、何の取り柄もない男だと陰口を叩かれていた。ボヨウタクは見返してやろうと密かに魔法を鍛え、ついに土魔法で柵を強化することに成功した。その成果が現れ、ボヨウタクは大喜びであった。
「なかなか手強いな......コハン、いったん歩兵を下げよう」
一段目の柵をひとつも倒せず、犠牲だけが増えている。コハンは俺に従い、退却の鐘を鳴らした。
「どうやら凡将の評価を改めないといけないわね...」
思ったより苦戦しそうであった。ボクスウとブクレンが戻る前に、丘を落さなければならない。カクレンが居ない夏軍の実力がどの程度なのか分からない。少なくてもボクスウは俺よりも夏の方が叩きやすいと思っているのだ。それほど時間はないと思った。
◆
アリは魏軍がこちらに向かってくるのを聞き、「舐められたものだ」と思った。ボクスウもブクレンも強い。だが、アリもカクレンに長年仕えてきた矜持がある。返り討ちにしてやると意気込んだ。
潼関に近づくほど騎馬の駆ける場所が狭くなる。夏も魏も遊牧民の国で、騎馬を主力としている。それが、騎馬の力を発揮できない場所でぶつかりあう。ボクスウの武であれば個の力でねじ伏せてくるであろう。その自信があるからこそ、こちらに来ている。
「リュウユウに伝令を送れ」
アリは進軍を止め、魏軍を迎撃する態勢を取った。
◆
「は!?丘を攻めるなだと!」
俺はアリの伝令が言うことに驚いた。弘農を抜かないと潼関に辿り着けない。俺はどういうことだと思った。だが、コハンもフリョウも唸っている。
「コハン。どういうことだ」
フリョウは俺に聞けよと言ったが、無視してコハンに聞いた。
「これは盲点だったわ。伝令が魏に捕まらずここに来た。そういうことよ」
「そういうことだ。あの丘は取る必要が無いということだ」
フリョウが言いたくて仕方ないという感じで続けた。俺はどういうことか理解し、アッと思った。
◆
「ぐははははは!今日も東晋の兵たちを打ち払ってくれる!」
「申し上げます!東晋軍が丘を迂回し、潼関へ向かっています!」
「は?どうして?」
ボヨウタクは軍営を飛び出し、麓に目を凝らした。東晋軍が居ない。丘を素通りして潼関に向かって進軍している。
「俺様を無視するとはいい度胸だ!追撃するぞ!」
丘から駆けおり背後を叩く。兵力で劣るとはいえ、背後から襲えば東晋軍はひとたまりもないはずであった。
「いけ!突撃!」
魏軍が一気に丘を駆けおりた。だが、東晋軍の後列は突如反転し、槍を突き立てた。
「な!?まさか誘われたのか!?」
魏軍の騎馬が次々と槍に串刺しになる。駆けおりたこともあり、後続も止まることが出来なかった。串刺しになった騎馬にぶつかり、騎兵が宙に投げ出されていく。
「な!?な!?なんでこうなる!?引け!引け!」
魏軍の犠牲は数千を超えた。とてもこれ以上、追撃することが不可能になった。
「やはり凡将だったわ。丘の麓に砦でも作っておけば、素通りなど出来なかったはずだわ」
コハンは後ろを振り返り冷たく言い放った。俺はアリが遠くにいるのに、この状況を見極めたことに、ただ驚いていた。カクレンの他にも夏には侮れない将がいる。俺は気を引き締めた。




