90話 長安を取る手立て
「エンさん。あなたは何者なのだ」
俺はボクスウの言ったことを反芻した。裏切り者と言った。エンが魏から来たことは知っているが、魏にいた時に何をしていたのかは詳しく知らなかった。
「......わたしは魏で禁軍の将軍だった。魏王を殺し東晋に逃げてきたの」
俺は驚いた。魏王を殺しただと。訳ありだとは思っていたが、完全にお尋ね者ではないか。俺はそうとは知らずに副将とし、長安攻めに従軍させてしまった。
「他の知っているものは?」
「......セキカさんは初めから知っていた。あと、コハンさんは知っているでしょうね。オウヒツ様やボクシくんも薄々、気がついているはずよ」
(あいつら、何で教えてくれないのだ)
いや、俺が聞かなかったのだ。それに事実を知ったからといって、エンに対する扱いが変わるわけではない。だが、魏との戦いの場に出すと、標的にされる恐れがある。
コハンが陣形を整え、俺のところへやってきた。
「コハン......聞いたぞ。知っていたのか」
「当たり前じゃない。魏のハクエンの名を知らない方がおかしいのよ」
「ハク......エン......」
エンでは偽名にすらなっていない。追われているのに、まるでわたしはここにいると言っているようなものであった。エンはもしかしたら死にたがっているのかと思った。
魏王を殺した。俺はなぜ殺したのか聞けなかった。完全に男女の感情のもつれだと思った。
「エンさんのことは分かった。ところでこれからどうする。ボクスウは想像以上に強い」
ジンキを討たれた。シュクユウはフリョウの符術で止血こそしたが、戦闘には復帰できそうにもなく、療養のため新野に運ばれていった。ボクスウの攻撃で、三千の死傷者が出ていた。宛攻略に手こずっては長安を攻めるレイセキが孤立してしまう。
「魏の援軍はボクスウ以外にも来るでしょうね」
「ギエイの調べだと。後秦と魏の関係が微妙になってきているようだわ。長安の明け渡しを後秦は断っているとか」
「ならば、魏は後秦を支援をやめて軍を引き上げるのか」
「それは無いわ。魏は東晋にも長安を取られたくないのよ。魏がその気になれば東晋、後秦、夏と同時に戦うだけの国力があるのよ」
俺は、エンとコハン、フリョウの会話を腕を組んで聞いていた。魏を相手に長安を取るのは難易度が高すぎると思った。
ボクシの判断は正しかったのか。いや、ボクシも長安を取るまでなら出来ると言った。その後の維持が難しいと言ったのだ。ならば、何か手があるはずだと思った。今からボクシに聞く時間は無い。ここにいる者たちで考えるしかない。
「ユウよ。怒らず聞けよ」
「なんだ、フリョウ。言ってみてくれ。俺は大抵のことでは怒らない」
「うむ。夏と手を結ぶのだ」
「なんだと!馬鹿な!カクレンと手を結べと言うのか!」
俺は思わず叫んでしまった。予想もしない考えだ。
「怒らないと言ったじゃないか」
「さすがに怒るだろ!あんたは知らないかもしれないが、どれだけあの女に苦しめられたと思っているんだ!」
俺はカクレンに討たれた仲間たちのことを思った。カムキ...リュウイ....他にも多くの兵たちが犠牲になっている。それなのにどうしてカクレンと手を結ぶことが出来るのか。
「......なるほど。それは良い手だわ」
「コハンまで!お前ら正気か!エンさん、何か言ってやってくれ!」
「......冷静に考えるならば......ありだわ」
「そんなエンさんまで!」
「わたしもカクレンと戦い、多くの仲間たちの命を奪われてきたわ。それでもあえて言うと、夏と手を組むことは良い選択だわ。もちろん長安を取るまでの一時的なものよ」
「......」
「ユウ。決めろ。感情に振り回されるな」
俺はフリョウを睨んだ。睨み返してくる。コハンもエンもフリョウに賛成している。このままでは長安どころか潼関すら辿り着けない。俺は目を閉じた。
「分かった。使者を送ろう。フリョウ、手紙を書いてくれるか。ただし、符術は使うなよ」
「なぜだ。お前さんが送った親書なら必ず読むぞ」
「......あの女に小細工は無用だ。術を使ったことがバレると怒り狂うはずだ」
「そういうものか。お前さんはカクレンのことをよく知っているな」
フリョウはその場でスラスラと親書を書いた。俺に見せる。ほとんど読めず、コハンに渡した。
「なかなかのものね。符術なしでも問題ないわ」
「そうだろ。文書をつくるのも俺の才能の一つだ」
フリョウはドヤ顔をすると、ちらっとエンの方を見た。
「カクレンの回答を得るまでの間も、戦闘は続くわ。宛攻めの作戦を考えましょう」
軍議は夜中まで続いた。俺はカクレンの顔を思い浮かべ唇をかみしめた。あの女との決着を付けるつもりで来たのに、おかしな方向に進んでしまっている。これもまた乱世かと思った。
◆
翌朝。ボクスウの軍が出て来た。宛の守備軍は連携する様子はない。魏と後秦の関係が微妙になっているという。宛を預かる後秦の将は、城外の戦いを静観するつもりのようであった。
コハンは4万を斜陣に組んだ。ボクスウの車掛かりを受け流すような変わった陣形であった。俺はその後ろで騎兵2万を集め待機した。
「小細工など粉砕してくれる」
ボクスウは新しい矛を構え馬に乗った。どんな陣形であろうと回転して削る。それだけだ。
ただ、エンの動きだけが気がかりであった。昨日の戦いでも水流剣で陣を割られた。あの攻撃は確実に隙間を狙ってくる。エンが出て来た時の対処を将校たちに伝え、ボクスウは攻撃を開始した。
斜陣の左端に襲い掛かった。だが、こちらの動きに合わせるように斜陣のまま後退していく。回転の軌道がずらされ、僅かしか削ることが出来なかった。
「舐めたまねをする!」
車輪が前進するたびに、斜陣は後退する。まともにぶつからない。斜陣の後方に東晋の騎馬隊が見えてきた。
「そういうことか」
ボクスウは敵の狙いが読めた。斜陣を追う度に、車輪の直径が大きくなる。厚さが薄くなったところを騎馬で狙う。単純ではあるが、徐々に斜陣を下げる必要があり、細かな対応が求められる。
回転から突如、二つの鋒矢となった。斜陣に深く突き刺さり割れた。
「そんな!あそこから陣を変えるなんて!」
コハンは一瞬でボクスウの陣形が変わったことに対応できず焦った。伸びきって薄くなったところを騎馬で横から突く。その狙いが外れた。
「お前でも焦ることがあるのだな。落ち着け」
俺はコハンの焦った顔を初めて見たような気がして少し可笑しかった。馬に乗りコハンの指示を待った。
「ユウとエンで迎撃!真正面からぶつからないこと!並走して横から押して!その間に斜陣は、ボクスウの背後に回り込む!」
「よし!出るぞ」
俺は棍棒を構え、馬腹を蹴った。棍棒は二つに折れてしまったが、長さを変えることが出来る魔道具なのだ。折れても長さを変えるだけだ。細くなったが十分だ。
ボクスウが率いる騎馬隊1万5千は俺の方に向かってきた。正面からぶつかると衝撃が大きい。俺はボクスウをかわし、横から張り付いた。エンもそういう動きをしている。
「正面からぶつかれよ!びびっているのか!」
「誰が!これでもくらえ!」
俺は棍棒を伸ばし、横から殴りまくった。魏の騎兵を次々と叩き落とす。俺の兵も槍を投げまくった。
「この野郎!一斉騎射!」
ボクスウは投槍の攻撃にたいして、騎射で応戦してきた。俺の騎兵が撃ち落されていく。騎馬の戦いではやはり北の遊牧民に一日の長がある。俺はたまらず離れた。
ボクスウに追われる展開になった。
味方の斜陣は方陣になっている。カンシュクの隊が弓を構えているのが見えた。
「横へ!味方の矢が来るぞ!当たるなよ!」
俺は方陣の目の前で、横に旋回した。矢が追ってきたボクスウの軍に襲い掛かる。
「くっ!誘い込まれたか!」
カンシュクの魔道具弓が水龍の矢を放った。うねりを上げボクスウに飛んでいく。
「ぐおおおおおお!」
ボクスウは咆哮し、矛は振り下ろした。炎が大きくなり水龍を打ち払う。爆音と共に水蒸気が破裂し、雨のように降り注ぐ。
俺は反転して棍棒を突きだした。
手ごたえはあった。
振り返るとボクスウが肩を押さえ、後退していった。
エンが向かった方の騎馬隊は、鋒矢からいくつもの小隊に分かれ、エンの騎馬隊の周りをまるで蜂の群れのように付きまとっていた。エンは必死に水流剣を振り回すが、変幻に駆けまわる騎馬を捉えることが出来ないでいた。
「おい!エン様が苦戦しているぞ!コハン!援軍を出せ!」
「......ケイシャン!出ろ!」
コハンはフリョウがエン様呼びしていることに苦笑し、ケイシャンに合図を送った。方陣からケイシャンの騎馬隊が飛び出すと、魏の騎馬は一つにまとまり反転して後退していった。
ボクスウの軍は三里ほど後退したようであった。
「......早く宛を落さないとキリがないぞ」
「ああ、それならよいことを思いついたぞ」
俺は、フリョウのドヤ顔を見て、ちょっと期待しているのに気が付いた。




