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チンピラだった俺が、たった27人で天下を取ることになった  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第1章 北府入軍編

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9話 殿

 血走った無数の目が、こちらを向いていた。

 一瞬、誰も動かなかった。

 俺が叫んだ。


「逃げろ!」


 百人が一斉に走り出した。稜線を駆け下り、来た道を戻る。足音が重なって地響きのようになった。

 背後から声が上がった。


 唱え声ではなかった。雄叫びだった。

 振り返ると、数千の信徒が稜線を越えてこちらに向かってきていた。走っていた。全員が同じ顔をして、同じ速さで走っていた。


 まずい。追いつかれる。

 俺は立ち止まった。


「隊長!」


 ボクシが叫んだ。


「お前たちは逃げろ!俺が時間を稼ぐ!」


「馬鹿なことを言うな!」


「行け!」


 ボクシが顔を歪めた。だが走り続けた。他の兵たちも走った。

 俺は棍棒を構えた。

 尋常でない大きさの棍棒だ。百人将になった時に選んだ。持てる者がいなかった。俺にはちょうど良かった。


 信徒たちが迫ってくる。

 その時、隣に人の気配がした。

 ドウサイだった。

 巨大な斧を肩に担いでいた。


「何やってんだお前」


「見ての通りだ」


「逃げろと言った」


「聞こえなかった」


 嘘だった。だが今は言い合っている場合ではなかった。

 信徒たちが到達した。


 棍棒を振った。

 五人、六人が吹き飛んだ。地面に叩きつけられる。


 だが起き上がってきた。


 顔に血が滲んでいた。骨が折れているかもしれない。それでも立ち上がって、また向かってきた。


「死を恐れない、か」


 ドウサイが呟いた。

 斧を振った。信徒が崩れる。また立ち上がる。

 四方から囲まれた。百人、二百人——数が増えていく。


 俺は棍棒を振り続けた。腕が熱かった。魔力が流れているのが分かった。だが追いつかない。倒しても倒しても、また来る。


 ドウサイが斧を地面に突き立てた。

 どん、という重い音がした。


 地面に亀裂が走った。亀裂は広がり、枝分かれし、その上に立っていた信徒たちの足元を崩した。十人、二十人が倒れた。地面に飲み込まれるように崩れて、立ち上がれなかった。


「土魔法か」


 俺は呟いた。


 じりじりと囲みが狭まってきた。ドウサイも息が上がっていた。


 その時、声が聞こえた。


「反転!囲みの薄い場所を狙え!」


 ボクシの声だった。

 振り返ると、ボクシが兵たちを率いてこちらに向かってきていた。逃げた者たちが全員戻っていた。


「馬鹿野郎、逃げろと言っただろ!」


「お前こそ馬鹿だ!お前は死なせたくない!」


 ボクシが囲みの薄い一点を指差した。


「そこを割れ!」


 兵たちが一斉に突っ込んだ。囲みが割れた。ボクシがユウたちに辿り着いた。


「聞け!五人一組で動け!一人が攻めたら四人が守れ!バラバラに動くな!」


 兵たちが散らばりながら固まった。五人、五人、五人——組が次々と作られた。


 空気が変わった。

 さっきまでの混乱が消えた。

 俺は息を吹き返した。

 棍棒を両手で握った。一ヶ月の訓練が頭の中に蘇った。


 無駄を省け。力を流せ。腕の一点に集中させろ。


(ここだ)


 意識して、腕に魔力を流した。

 初めて自分の意思で使った瞬間だった。

 棍棒を振った。

 今までとは違った。


 一振りで十人が吹き飛んだ。地面を転がり、立ち上がれなかった。


「……なんだ今の」


 ドウキが呆然と言った。

 俺も驚いていた。だが手が止まらなかった。

 もう一度振った。また十人が吹き飛んだ。


 ドウサイの目が変わった。

 再び斧を地面に突き立てた。今度はさらに深く。地面が大きく割れた。亀裂が網の目のように広がり、その上に立っていた三十人近くが一気に崩れた。土煙が上がった。


 ボクシが火球を放った。だが今回は信徒の体ではなく、額の札だけを狙った。


 札が燃えた。

 その瞬間、信徒の目が変わった。

 血走った目が、普通の目になった。呆然と辺りを見回して、悲鳴を上げた。自分がどこにいるか分からない顔だった。そのまま逃げ出した。


「そうか。札を燃やせば我に返るのか」


 ボクシが火球を連続で放った。次々と札が燃える。次々と信徒が我に返って逃げ出す。


 シャカイが前に出た。

 剣を一振りした。

 風が巻き起こった。渦を巻くような風が信徒の群れに吹きつけ、額の札を根こそぎ剥ぎ取っていった。

 ボクシが目を見開いた。


「風系統か……五系統のどれでもない」


「後で話す」


 シャカイが涼しい顔で答えた。


 ボクシは何か言いかけたが、口を閉じた。今は戦いの最中だ。だがその目が「必ず聞く」と言っていた。


 ドウキが石礫を投げた。倒すほどの力はなかった。だが顔面に当たった信徒が怯んだ。その隙にボクシの火球が札を焼いた。


「なるほど。目眩しか」


「それくらいしかできない」


「十分だ」


 戦場の空気が変わっていた。

 信徒たちが崩れ始めていた。我に返った者が逃げ、まだ札が残っている者も動揺していた。隊列が乱れ、唱え声が途切れていた。


 そこへ地響きが来た。


 騎馬の音だった。


 地平線の向こうから、旗が現れた。北府の旗だ。騎兵が駆けてくる。二千——いや、もっといるかもしれない。


「北府の援軍だ!」


 誰かが叫んだ。

 信徒たちが総崩れになった。逃げ惑う信徒を騎兵が追い立てる。


 俺は敵将を探した。


 崩れた陣の中心で、一人の男が馬上で怒鳴り続けていた。逃げる信徒を止めようとしていた。だが誰も聞いていなかった。


 走った。

 男の馬の前に立った。

 男が俺を見た。


「貴様——」


 腕に魔力を流した。訓練で覚えた感触だ。棍棒を振った。

 空気が裂けるような音がした。


 男は馬ごと吹き飛んだ。地面に叩きつけられた男が、動かなかった。


 静かになった。

 騎兵の先頭に若い男がいた。俺たちより少し年上か。馬上から戦場を見渡していた。誰かに似た、鋭い目だった。


「生きているか」


 俺に向かって言った。


「生きている」


「よくやった。百人で千人を崩したのか」


「崩したのは仲間だ」


 男は俺をしばらく見てから、小さく笑った。騎兵を見事に操る手綱さばきだった。名前は名乗らなかった。

 ボクシが俺の隣に来た。


「お前、さっき魔力を意識して使ったな」


「ああ」


「どうだった」


 俺は棍棒を見た。まだ手に魔力の感触が残っていた。


「悪くなかった」


 ボクシが笑った。それからすぐシャカイを見た。


「後で話を聞かせろ。風系統は聞いたことがない」


「構わない」


 シャカイが静かに答えた。

 ドウキが膝に手をついて息を整えながら言った。


「隊長」


「なんだ」


「死ななかったですね」


「言っただろ」


「根拠なかったくせに」


 俺も笑った。

 戦場に朝の光が差し込んできた。

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