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チンピラだった俺が、たった27人で天下を取ることになった  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第1章 北府入軍編

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8話 百人将の仕事

 夜、リュウロウシに呼ばれた。

 二人だった。


「座れ」


 座った。


「お前は百人将だ」


「はい」


「百人将が何をするか分かっているか」


「百人を率いて戦う、ということですか」


 リュウロウシが首を振った。


「違う。百人が戦えるようにすることだ。飯を食わせ、眠らせ、士気を保たせる。それが百人将の仕事だ」


 俺は黙っていた。


「お前は試練でうまくやった。だが今夜、お前の部下たちはどんな顔をしていた」


 思い返した。飯の時、みな静かだった。ソンオンの報せを聞いてから、誰も笑っていなかった。


「……暗かったです」


「そうだ。三日後に出陣する。怖くない兵などいない。その怖さを和らげるのもお前の仕事だ。分かったか」


「分かりました。ですが、俺に何ができるか……」


 リュウロウシが立ち上がった。


「それを考えるのがお前の仕事だ。以上」


 部屋を出た。

 兵舎に戻ると、百人が思い思いに座っていた。話している者もいるが、声が小さかった。


 ボクシが近づいてきた。


「何を言われた」


「部下たちと仲良くやれと」


「どうする」


 考えた。俺に何ができるか。字は読めない。兵法も知らない。武術はあるが、それで士気が上がるわけでもない。

 できることといえば一つだった。


「チョボをやろう」


「は?」


「賭博だ。みんなでやれば盛り上がるだろ」


 ボクシが額に手を当てた。


「百人将が部下と賭博をするのか」


「リュウロウシには内緒だ」


「当然だ」


 ボクシは呆れていたが止めなかった。

 俺は兵舎の真ん中に立った。


「おい、チョボをやるぞ。賭けるものがある奴は集まれ」


 最初は誰も動かなかった。

 ドウキが立ち上がった。


「やります」


 一人が立ち上がると、また一人が立ち上がった。気づけば大半が輪になっていた。

 盤を囲んだ。木の棒が五本。表が黒、裏が白。

 伍長たちが順番に棒を振った。


 最初に目を引いたのはドウサイだった。

 体つきが違った。同じ新兵とは思えない。肩幅が広く、首が太い。棒を持つ手が大きかった。

 振った瞬間、全員が黙った。


「盧だ」


 最強の目だった。


「おい……」


「初めてか?」


「初めてだ」


 どよめきが起きた。ドウサイは表情を変えなかった。ただ静かに駒を進めた。その落ち着きがまた目を引いた。


 次に目立ったのはシャカイだった。

 他の伍長とは明らかに雰囲気が違った。身なりが整っていて、所作が洗練されていた。こんな場にいるのが不思議なくらい、育ちの良さが滲み出ていた。


「あいつ、何者ですか」


 ドウキが俺の耳元で囁いた。


「知らない」


「なんでこんなところにいるんだ」


 シャカイは棒を振った。雉だった。


「惜しい」


 シャカイが薄く笑った。


「次だ」


 その一言が妙に決まっていた。

 賭けるものは銭ではなかった。飯のおかずの権利だったり、雑用の免除だったり、他愛もないものばかりだ。それでも夢中になった。

 俺の番になった。

 棒を手に取る。ざらりとした感触。精神を研ぎ澄ます。


(ここだ)


「盧だ!」


 また最強の目だった。


「隊長ずるい!」


「いきなり二回目かよ!」


 笑い声が上がった。

 その笑い声に引き寄せられて、残りの者も近づいてきた。気づけば百人が輪を囲んでいた。

 賭けは白熱した。ドウサイが連勝した。ドウキが雑用免除を全部吐き出して根こそぎ持っていかれた。シャカイが冷静におかずの権利を稼いだ。ボクシが珍しく顔を赤くして棒を振った。


 夜が更けるにつれて、声が大きくなった。

 ボクシが俺の隣で小声で言った。


「お前、勝てるのに手を抜いているな」


「気のせいだ」


「嘘をつくな」


 俺は答えなかった。

 場が盛り上がっている方が大事だった。

 アイが入り口から覗いていた。呆れた顔をしていたが、口の端が上がっていた。


 深夜になって解散した。

 兵たちが笑いながら寝床に戻っていく。さっきまでの暗さが消えていた。

 ドウサイが俺の前に来た。


「一つ聞いていいか」


「なんだ」


「この隊にいれば手柄を立てられるか」


 俺はドウサイを見た。体は大きいが目が真剣だった。武功を求めている目だった。


「立てられる」


「根拠は」


「俺がそう言っているから、それが根拠だ」


 ドウサイはしばらく俺を見ていた。それから小さく頷いた。


「分かった」


 それだけだった。踵を返して寝床に戻っていった。

 ドウキが俺の横に来た。


「隊長」


「なんだ」


「死なないよな」


 俺を見る目が、珍しく真剣だった。いつもの生意気さが消えていた。


「死なない」


「俺たちも?」


「死なせない」


 ドウキは少し黙ってから、ふんと鼻を鳴らした。


「根拠ないくせに」


「ない」


「……まあいいよ」


 ドウキが寝床に戻っていった。


 翌朝、出陣した。

 北府の軍が動いた。

 城門を出た瞬間、息を呑んだ。


 見渡す限り、旗だった。数万の兵が隊列を組んで進んでいる。鎧の擦れる音、馬の蹄の音、無数の足音が重なって地面が揺れていた。


 俺の百人将はその中の一つに過ぎなかった。

 ボクシが隣で言った。


「これが北府だ」


「でかいな」


「当然だ。東晋最強の軍だ」


 先頭にリュウロウシがいた。馬上から全軍を見渡している。試験官の顔ではなかった。将軍の顔だった。

 二日進んだところで、リュウロウシから命令が来た。


「リュウユウの百人隊、偵察に出ろ。ソンオン軍の動きを確認し、報告せよ」


 百人を連れて、本隊から離れた。

 山の稜線に沿って進む。ボクシが地図を読んだ。シャカイが地形を確認した。ドウサイが先頭で警戒した。


 半日ほど進んだところで、ドウサイが手を上げた。

 全員が止まった。

 稜線の向こうから、音が聞こえてきた。

 人の声だった。だが普通の声ではなかった。何かを唱えているような、低く単調な声が、波のように続いていた。


 稜線を這うように進んで、下を覗いた。

 ソンオン軍だった。

 数万——いや、まだ増えているかもしれない。だだっ広い平地に、無数の人間が集まっていた。


 だが人数ではなかった。

 雰囲気が、おかしかった。


 全員が同じ方向を向いていた。誰も話していなかった。あの単調な唱え声だけが続いていた。そして全員の額に、小さな札が貼られていた。


 紙の札だ。何か文字が書かれている。光がうっすらと滲んでいた。魔道具だ。


「なんだあれは」


 ドウキが低い声で言った。


「五斗米道だ」


 ボクシが答えた。


「死ねば仙人になれると信じている。だから死を恐れない」


「……あの札が?」


「魔道具だろう。痛みを感じなくさせているか、恐怖を消しているか。どちらにしても普通ではない」


 俺はソンオン軍を見ていた。

 数万の人間が、同じ方向を向いて、同じ声を出して、同じ目をしていた。


 目が血走っていた。全員の目が。

 戻るぞと言いかけた。

 その時だった。

 後ろで小さな音がした。石を踏む音だ。それだけだった。たったそれだけだった。


 だが一人の兵が、足元の崩れかけた石に気づくのが遅れた。バランスを崩して、思わず声を上げた。


 短い、小さな声だった。

 だが静寂の中では十分すぎた。


 平地の唱え声が、止まった。

 全員が、同時に止まった。


 そして——

 血走った無数の目が、一斉にこちらを向いた。

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