7話 百人将
リュウロウシに連れられて北府の本陣に入った。
シャアンが椅子に座っていた。卓の上に茶が置かれている。試験の日と同じ部屋だった。
三十人が後ろに並んでいる。アイも、ボクシも、ドウキも。
シャアンは俺たちを見渡してから、静かに口を開いた。
「やり遂げたか」
「はい」
リュウロウシが答えた。
「盗賊八百余りを制圧。損害は軽傷数名。以上です」
シャアンが俺を見た。試験の日と同じ目だった。何かを確かめるような、静かな目だ。
しばらく黙っていた。それからゆっくり頷いた。
「見込んだ通りだ」
それだけだった。
リュウロウシが一歩前に出た。
「シャアン様。では、あの話を進めてよろしいですかな」
シャアンは少し間を置いてから答えた。
「進めろ」
あの話。何のことか分からなかった。ボクシを見ると、ボクシも首を傾けていた。リュウロウシの目が一瞬俺に向いた。何かが動いている気がした。だがその中身は分からなかった。
部屋を出ると、リュウロウシが俺を呼んだ。
「リュウユウ。お前を百人将に任じる」
一瞬、聞き間違えたかと思った。
「百人将……ですか」
「そうだ。新兵百人を率いろ。ボクシも同じ隊に入る」
「俺が隊長で、ですか」
「文句があるか」
文句というより、実感がなかった。百人将といえば、北府の中でも指揮官の入り口だ。新兵が試験もなしにいきなり任じられるものではない。
「……なぜ俺なのですか」
「三十人で八百人を退けた。それだけで十分だ」
リュウロウシは他に何も言わなかった。
翌日、練兵場に百人が集まった。
ゾウ家の家人三十人を含む、新兵たちだ。みな昨日初めて顔を合わせたような者ばかりだった。
俺が前に立った。
百人が俺を見ていた。
三十人とは違う。倍以上の目が自分に向いている。その重さが初めて実感になった。
これが百人将か。
ボクシが隣で小声で言った。
「口が開いているぞ」
「……分かってる」
「早く何か言え」
俺は百人を見た。
「リュウユウだ。よろしく頼む」
ボクシが額に手を当てた。
だがドウキが声を上げた。
「よろしく頼みますよ、隊長!」
笑いが起きた。緊張が少し解けた。
アイは後方支援隊に配属された。
治癒魔法の使い手として、戦場での負傷者対応を任じられたのだ。
「前線に出なくていいのか」
思わず聞いた。
「私が前線に出たいかどうか、あなたに関係あるか」
「関係ないけど」
「では黙れ」
アイは後方支援隊の詰め所に向かっていった。
だがその後、訓練で俺が傷だらけになるたびにアイが来ることになる。それはまだ知らなかった。
リュウロウシによる訓練が始まった。
最初の三日は地獄だった。
体力訓練は試験の比ではなかった。外周を走るどころではない。重い荷を背負って山を登る。泥の中を這いずり回る。夜が明ける前から始まり、日が暮れても終わらない。
魔法訓練はもっと酷かった。
リュウロウシが俺の動きを見るなり言った。
「無駄が多い。全部やり直しだ」
「どこがですか」
「全部だ」
木の棒を渡された。
「これを振れ。千回だ」
聞き間違えではなかった。
振るたびにリュウロウシが止めた。
「そこで力を抜け」
「抜いています」
「抜けていない。もう一度」
千回終わる頃には腕が上がらなかった。
「明日も千回だ」
翌日も千回だった。
その翌日も千回だった。
十日が過ぎた頃、アイが来た。
練兵場の端に座り込んでいると、足音がした。
「……何やってんだ」
「休んでいる」
「動けないのか」
「動けない」
アイがため息をついた。手を当てると光が滲んだ。腕の痛みが引いていく。肩の張りが消えた。
「毎日来るつもりはないぞ」
「分かってる」
「ちゃんと訓練を受けろ。話はそれからだ」
アイは立ち上がって歩いていった。
翌日も来た。
その翌日も来た。
文句を言いながら、毎日来た。
ある日、アイが治癒を終えて立ち上がろうとした時だった。
「お嬢様口調の方が好みだけどな」
アイの動きが止まった。
「……何の話だ」
「あの夜。網に捕まった時の話し方だ。あっちの方が——」
脛を蹴られた。思いきり蹴られた。
「その話は二度とするなと言った」
「痛い。治癒してくれ」
「自分で治せ」
アイは足音荒く去っていった。
翌日も来た。
二十日が過ぎた頃、変化があった。
千回の素振りが、終わっても腕が上がるようになった。
リュウロウシが初めて何も言わなかった。
黙って見ていた。それだけだったが、それで分かった。
ボクシが夜に言った。
「魔力の流れが変わってきた」
「そうか」
「お前は無意識に使っていた。今は少しだけ意識できている。まだ荒削りだが、別物だ」
アイが横から口を挟んだ。
「まだまだだ」
「お前は後方支援隊だろ」
「傷の治しがいがなくなれば私の仕事も減る。文句あるか」
「ない」
ボクシが珍しく笑った。
一ヶ月が過ぎた。
朝の訓練が終わり、飯を食っていると、リュウロウシが現れた。
その顔が、いつもと違った。
全員が気づいた。自然と口を閉じた。
「ソンオンが本格的に挙兵した。句章を占拠し、数万の兵を集めている」
静かだった。
「北府に出陣命令が下った。三日後に出立する」
誰も声を上げなかった。
だが空気が変わった。訓練の空気ではなかった。
戦の空気だった。
ドウキが俺の隣で飯を置いた。
「来たな」
「来た」
「怖いか」
考えた。
「怖い。だが前より少しはましだ」
「何がましなんだ」
「一ヶ月前より、少し強くなった気がする」
ドウキが笑った。
「気がするだけかもしれないぞ」
「かもしれない」
二人で笑った。
アイが遠くから見ていた。何か言いたそうだったが、何も言わなかった。
三日後、北府の旗が動く。
百人将リュウユウとして、初めての大舞台が始まろうとしていた。




