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チンピラだった俺が、たった27人で天下を取ることになった  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第1章 北府入軍編

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6話 ユウ初陣

 出発の朝は霧が出ていた。


 京口の城門を出ると、街の喧騒が遠くなった。三十人が隊列を組んで歩いている。みな無言だった。


 昨夜の焚き火の話とは空気が違った。


 家人の一人が隣を歩く男に小声で言った。


「本当に行くのか」


「アイ様の命だ」


「三十人で千人だぞ」


 声が聞こえた。聞こえないふりをした。


 ボクシが俺の隣に来た。


「聞こえているか」


「聞こえてる」


「動揺している。当然だ」


「どうする」


「お前が何か言うべきだ」


「俺が?」


「指揮はアイだが、この戦いを引き受けたのはお前だ。お前の言葉でなければ意味がない」


 俺は隊列を止めた。三十人が振り向いた。アイも振り向いた。


「なんだ」


 アイが言った。


「少しだけ話させてくれ」


 アイは黙った。止めなかった。


 俺は三十人を見た。


「怖いか」


 誰も答えなかった。


「俺は怖い。三十人で千人に挑むなんて、正気の沙汰じゃない。死ぬかもしれない」


 静かだった。霧の中で誰かが息を呑んだ。


「だが、シャアン様はこれをやれと言った。意味のない試練は与えない方だと思っている。俺はそれを信じる。それだけだ」


 ドウキが鼻を鳴らした。


「相変わらず根拠がないな」


「ない」


「……まあいい。行くぞ」


 ドウキが歩き出した。家人たちが続いた。


 アイが俺の横を通り過ぎる時、小さく言った。


「……悪くなかった」


 褒めているのか貶しているのか分からなかった。



 二日かけて山間の村に近づいた。


 ボクシが地図を広げ、アイと地形を確認した。俺は輪の外で聞いていた。


「斥候を出す」


 アイが言った。


「盗賊も斥候を出しているはずだ。気をつけろ」


「分かっている」


 家人の一人が夜闇に消えた。しばらくして戻ってきた。


「アジトを確認しました。村の外れの廃屋に集まっています。見張りは少ない。今夜が好機です」


 アイが頷いた。


「夜襲をかける。山の裏手から回り込んで、二手に分かれて挟み撃ちにする」


 ボクシが口を開いた。


「待て。盗賊が斥候を出しているなら、こちらの動きを察知している可能性がある」


「斥候は一人だった。見張りも少ない。奇襲は有効だ」


「一人しか確認できなかっただけだ。他にいないとは言えない」


 アイの目が鋭くなった。


「では正面から千人に突っ込めというのか」


「そうは言っていない。もう一度確認を——」


「時間がない。夜が明ければ奇襲の意味がなくなる。行くぞ」


 ボクシが俺を見た。


 俺は何か言うべきだったかもしれない。勘が微かに鳴っていた。止まれと言いかけた。だが声が出なかった。何がおかしいのか、言葉にできなかった。言葉にできないものは、止める理由にならなかった。


 その一瞬を、俺は後悔することになる。



 三十人が山の裏手から回り込んだ。


 草を踏む音を殺しながら、廃屋に近づく。月が雲に隠れていた。好条件に見えた。


 アジトが見えてきた。


 暗い。静かすぎた。


(おかしい)


 勘が叫んでいた。だが止める間もなかった。


「行くぞ」


 アイが走り出した。家人たちが続いた。


 廃屋の扉を蹴破る。


 中は空だった。


 もぬけの殻だった。


 アイが足を踏み入れた瞬間——


 ばちんという音がした。


 床が抜けた。いや、違う。網だ。床に仕掛けられた網が弾けて、アイを包んだ。そのまま天井の梁に向かって一気に引き上げられた。


「っ——!」


 アイが宙に浮いた。網の中で身をよじる。その拍子に裾がめくれた。白い太ももと、その奥に白い布地が見えた。


 一瞬、全員が固まった。


「な——何を見ているのですか!!」


 アイの声が裏返った。普段の口の悪さが消えていた。凛とした、だが明らかに動揺した声だった。


「見るな!こちらを見るな!誰か降ろしなさい!」


 お嬢様だ、と思った。


 家人たちが慌てて動こうとした次の瞬間、四方の闇から松明が現れた。


 盗賊たちだった。百、二百——数え切れない。廃屋の周囲を完全に囲んでいた。


 やはり気づかれていた。


 盗賊の一人が宙吊りのアイを見上げて、下品に笑った。


「おっ、上玉じゃねえか。今夜は楽しめそうだ」


 笑い声が広がった。


 頭に血が上った。


「ボクシ」


「分かってる」


 俺は走り出した。



 正面の盗賊の壁に向かって一直線に突っ込んだ。


 先頭の男を掴んで投げ飛ばした。後ろの男を殴った。蹴った。掴んだ。投げた。


 体が熱かった。魔法を使っている実感はなかった。ただ体が動いた。


 盗賊たちが群がってくる。十人、二十人。数で押しつぶそうとしてくる。だが俺の体には届かなかった。殴られても痛くなかった。


「馬草に火をつけろ!」


 ボクシの声がした。


 廃屋の脇に積んであった馬草に火球が飛んだ。轟と音を立てて燃え上がった。盗賊の馬が暴れ出した。悲鳴と怒号が飛び交う。


 包囲が崩れ始めた。


 家人たちが動いた。混乱した盗賊に斬り込んでいく。数では圧倒的に劣るが、動きが違った。ゾウ家で鍛えられた剣術だ。一人が二人、三人を相手にしながら崩れない。ドウキが盗賊の横っ腹に体当たりして吹き飛ばした。アイを降ろそうと梁に向かって走る。


 その隙に俺は奥へ進んだ。


 網の綱を見つけた。掴んで引きちぎった。アイが落ちてくる。


 受け止めた。


 アイが俺の腕の中にいた。目が合った。


「……降ろしなさい」


「今すぐ降ろしたら危ない」


「……分かりました。早く」


 お嬢様口調のままだった。


 盗賊の親分らしい大男が怒鳴りながら突っ込んできた。鉄の棍棒を振り回している。


 アイをドウキに渡した。


 親分が棍棒を振り下ろした。片手で受け止めた。棍棒が歪んだ。親分の目が見開かれた。


 そのまま胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「降参するか」


 親分は宙に浮いたまま頷いた。


「降参だ!降参する!」


 親分を地面に下ろした。


「武器を捨てろ!」


 親分が怒鳴った。盗賊たちが次々と武器を投げた。金属が地面に散らばる音が広がった。


 静かになった。



 夜明けが近かった。


 盗賊たちを縄で繋いでいる間、アイが俺の横に来た。裾を直している。顔が赤かった。


「……見たか」


「見ていない」


「嘘をつくな」


「……少し見た」


 アイが俺の脛を蹴った。


「この話は二度とするな」


「しない」


「絶対にするな」


「しない」


 アイはしばらく黙っていた。それから小さく言った。


「……助けてもらった。礼を言う」


 素直だった。驚いた。


「気にするな」


「気にする。貸し借りははっきりさせる」


 アイが家人たちの方へ歩いていった。


 家人たちが俺を見ていた。さっきまでとは違う目だった。


 ドウキが俺の隣に来た。


「やるじゃないか」


「お前もな」


「俺はあんたが本物かどうか確かめに来ただけだ」


「結果は?」


 ドウキが笑った。


「本物だ」


 夜明けの光が山の端から差し込んできた。


 盗賊八百人余りを前に、三十人が立っていた。


 まったく正気の沙汰ではなかった。だが、やり遂げた。

ソンオン(孫恩)の乱は399年頃に起きた五斗米道という宗教が起こした反乱です。五斗米道は三国志ファンなら張魯を思い浮かべると思います。物語は389年から始まっているので、設定上は史実より早く発生していることになります。

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