10話 似てないな
本隊に戻ると、リュウロウシが待っていた。
その隣に、あの若い男がいた。
馬から降りて、こちらを見ていた。屈託のない目だった。リュウロウシとは似ても似つかない表情だった。
リュウロウシが俺を見た。
「報告しろ」
ボクシが前に出た。地図を広げて、ソンオン軍の配置、額の札、魔道具の効果、札を焼けば我に返ること——順を追って説明した。
リュウロウシは黙って聞いていた。
ボクシが説明を終えると、リュウロウシが口を開いた。
「敵将を討ったか」
「はい。リュウユウが」
リュウロウシの目が俺に向いた。
「よくやった」
それだけだった。だがリュウロウシが「よくやった」と言うのを俺は初めて聞いた。
隣の若い男がニヤリと笑った。
「百人で千人を崩して敵将まで討ったのか。たいしたものだ」
「お前は誰だ」
俺が聞くと、男は少し驚いた顔をしてから笑った。
「名前も知らずに戦場で会っていたのか。俺はリュウケイシャン。この人の息子だ」
リュウロウシを親指で指した。
ボクシが固まった。
「リュウ……ケイシャン?リュウロウシ様の——」
「息子だ。よろしく」
ケイシャンは屈託なく笑った。
俺は思い出した。あの鋭い目。どこかで見たような目だと思っていた。
「なるほど。あの目か」
「目だけは親父に似てるって言われる。嬉しくないけどな」
リュウロウシが軽く咳払いをした。
「お前が百人将のリュウユウか。噂は聞いていた」
ケイシャンが続けた。
「試験で白紙を出して、それでも百人将になったやつがいるって。どんな馬鹿かと思ったら」
「馬鹿で悪かったな」
「いや、見直した。百人で千人を崩すとは思わなかった」
ケイシャンが俺を見た。値踏みではなかった。純粋に面白がっている目だった。
「親父がお前に目をかけている理由が分かった気がする」
「どんな理由だ」
「さあな。親父は何も言わない。でも俺には分かる」
ケイシャンはそれ以上は言わなかった。
「また会おう。お前と並んで戦うのは面白そうだ」
リュウロウシが再び咳払いをした。
「ケイシャン。お前は持ち場に戻れ」
「はいはい」
ケイシャンが馬に飛び乗って去っていった。
ボクシが呆然と見送った。
「……あれがリュウロウシ様の息子か」
「似てないな」
「まったく似ていない」
リュウロウシが俺たちを見た。
「傷の手当てをしろ。後方に治癒の者がいる。済んだら報告に来い」
後方に向かうと、アイたちがいた。
治癒の者が数人、傷を負った兵たちに次々と手を当てていた。アイはその中心にいた。
俺が近づくと、アイが一瞥した。
「生きてたか」
「生きてる」
「どこか傷めたか」
「部下を先に頼む」
アイは少し間を置いてから頷いた。
「分かった」
アイが次の兵の前に膝をついた。手を当てると光が滲む。傷が塞がっていく。治された兵が目を見開いてアイを見た。言葉が出ない様子だった。
しばらくして、アイが俺の前に来た。
「次はお前の番だ」
「大丈夫だと言っただろ」
「見せろ」
有無を言わさない口調だった。
腕を差し出すと、アイが手を当てた。光が滲む。棍棒を振り続けた腕の痛みが消えていく。気づいていなかった疲労が、一気に抜けていく感覚だった。
「……思ったより消耗している」
アイが小さく言った。
「そうか」
「無理をするな。お前が倒れたら百人将が機能しない」
アイは立ち上がって次の兵の方へ歩いていった。
ボクシが俺の隣に来た。
「珍しく優しかったな」
「そうか?」
「そうだ。お前は気づいていないのか」
俺は答えなかった。
夕方、リュウロウシが全軍を前に立った。
「ソンオンはまだ生きている。逃げた信徒を集めて再び動く。今夜は休め。明朝、軍を進める」
全員が頷いた。
「リュウユウ」
「はい」
「今日の戦いは本隊も見ていた。偵察隊が遭遇戦で敵将を討った。その功績は記録する」
「ありがとうございます」
「だが浮かれるな。本当の戦いはこれからだ」
リュウロウシは踵を返した。
ドウキが俺の後ろで囁いた。
「隊長、褒められましたね」
「そうか?」
「絶対そうです」
ドウサイが無言で頷いた。シャカイが小さく笑った。
日が落ちていく。
明朝、軍が動く。
どこかにソンオンがいる。まだ見ぬ敵が。




