81話 情事と開戦
リュウキは3万を率い江陵に向けて出撃した。東晋の総大将はリュウユウということになっているが、そちらは陽動だ。本命はリュウキの軍と、エンという女将軍の率いる軍だ。水軍で一気に南下し江陵を制圧する手筈であった。
「エンという者は何者だ」
「ご存じないですか。魏の禁軍の将軍ですよ」
リュウキはコハンの答えに驚いた。魏の禁軍の将軍とは、魏王を殺害した女ではないか。それが東晋に逃れ、リュウユウの元で将軍として扱われている。
「これは驚いたな。なぜ魏王は殺されたのだろう......」
「さあ......男女の痴情のもつれとも言われてますわ」
コハンの動きが激しくなる。リュウキは揺れる双丘を下から眺めながら、痴情で天下が手からすり落ちていくことに滑稽なものを考えていた。
夜はまだ長い。リュウキはコハンに再会した時から、こうなると思っていた。いや、こうすると決めていた。転生前は色々なことを我慢していた。その為に漢王室再興の夢に届かなかった。今回は違う。我慢しない。欲しいものは手に入れる。リュウキは満足げにコハンの中で果てた。
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ショカツは荊州の出身である。名家の出である。先祖はあのショカツリョウに辿り着く。ショカツは先祖のような軍略の才は無かったが、かわりに体躯に恵まれていた。成年になり出仕するにあたり、兵になろうと考えた。だが、荊州の西府の総帥であったカンゲンの事を気に入らず、京口の北府へ向かった。
そこでリュウユウに会い、その配下となった。数々の戦いに出て、数々の困難を共にした。リュウユウが仕えるに相応しい人物かどうか観察していた。先祖のショカツリョウは、リュウビなんぞに仕えたばかりに、二代目のリュウゼンにボロ雑巾のように使われ最後は過労死した。仕えるべき主君を誤ったのだ。蜀は滅び家は衰退した。ショカツは先祖のようにはなりたくないと思っていた。
リュウユウは人に慕われている。学はない。だが、それを補って余りある人たちが支えている。ショカツはこのまま、仕えてもよいと思っている。東晋はダメだ。いつかリュウユウを皇帝に押し上げ、ショカツは大将軍の地位になりたいと考えていた。
賊徒討伐の為、再び荊州にやってきた。そこで合流したリュウキとは何故か気が合った。格としては、リュウキは将軍であり、ショカツは千人将と差はある。だが、合流した日に行われた酒宴で、意気投合した。
リュウキはリュウビを嫌っていた。酔った勢いで、あのデカ耳野郎とか、ド助平変態など、まるで実際に会ったことがあるかのように悪口を並べ立てた。ショカツはその言い方が可笑しくて、大笑いし、先祖のことを打ち明けた。リュウキはショカツリョウは可哀そうな奴だと言った。お前はあんな人生を送ってはだめだと言った。そしてリュウキは思いがけないことを言った。
「リュウユウには気を付けろ。あいつはリュウビと同じ匂いがする」
ショカツはその言葉が引っかかっていた。自分は先祖と同じ末路は辿らない。大剣を構え素振りをした。この剣で大将軍になるのだ。改めて心に誓った。
◆
「こちら側に随分集まってきたな」
「当然だ。お前が総大将だし、敵はここを突破して建康に向かう気なのだ」
俺の眼前には7万もの大軍がいた。これだけ引き付けると、江陵は手薄になっているはずだ。それを別動隊が奪還する。今のところ作戦通り進んでいる。
「気を引き締めろ。いくら江陵を奪還したとて、ここでお前が負けたら元も子もない」
こちらの軍は1万5千である。だが、精鋭であった。武器も揃い練度も高い。かつての北府の軍が主体となっているのだ。敵は貧民の集まりだ。武器も満足に揃っておらず、鍬を持っている者もいる。陣形も雑然としていた。
「建康でたらふく飯を食っている奴らを討つのだ!」
シバキュウシは檄を飛ばした。王族であり、どちらかと言うとたらふく飯を食っている側の人間だ。それでも貧民たちはその檄に応じて歓声を上げた。
「......士気だけは高いか」
「お前が突撃して打ち砕くことは出来るだろう。だが、犠牲が多くでるかもしれない。ここは負けたふりして後退するのだ」
ボクシは高台に5千の本陣を移動させ、固く陣を組ませた。そして1万を順次後退させていく。
「準備が整うまで、ここの本陣は死守しろよ」
ボクシは俺にそう言うと後退していった。
「見ろ!敵は恐れをなして下がっていくぞ!追え!」
シバキュウシは太鼓を叩き攻撃の指示を出した。7万の軍が一斉に、高台目指して突撃を開始する。
「......ボクシの奴め。まあまあ無茶ぶりするよな」
カンシュクの弓隊が一斉に矢を放った。高台を登り始めた賊徒が次々と倒れていく。
魔道具の弓。
水龍の一撃で一気に数十人が矢に串刺しにされた。賊徒はあまりの衝撃に足が止まる。
「モウチョウ!行くぞ」
俺は一千の騎馬隊で突撃した。高台からの逆落としで賊徒は弾き飛ばされた。だが、7万の壁は厚い。俺はほどほどに崩すと、本陣に引き返し、突撃を繰り返した。
高台の麓には賊徒の骸が積み上がっていった。賊徒の足が完全に止まり、徐々に後退を始めていく。だが、下がっていく賊徒をシバキュウシの正規軍が後ろから督戦した。
「たった5千に何を手こずっている!下がる者は斬るぞ!」
再び、賊徒は高台を登り始めた。だが、骸が積み上がっていくだけであった。シバキュウシは攻めあぐね、持久戦に切り替えた。高台を囲み、昼夜問わず、太鼓を叩かせた。実際に攻撃を仕掛けてくる時もあるが、ほとんどは音だけであった。その度に睡眠を削られ、兵に疲労が溜まっていった。
戦闘が始まって3日目の朝。
やはり貧民を督戦し、高台を攻撃してくる。これまでに1万近い骸が積み上がっている。賊徒はそれを盾にして矢を防ぎながら登ってきた。
「ドウサイ!行け!」
「おう!」
俺とドウサイは登ってきた賊徒を叩き落としていった。だが、兵たちは疲労で動きが悪く、次第に押し込まれていく。それを好機とみたのか、シバキュウシ麾下の二千程が駆け上ってくるのが見えた。貧民とは明らかに違う装備で精鋭に見えた。
「ドウサイ!ここは頼む!俺はあれを止める!」
ドウサイは雄たけびをあげ、ドシンと大斧で地面を突いた。地面が割れ、賊徒たちが崩れていく。そこを兵たちがひたすら槍で突き倒していく。ドウサイの奮闘を横目に見ながら、俺は駆け上ってくる軍に向かって駆けた。シャカイの隊がそれを受けているが、苦戦していた。
「うおおおおお!」
俺は棍棒に魔力を注いだ。ぐんと伸び、シャカイに取り付いていた敵を薙ぎ払った。
「ユウ!もう長くは持たんぞ!」
賊徒はドンドン上ってくる。ドウサイも徐々に後退するのが見えた。
「後退だ!ユウ!ついてこい!」
フコウシがボクシの伝令としてやってきた。旗を掲げ誘導を始めた。俺はそれを追いかけた。
「総大将が逃げていくぞ!他の者はどうでもよい!リュウユウの首を討つのだ!」
俺はモウチョウが差し出した馬に乗り、馬腹を蹴った。ドウサイやシャカイの歩兵たちも散開していくのが見える。駆けていくとボクシが居た。
「いい負けっぷりだな。こっちだ」
「うるさい!大変だったんだぞ!」
俺はボクシに文句を言いながら駆け続けた。賊徒は俺を追うのに必死だ。俺だけに集中しているようで、ものすごい人数が列をなして追ってきている。森が見える。そこに飛び込んだ。
「見てろ。ここから地獄が始まるぞ」
ボクシは珍しく不敵に笑った。




