80話 王族の反乱
リュウキは汗が止まらなかった。宮殿を出ても動悸が収まらない。吐きそうな気分であった。
「リュウキ殿?いかがしましたか。どこか具合が悪いのですか」
コハンは心配して顔を覗き込んで来た。近い。双丘が作り出す深い谷間にリュウキの視線が吸い込まれる。
(この女は相変わらずだ......まるでスウシのようだ)
転生する前、仲間と共にスウシという女を使ってソウソウを嵌めたことがある。とても危険な美女であった。コハンはそのスウシに雰囲気が似ている。リュウキは若いこの体が、この色気に誘惑されそうになっていることに気づき狼狽した。どうやら動悸はリュウユウに会ったせいだけではなさそうだ。
「い.....いや、あまりにコハンが魅力的で心臓が......」
リュウキは何を言っているのだと焦った。コハンがクスリと笑う。その微笑にリュウキの心臓が跳ね上がった。
「ここでお休みになるとよいわ」
涼しい風が通っている。古い建物であったがよく手入れされていた。宮殿に併設される客間だ。リュウキは椅子に座りコハンに尋ねた。
「ところでリュウユウ将軍はリュウビと何か関係があるのか」
「さあ...本人はリュウビの子孫と名乗ってますけど」
それが何かと言いたそうな顔をしていた。リュウなんて姓はたくさんいるし、誰誰の子孫だ、末裔だと名乗る人物も珍しいものではない。
「もしかして、リュウキ殿もリュウビの子孫ですか」
「違う!あんなむしろ売りと一緒にするな!俺はれっきとした漢王室の末裔だ」
つい声が大きくなってしまった。コハンは不思議そうに見ている。リュウキはハッとした。こんなことを人に言うのは転生して初めてのことであった。
「おかしなお方、ゆっくりと休むとよいですわ」
コハンが立ち去った。リュウキはコハンが言ったことを反芻した。リュウビの子孫。まあ、リュウ姓のものが乱世で箔をつける為に、有名な人物の子孫と名乗ることは多いだろう。だが、リュウユウの雰囲気は子孫というような遠いものではなく、もっとリュウビに近いものだと感じた。
(いずれにせよ、あの男と並びたつことは出来ない)
リュウキは寝ころぶと、下半身が反応していることに気づき苦笑した。全く若い体は厄介なものだと思った。
◆
「なあボクシ...これで良かったのかな」
「どういう意味だ」
「皇帝が復帰しても民の生活は変わらない。相変わらず路地裏は貧民で溢れている」
「....そうだな」
「税も重いままだ。俺たちの生活は何一つ不自由ない。これで良いとは思わない」
「お前にしてはよく見ているな。その通りだ。今のままではカンゲンの時と変わりはない」
そんな時であった。荊州の江陵でシバキュウシという人物が反乱を起こした。王族だ。何かしら欠落したものが多いシバ氏の中で、キュウシはまともな人間であった。現皇帝アンテイからは遠い親戚といったところだ。王位の継承権も無いほどであったが、自身が正統な王の血筋であると触れ回っていた。
「アンテイは何も考えることが出来ない欠陥品だ。カンゲンの専横を許した!そんなやつに皇帝が務まるものか!」
キュウシの言うことはまともである。税を軽くすると言った。王族の戯言かと笑う者も多かったが、貧民たちの支持を得た。江陵に集まる貧民は10万を超えた。東晋で起きた反乱の中でも、ソンオンの乱を超えて最大のものになった。
「リュウユウ。リュウキと協力して賊徒を討て」
俺に賊徒討伐の勅令が下った。民が喘いでいる時に、また血税を費やして戦争をする。俺はそのことに気づき、大きなため息をついた。
「お前の感覚は正しい。だが、反乱を放置すると民が戦乱に巻き込まれていくだけだ」
敵は十万を集めている。建康には正規軍が五万しかいない。レイセキは十万で漢中のカンキを討ち、そのまま滞在している。襄陽の防備は後秦と夏に備える為、最低でも五万の守備軍が必要だ。この反乱に呼応して夏が攻めてこないとも限らない。
賊徒討伐に投入できる兵力は建康から出せる三万と、リュウキの三万が限界であった。俺はオウヒツの助言で、気が進まなかったが臨時徴兵することにした。
「おいボクシ。こいつら名簿に名前がないぞ」
集まったのは食い詰めた貧民が多かった。軍に入れば飯に困ることは無い。だが、彼らは戸籍を見ても名前が載っていない者ばかりであった。
「戸籍はあてにならん。東晋には北から逃れてきた流民が多いからな」
「ん?じゃあこいつらは働きもせず、ただぐうたら過ごしているだけなのか」
「全部では無いだろうが、それに近いだろうな」
俺は気づいた。まともに働き、戸籍に名前がある者だけが税に苦しんでいる。ここに集まってきた連中は戸籍に名前もなく、普段は定職にもつかないで税も納めず、こういう時だけ国の甘い汁を吸いに来る。
(もっとも俺も転生前はスロット三昧で税金なんか払ってなかったけどな...)
「徴兵は中止だ。こんなので補充してもまともに戦うと思えない...」
「ああ。それがいい。どうせ敵も似たようなものだ」
俺は結局、三万で建康を出発した。もともと北府の軍であった者も多い。東晋の精鋭なのだ。徴兵して流民を入れても足手まといなだけだ。
「敵は三方に分かれて動いてきている。各個撃破するぞ」
ボクシは三万を二つに分けた。騎馬隊と歩兵を振り分けていった。俺が率いる一万五千は、真っすぐに江陵を目指した。ドウサイ、シャカイたち歩兵とシュクユウ、ケイシャンらの騎兵に軍師としてボクシがつく。
もう一方の一万五千は、エンを大将に、ショカツとモウシュウシたち歩兵と、カイギョク、チンアクの水軍が中心だ。コハンが軍師となり、水路を進む。荊州のリュウキと連携を取る位置関係にもある。
総大将の俺を南側に引き付けて、北側からリュウキとエンの軍で崩していく作戦だ。
「万を率いる戦は久しぶりだな」
「これから何度もあるさ。北には強敵がいる」
俺はカクレンの顔を思い浮かべた。あの女がいる限り戦乱は終わらない。こんなところで躓いていることは出来ないと気を引き締めた。




