79話 漢王室の血筋
リュウキはカンゲンの首を携え建康に向かった。東晋を再興させた者がどんなやつなのか見ておきたかった。
リュウキはかつてこの荊州の支配者であった。二百年程の前の話である。その時の名はリュウヒョウであった。病に倒れ無念のうちに死んだ。子供たちは家督を争い、配下たちも腐ったやつらばかりであった。同じ漢の血筋のリュウビを喜んで受け入れたが、死の間際になってリュウビの本性に気が付いた。
(こいつは本気で漢を再興しようとしていない。ただ自分が皇帝になりたいだけだ...)
生まれ変わった。始めは何が起きたのか理解できなかった。
武陵。リュウヒョウが治めていた荊州の都市の一つだ。高齢で病に倒れ死んだはずであった。だが、今の姿はどうみても二十代の頃の姿であった。腐敗した漢王朝を立て直すべく、宦官打倒に燃えていたあの頃の姿だ。
武陵の街を歩くと、わずかにリュウヒョウの知る武陵の雰囲気と違っていた。言葉は通じる。街並みが変わったわけではない。だが違和感があった。
(...これは!?)
リュウビを祭る廟である。何でこんな物があるのだ。リュウヒョウはリュウビの木像を見て腹が立った。あの男の野望に最後の最後でようやく気が付いた。だが、時は既に遅かった。
「この木像の人物は何故、祭られているのか」
近くにいた人に尋ねた。返ってきた内容は驚愕のものであった。今から二百年ほど前に、蜀の皇帝になった偉いお方なのだと。民に慕われ、死後もこうして神様として崇められているのだと。
「馬鹿な...あの男が神だと....それに二百年前だと!」
リュウヒョウは後の世に生まれ変わったことに気が付いた。この二百年間何があったのか調べた。漢はソウソウの息子のソウヒに簒奪され、天下は魏呉蜀の三つの国に分かれた。その魏もシバ氏に簒奪され、晋となり、やがて王族同士の争いが起き、遊牧民の介入を許し、いくつもの国が興っては滅んでいく。
かつての戦国の七雄が争った時代よりも混沌とした状況に、リュウヒョウは絶句した。そして漢王室はもう存続していないことを知り涙を流した。漢を名乗った国はある。だが、それは漢王室とは縁もゆかりもない、ただ名前を借りただけの存在であった。
リュウヒョウは名前をリュウキと変えた。息子の名前に似ている。本当はリュウキを家督に継がせたがった。だが、妻は弟の方を継がせたくて家督争いが起きた。それも荊州にソウソウが攻め込み、滅ぼされた。
リュウビを受け入れたばかりにソウソウを招き入れた。ソウソウはリュウビの野望を知っていたのだろう。リュウビが荊州を掌握する前に潰しに来たのだ。荊州は巻き込まれたといっていい。リュウビのことを心底憎んだ。
(俺は漢王室の正統な血筋だ。絶対に再興してやる)
リュウキとして、西府の軍に入った。一兵卒から成り上がってみせる。若返った肉体はよく動いた。
(この体はリュウヒョウだった時よりも武芸に精通している。魔法にも)
剣を振ると炎が噴き出す。それはすぐにレイセキの目に留まり、百人将になり、千人将になり、そして将軍になった。
レイセキから三万の軍を預かり、カンゲン討伐に向かった。レイセキ自身に野望はないのが分かった。東晋の再興を考えていないことも。レイセキの興味はもっぱらリュウユウという将軍が、どう動くかにあった。リュウキはその名が妙に引っかかった。
(ちょうどよい。会ってやるか)
建康に着いた。
襄陽より大きい。流石に国都といったところかと思ったが、すぐに路地裏にいる餓えた民に気が付いた。
(建康でもこうなのか...)
カンゲンの政治は腐っていた。その腐敗ぶりは漢の末期より酷い。こんな国を再興させて意味があるのかと思った。
すぐに宮殿に呼ばれた。カンゲンから取り戻したばかりだ。人がせわしくなく行きかい、文官たちも慌ただしく働いていた。リュウキはそんな人たちを尻目に宮殿に入った。
「リュウキと申すか。こたびの働きご苦労であった」
発言したのは皇帝の隣にたつ年配の男である。
(これがオウヒツか)
高官らしい雰囲気のある人物である。だが大物ではない。有能そうに見えるが、所詮はカンゲンの専横を止めることが出来なかった男にすぎない。
そして玉座に坐る男。口を半開きにして目が遠くを見ている。時折、「あー、あうあー」と言葉を発している。話には聞いていたが酷いものだ。シバ氏の王室は近親婚を重ねたことにより、健常者がいなかった。カンゲンのような男が現れるのも無理は無いと思った。
背中に圧を感じた。
大柄の男が入ってきた。
「おおー。本当にカンゲンの首だ。リュウキさんお手柄だね」
リュウキはどこか懐かしい雰囲気を感じた。決して心地の良いものではない。この雰囲気は知っている。後ろを振り返り、大男の顔を見た。ハッとした。どこかあの男の面影がある。
「俺はリュウユウだ。よろしく頼む」
リュウキは剣の柄に手をかけそうになった。だが、リュウユウの方が強そうであった。それにここで斬る理由が無い。動悸がする。リュウキは深く呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「どうかしましたか。お疲れですか」
目が合った。リュウキは確信した。
(この男にはリュウビの血が流れている)
「どうやら飛ばしてきた疲れが出たようです。大変失礼しました」
「では、あちらで休むとよいですよ」
リュウユウが示した先にコハンが居た。レイセキの副官だった女だ。知っている。
「あら、リュウキ殿。お久しぶりです。こちらへどうぞ」
コハンに伴われ宮殿を後にした。だが、心臓の高鳴りは収まっていなかった。




