78話 末路
シュカの本隊は壊滅したが、それ以外の三つの部隊は会稽に向けて駆け続けた。俺は反転して追おうとしたが、ボクシは「必要ない」と言って止めた。
「会稽には一千の守備兵しかいないのだぞ。大丈夫か」
「カンゲンに逃げられる前に建康に向かうべきだ。それに会稽にはコハンがいる。あの女ならなんとかするだろう」
俺は頷き建康に向かった。俺が勝つのを見たハイエナどもが、続々と義勇兵と称して合流したことにより、建康に到達するころには1万に膨れていた。
だが、カンゲンは既に逃げ出しており、建康は無血開城した。
一方の会稽。シュカの残党は作戦通り、会稽まで駆け抜けてきたが、シュカが討ち取られたことが伝わり、完全に士気が低下していた。
「やる気が無い軍ね。一撃を与えてあげましょう」
「え!?そんな必要ないわ」
エンは敵を見るなり、そう言って二百程の騎馬で、コハンの制止も聞かず出撃してしまった。
「まさか脳筋なの!?」
コハンは城壁からエンの戦いぶりを見ていた。まるで鋭い牙のように、楚軍を縦に切り裂いた。あっとい間であった。エンは奥にいた指揮官の首をぶら下げ戻ってきた。コハンは何も言うことが出来なかった。
「うおおお!カイギョク様とチンアク様が駆け付けたぞー!」
カイギョクとチンアクはコハンの命を受け、東晋水軍の残党を集め会稽に馳せ参じた。するとどうだ。楚軍が会稽を包囲しているではないか。二人は兵を率いて突進したが、敵はすでに崩れており、まるで手ごたえがなかった。
「どうだ!俺たちに恐れをなしたか!武器を捨てて降参しろ!」
次々と武器を捨てる敵兵を見て、二人は自慢げに大笑いした。
「姉貴!見ましたか!俺たちの活躍を!水の上でなくても戦えることを証明してやりましたぜ!」
「......ええ。来てくれて助かったわ」
コハンの顔が引きつっている。二人は褒められたと思い大喜びであった。エンがその様子を見て、クスクスと笑っていた。
カイギョクとチンアクは二千の兵を集めていた。さらにコハンが降伏した楚の兵たちを選別し、軍に組み込んだことにより、会稽の兵力は五千となった。
「建康を落したと聞いた。アンテイ様に建康に移って頂こう」
オウヒツはすぐに建康への移動を開始した。建康を取り戻したことは東晋に取って大きなことである。国都なのだ。会稽のような地方都市とは重みが違うのだ。
(......ユウ。ここからが本当の試練よ。見定めてもらうわ)
エンは馬上でユウの姿を思い浮かべた。魏から逃れ、呼び込まれたかのように京口へ向かった。それが正しかったのかは今でも分からない。ユウに感じるただならぬ力。それを見届けるまで死ねないと思った。
◆
カンゲンは逃げた。カンキの元に身を寄せようと思ったが、レイセキが裏切ったことで漢中は攻撃されている。さらに荊州からカンゲン討伐軍が来ている。西に向かってはその軍と遭遇してしまう恐れがあった。
広陵に渡り北へ亡命することも考えた。だが、船はリンシの手によって抑えられ、誰もカンゲンを乗せようとしなかった。
「あの女商人め!いやそれよりリュウユウだ。あの男さえいなければ......」
カンゲンはリュウユウを警戒していたはずだ。だが、千人将に落とし、その後、カンゲンが王位を簒奪した時に有頂天になって、その存在を忘れていた。それにオウヒツ。さらには追放したはずのジョセンシにトウリョウ。顔を浮かべる度に、怒りがこみ上げてきた。強引にでも処刑すればよかったと後悔した。
「カンゲン様!前方より軍が来ます!」
「いくつだ」
「二千程です」
荊州の軍の先鋒であろう。カンゲンは敵が二千と聞いて、打ち砕いてやろうと考えた。これでも西府の総帥だったのだ。こちらも二千だが、同数で負けるわけがないと思った。
だが、陣を構え指揮棒を持ち上げた瞬間。腹に異変を感じた。
剣が突き刺さっていた。ドクドクと血が溢れ出す。
「き...貴様!裏切る気か......」
「あんたはもう終わりだ。首を貰って降伏する」
「うごあああああ!」
カンゲンは最後の力を振り絞って剣を振り上げた。一斉に槍が四方から襲ってきた。
「こ...こんなはずでは......」
荊州の先鋒の将は、無数の槍に串刺しになっているカンゲンの姿を見て哀れんだ。
「......この程度の男だったか。所詮は己の欲望のままに生きる者の末路などこんなものだ」
カンゲンの首を刎ねた。
楚は滅んだ。カンゲン一代限りの王朝。その存在は東晋の歴史に取って大きな汚点である。
「歴史を取り戻す。漢王朝を再興させる。この俺の手で...」
将はカンゲンの首を興味なさそうに放り投げ、馬に跨るのであった。




