77話 四分の一
レイセキは襄陽に届いた檄文を読んでため息をついた。
「リュウユウが立ったか......皇帝アンテイを擁立するとは考えたものだ」
リュウロウシとは違うやり方に感心した。前皇帝を立てたことで大義名分は出来る。だが、レイセキはユウは思い違いをしていると感じた。
(民はカンゲンだけが憎いのでは無い。東晋そのものにも恨みを持っている......)
カンゲンの圧政は確かに民に大きな負担をかけている。だが、民はそれは誰が政権を握っていても同じだと考えている。カンゲンを討ったところで、新たなカンゲンが生まれるだけだ。それは晋という国の体質なのだ。三国時代を終わらせた晋。その統治はわずか数十年で崩壊し、八人の王が争い、遊牧民の介入を許し南へ追いやられ東晋となった。
もともと腐敗している国なのだ。民はいま、魏が南下して楚を滅ぼすことを望んでいる。レイセキは襄陽にいるからそれがひしひしと伝わってくる。噂で聞く魏の政治は、東晋や楚のものとは全く違う。西域との交易で潤い、税は低く、能力のある者は取り立てられる。
それに対して楚は、商人は権力者に諂い富を独占し、税は重く、カンゲンの一族に近い者が取り立てられる。レイセキだって、たまたま荊州に生まれ、西府の軍に入ったから今の地位がある。北府に入っていたらこのように荊州刺史にはなっていない。
「シュカの使者が来ております」
「そうか......通せ」
カンゲンはそのまま長安を攻めよと言ってきているが、シュカは建康に軍の一部を引き返させろと言っている。二千の兵力であるが、リュウユウの武勇を警戒している。シュカの判断は正しい。
襄陽から船で進めば建康までは、そう時間は掛からない。シュカは固く守って援軍が来るのを待つだけだ。レイセキの手には檄文、目の前にはシュカの使者。
(覚悟は決めた。俺の行動がこの国の運命を握っている)
◆
「馬鹿な!レイセキが漢中を攻めただと!」
シュカは慌てて戻ってきた使者の報告を聞いて血の気がひいた。レイセキの軍は楚の最大の武力である。それが、カンゲンを裏切り漢中を攻めた。狙いは明白だ。カンゲンの一族であるカンキを討つことで、カンゲンの退路を断つつもりなのだ。漢中の2万ではレイセキの軍にとても太刀打ち出来ない。
「カンゲン様から伝令が来ております!」
シュカは軍営を飛び出し、伝令に駆け寄った。
「シュカ将軍に急ぎ建康に戻れとのことです!」
「伝令!襄陽の軍がこちらに戻ってきているとのことです!」
「......どれくらいだ」
「およそ3万です!」
当然、味方ではない。襄陽の軍が到着したら建康は陥落する。カンゲンもお仕舞いだ。
「......カンゲン様に伝えよ。建康には戻らぬ......」
◆
楚の旗が突然、揺らぎだした。慌ただしく動いている。
「なにがあった」
「ユウ。来るぞ。何を企んでいるかは分からないが、これは好機だ。シュカを討て」
八千の楚軍が突撃してきた。今まで固く布陣していたのが嘘のようであった。俺は馬に跨り、棍棒を手に取る。
「他の兵には目もくれるな!シュカだけを狙え!」
二千を楔のように陣を組んだ。八千が近づいてくる。
「シュカはどこだ」
八千が突然、分裂した。二千ずつ四部隊だ。
「.....くそ!シュカはどこにいる!」
シュカは本陣の旗を降ろし、完全に他の部隊と見分けがつかない。
「ユウ!やつらはすり抜けて会稽に向かうつもりだ!ここで止めろ!」
二千を分けるわけにはいかない。寡兵が更に寡兵なるだけだ。
「こうなったら勘だ!四分の一など簡単な賭けだ!」
俺は勘で一つの部隊に狙いを定めた。ここで外すと、シュカに逃げられてしまう。全員が同じ鎧を付けている。どれがシュカなのか見分けがつかない。
(思い出せ......シュカには会っている)
俺は目をカッと見開き、棍棒を構えた。振り下ろす。
一人の男を打ち砕いた。周囲の楚兵は振り返り、狼狽していた。
「シュカ様!」
誰かが叫んだ。当たりを引いたようだ。兜を棍棒の先で弾くと、見覚えのある顔であった。
「敵将を討ったぞ!勝鬨だ!」
ユウが叫ぶと、静観していた軍が一斉に、楚軍に襲い掛かった。楚軍はシュカを討たれ、完全に戦意を失っている。それを一方的に討ちまくった。
「やめよ!勝負は決した!無駄な血を流すな!」
止まらなかった。俺は本当にハイエナのようだなと嫌悪感を抱いた。
「ユウ。誰でもいいから見せしめにしろ」
ボクシはそうでもしないと収まらないと言った。俺は再び棍棒を構え、一番人相が凶悪そうな男に向かって突進した。武器を捨て降伏している兵を楽しそうに殺していた。
棍棒を振り下ろす。男は俺が近づいているのにも気づかないまま、頭を砕かれた。
(そういえば、こいつの顔は俺を殺したパチプロの親玉に似ているな......)
どうでもよいことを思い出してしまった。別に今となっては本当にどうでもよい。
「これ以上、無益な事をすると、このようになるぞ!」
止まった。俺の怒った顔を見て、みんな震えあがった。俺はこういう輩の親玉になるつもりは無い。転生してまでチンピラでいたくない。天下を取る。改めてそう思った。




