75話 会稽奪取
夜露に濡れる草木を掻き分け、俺たちは出発した。会稽の郊外にある前皇帝アンテイの幽閉先に向けて馬で駆けた。街道は暗く人気もいない。蛙の鳴き声だけがしていた。
「止まれ。ここから先は徒歩だ。先にわたしが行く。合図が見えたら来い」
セキカは事前にこの幽閉先を調べていた。前皇帝を幽閉しておくには粗末な屋敷であった。アンテイは数人の侍女と暮らしている。警備の兵は十人。夜は二人ずつ交代で見張りをしており、屋敷を周回するように巡回している。
音もなく忍び寄り、一人の首を掻き切った。崩れ落ちるのを支え、音が立たないようにそっと地面に横に置いた。二人目が歩いてきた。
「うっ......」
背後に回り込み短刀を首筋に押し当てた。血が噴き上がる。
「そろそろ交代の時間だぞ」
次の二人が出てきた。セキカは素早く近寄り一人の胸に深々と短刀を突き刺した。
「く....くせも.....」
もう一人も短刀を抜きざまに切り上げた。ドサッと倒れる。
セキカは提灯に灯りをつけ、合図を送った。
「いくぞ。ユウ。ジョセンシさんは無理をしないように」
ボクシが抜刀し駆ける。俺も棍棒を構え続いた。その後ろにトウリョウとジョセンシが続く。セキカと合流し、残りの警備兵の寝所に踏み込んだ。
「なんだ!お前ら!曲者だ!みんな起きろ!」
一人が咄嗟に起き上がり叫んだ。だが、すぐに俺の棍棒で頭を砕かれる。他の警備兵も起き上がる前に斬られていった。
「.....容易く行ったな。流石はセキカだ」
「これくらいどうということは無いわ。あれと比べればな......」
「ん?コハンとのあれを言っているのか」
「......あんな任務は二度とごめんだ」
俺たちはアンテイの寝所に入った。三人の侍女が短刀を構えてアンテイを守っている。当のアンテイは何が起きているか分かっていない様子だ。寝ぼけてもいるが、知的障害を持ち、普段でも周囲の状況を理解していない。
「あなたたちは何者ですか!アンテイ様の寝所と知っての狼藉か!」
「短刀を納めてください。我々はアンテイ様をお迎えに来た」
ジョセンシが前に出た。侍女たちはハッと驚いたが、短刀は構えたままであった。
「俺はリュウユウだ。アンテイ様に皇帝に返り咲いて欲しい」
「馬鹿な......アンテイ様はここで静かに暮らしている。余計な事はしないでもらいたい」
「カンゲンが権力を固めると、残念ながらアンテイ様は用済みです。必ずや消されるでしょう」
トウリョウが言った。かつてアンテイに仕えた二人がここにいる。侍女たちはお互いを見合ったのちに、短刀をしまった。アンテイは興味をなくし再び寝てしまっていた。
(完全にお飾りだな...だが、これもカンゲン打倒の為だ...)
俺は寝ているアンテイを担ぎ上げた。一緒に馬に乗り、会稽に向かった。
◆
「オウヒツ様のご来訪だと?」
会稽太守は突然の高官の来訪に慌てていた。オウヒツはこのところ、病を得て政務を離れてると聞いていたが、なぜ会稽に来るのかと不思議に思った。だが、来た以上は会わないわけにいかない。無下に断って後から難癖をつけられては太守の地位も危うくなる。太守は急いで客間を片付け、オウヒツを招き入れた。
「オウヒツ様。今日はどういったご用件で」
「急に来て悪かった。実は近くの温泉で療養していたので、せっかくだから挨拶に来ようと思ったのだ」
「それはそれは.....ようこそお越しくださいました。病と聞いておりましたが、お元気そうでなりよりです」
「ははは。どうやら温泉の効果があったようだ。病も吹き飛んだようだぞ」
太守は内心ドキドキしていた。不正を暴かれて捕縛されるのかと思ったのだ。現に、オウヒツに従う者たちはいずれも只者に見えなかった。
「申し上げます!」
「何だ。客人が来ているのだぞ」
「急ぎの報告です!会稽に二千の賊徒が迫っております!」
「な...なんだと!急ぎ迎撃の準備をせよ!」
「これは大変な時に来たようですな。どうですか、ワシの従者たちは強者ぞろいです。助太刀しますぞ」
太守はオウヒツの後ろに従うドウサイたちを見た。会稽にいる軍の将校よりはるかに強そうであった。
「それはありがたい。賊徒どもも、まさかオウヒツ様が強者を連れて来ているとは思わないでしょう」
オウヒツの合図で、ドウサイやショカツたちが正門に向かって行った。オウヒツの側にはアイとエンが残った。
「そちらの美しいお嬢様たちは?」
「二人ともワシの護衛です。女ですがとても腕が立ちます」
太守は二人に色目を送ったが、アイとエンに睨まて震えあがった。
会稽の守備軍は二千である。正門の防衛にあたった。だが、戦にならなかった。ドウサイたちが中から門を開けてしまったのである。
守備軍の混乱の中、シュクユウの軍が突入した。すでにドウサイたちが暴れている。あっという間に制圧した。
「いったいどういうことだ!」
太守は立ち上がり叫んだ。すでに正門は開き、賊徒が政庁に向かって来ている。
「オウヒツ様。お逃げください」
太守はまさかオウヒツが連れて来た従者が、門を開けたと思ってもいなかった。エンが素早く、太守の首を刎ねる。その顔は驚く間もなく、間抜けに口を開けたままであった。
衛兵たちは慌てて槍をオウヒツに向けて突き出した。エンが、その槍を水流剣で斬り刻んでいく。衛兵たちはその神技のような素早さに震えあがった。
「歯向かうものはこの太守のようになる。会稽は皇帝アンテイ様の居城となるのだ」
衛兵たちは一斉に平伏した。オウヒツに加えて、前皇帝までここに来るということに恐れおののいた。守備兵の抵抗も少なく、武器を捨て降伏した。
皇帝アンテイがやってきた。玉座というには粗末な椅子であったが、それでもアンテイの両脇に、オウヒツとジョセンシが立つと、皇帝だと認めざるを得なかった。
カンゲン打倒の第一歩は鮮やかに決まった。俺は緊張してきた。次はカンゲンの軍との戦である。絶対に勝たなければいけない。夕日が眩しかった。




