72話 裏切り者の末路
リュウロウシはどこでしくじったのか思い直した。カンゲンに下ったとはいえ、北府の総帥の座は維持されると考えていた。
甘かった。北府はあっという間に解体され、リュウロウシ自身も殿中将軍という名誉職に追いやられた。政治の世界ではカンゲンが一枚も二枚も上手であった。もはやカンゲンに対抗できる人間はいなく、オウヒツさえもカンゲンとは表立って争うことを避けていた。
「こうなっては、自ら立ち上がるしかないのか......」
今まで勝ち馬に乗り続けてきた。妻の生家である有力者を裏切り殺害した。妻は絶望し自害して果てた。息子のケイシャンはそのことを恨み続けている。リュウロウシはそうして東晋での地位を上げ、シャアンに次ぐ将軍となった。
シャアンは淝水の戦い以降、病を得ており、もうじき死ぬと思った。そうすればリュウロウシは北府の総帥だ。それまでの我慢だと思った。やがてシャアンは死に、北府の総帥となった。だがその責務は想像以上に重かった。
リュウユウが台頭してきた。シャアンはリュウロウシではなく、リュウユウに託した。嫉妬した。カンゲンに付けば、東晋の二番手の地位を得られる。リュウユウが成り上がってきても、そこまでは到達できないはずだと思った。
皇帝アンテイを守るというのは建前だ。リュウロウシは常に二番手にいて、責任を持たず、それでいて栄誉を得たかった。カンゲンにつくことでそれが実現したと思った。
「まさか本当に簒奪するとはな......」
シャアンはカンゲンを警戒していた。必ず簒奪すると見ていた。リュウロウシはカンゲンでもそんな馬鹿な事はしないと思っていた。だが、シャアンの方が正しかった。もし、あの世でシャアンに会うことがあるなら、きっと糾弾されるはずだ。それは嫌であった。自分の方が正しいことを証明したい。
そう、シャアンにも嫉妬していたのだ。
北府の軍が無い今となっては、どれだけの者が集まるか分からない。だが、カンゲンは民に憎まれている。立ち上がる者は多いはずだ。
甘かった。結局、集まったのは三千程の兵しかいなかった。それもカンゲンに睨まれて浪人となっていた者ばかりだ。装備はろくにそろっておらず、練兵も出来ていなかった。
討伐軍が来た。大将はシュカだ。各地から兵を集め、二万で包囲してきた。勝ち目は無かった。士気も高くなく、毎晩、逃亡者が出た。
リュウロウシは悔いた。
自分の人望の無さを悔いた。
見誤ったことを悔いた。
人生を悔いた。
リュウロウシは剣で自らの首を跳ねた。
◆
「ケイシャン......大丈夫か......」
俺の問いかけにケイシャンは「問題ない」とだけ言った。問題ないわけがないことは、表情が物語っていた。
「......裏切り者の末路だ。それだけだ」
ケイシャンは壁をドンと殴ると部屋を出ていった。リュウロウシに恨みがある。それでも北府の軍におり、将校を務めてきた。父親、母親の仇、ケイシャンには複雑な思いがあったのに違いない。俺にはかけるべき言葉が無かった。
「ユウ。どうするつもりだ。このままここで逼塞しているのか。時間は無いぞ」
「ボクシ、お前は時は来るのを待てと言った。今はその時なのか」
「......まだだ。カンゲンの権力は絶頂に達している。だが、本当に時間は無い。いずれここの場所も割れる。外に居る仲間だって、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない」
ジンキは逃亡中で、シュクユウたちも朱家尖に潜伏している。リンシもリュウロウシ一派と見られ、広陵で商売することが出来なくなっているという。このままではいけないという思いはある。だが、俺もボクシもどうしてよいのか分からなかった。
◆
リュウロウシが自刃してから一か月程が経った。カンゲンの圧政のもと、今や楚の国の民の不満は、全土に渦巻いている。カンゲンはそんな国内の不満の矛先を外に向けようと、夏に戦争を仕掛けた。狙いは長安である。楚も北部を諦めていないという姿勢を示した。
中華全土を支配していた晋は、王族同士の抗争と遊牧民の介入により、揚子江の南に追いやられ東晋という亡命政権になった。北部奪還は、一応は東晋の国是であり、それは楚になっても変わらない。
長安攻撃の総大将は荊州刺史のレイセキに白羽の矢が立った。楚の各地から軍が襄陽に集結を始めた。その規模は二十万と、楚の総力を挙げてのものであった。
そんな時に、ギエイはある者たちを連れてきた。
「リュウユウ殿ですな。折り入ってお話があります」
一人は初老の男であった。衣冠を正しく着け礼儀正しかった。みるからに高官という雰囲気を出している。もう一人は中年の武将という類の男であった。これも丁寧な態度であるが、鍛えられた筋肉が盛り上がり衣服がキツそうであった。
「わたしはジョセンシと言います。こちらはトウリョウ将軍です」
俺は二人とも知らなかったが、ボクシが助け船を出してくれた。
「南燕の幼王処刑の時にカンゲンを諌めて追放された方たちですね」
「そうです......カンゲンには人として情が無い。あるのは自分の欲望だけです」
俺はじっと二人を見た。ギエイが連れてきたということは、会って大丈夫なのだろうと思ったが、何故来たのか意図が分からず、続きの言葉を待った。
「......ところでリュウユウ殿は、アンテイ様をどう思いますか」
トウリョウが切り出してきた。ジョセンシと違って、早く本題に入りたくて仕方ないという感じであった。
「どうと言いますと......」
「皇帝の地位を追われたアンテイ様は、現在、会稽郊外の寒村に幽閉されています。カンゲンの監視のもと、外に出ることも出来ず、不自由な暮らしを余儀なくされております」
「わたしたちはとても心を痛めているのです。カンゲンを許すことは出来ない......」
俺はそれは可哀そうだと言いかけたが、ボクシが止めた。
「楚の国内でそのような発言は許されないですぞ。あなたたちはユウを陥れるつもりか!」
ボクシの権幕に二人は驚いた。俺も口をぽっかり開けてボクシの顔を見た。
(ここはそんな顔をしないで、険しい顔をしてください)
背後からエンが近寄り、俺に耳打ちした。俺はわけが分からず、取り合えず眉間にしわを寄せた。
「なんのつもりで来たか知らないが、逆賊の言葉に惑わされる我らではないぞ!」
「なんと!我らが逆賊だと!リュウユウ殿も同じお考えか!?」
俺は取り合えず黙って頷いた。
「くっ!ならば我らの首を跳ねてカンゲンに差し出せばよかろう!お前を見込んで来た我らが愚かであった!」
「オウヒツ殿の勧めで来たが、間違いであった!さあ!殺せ!覚悟は出来ている!」
俺は何が起きているのか分からなかったが、ボクシが目で訴えていた。ようやく理解した。ボクシはこの二人を試しているのだ。
「いやいやいや、これは大変失礼しました。あなたたちの忠義が本物か試したのです」
「なんだと!」
「どうかお怒りになりませんように。俺が悪かったです」
「ここはカンゲンに知られるわけにはいかない場所です。我らとしても慎重に対応しなければいけません。どうかご理解ください」
ボクシが補足した。
「......そうでしたか。ボクシ殿の言うこともごもっともです。だが、我らの忠義は本物だと分かって頂きたい」
「理解しました。ところでオウヒツ様の勧めとおっしゃいましたが?」
「はい。オウヒツ殿も我らの同志です」
「なるほど......ユウにアンテイ様を擁立して決起せよと仰せなのですね」
「......さすが、リュウユウ殿を支える知恵者だ。我らの意図を理解しておいでだ」
「すぐには返答できません。しばらく、ここに逗留されるのがよい」
前皇帝を擁立して決起する。俺の腹は決まった。




