71話 二人の運命
リュウロウシがカンゲンに対して反旗を翻した。その知らせを聞いても、俺の心は何も揺るがなかった。今更なんだと思った。
「初めからカンゲンなどに降らず、立ち上がればよかったのだ」
「ユウ。リュウロウシはお前の事を探しているようだぞ」
「知るか。放っておけ」
「ああ。そのつもりだ。リュウロウシに勝ち目はない」
俺とボクシの会話を聞きながら、ケイシャンは憮然として腕を組んでいた。何か思うところはあるのであろう。だが、何も言わず遠くを見つめるだけであった。
思った通り、リュウロウシの呼びかけに応じた者は少なかった。息子のケイシャンですら応じなかった。俺が将軍になり、益州から帰還した時に立ち上がればよかったのだ。あの時ならば荊州にいるレイセキも支援してくれたかもしれない。少なくてもカンゲンの味方をすることは無いはずだ。
ギエイたちが活発に情報を集めていた。レイセキは静観を決め込んでいるという。結局、リュウロウシの元には数千の兵しか集まらなかった。カンゲンに降り失望した者も多い。これだけカンゲンに対する不満が渦巻く状況でも、リュウロウシは旗頭となるには既に人望が無かった。
「......まずい事態になったぞ。シュクユウとジンキの軍が巻きこまれている」
シュクユウとジンキはそれぞれ軍を率いて流浪していた。それがリンシの商隊の補給を受けている時に、リュウロウシ討伐に向かうシュカの軍と遭遇し、交戦になったという。
ジンキの率いている兵は、もともとはカンゲンの一族であるカンキの兵だ。ジンキはカンキを毛嫌いしていたが、兵たちはそうとは限らない。シュカの軍の攻撃を受け、あっさり武器を捨て降伏した。ジンキは一人逃げ出し、どこにいるか分からないという。
シュクユウには軍師としてコハンが付いているのだ。俺は何も出来ない。コハンに託すしかなかった。
◆
「なぜ、ここで補給を受けることがバレたのでしょう......」
「ジンキの兵に内通者がいたのでしょう。一緒の場所で補給を受けるべきではなかったわ」
シュクユウの軍は南蛮兵で構成されており、彼女に忠誠を誓っている。内通者など出るわけがない。ジンキの方は流れで従っている者もいるだろう。
「それにリンシの商隊が目を付けられている可能性もあるわ」
リンシはカンゲンとの関係が深いわけではない。なのに商売は上手く行って儲かっている。カンゲンに近い商人たちの妬みも買っているに違いなかった。
「コハンさん。指揮をお任せしますわ」
シュクユウはユウが将軍を剥奪された時に、怒って建康に乗り込もうとした。それをコハンは止めた。シュクユウの軍はユウに取って貴重である。簡単に失うわけにいかなかった。
「分かっているわ。とにかくここを切り抜けることね」
九江。
建康と襄陽の中間にある街だ。シュカの軍は五千であり、リュウロウシ討伐に向けて荊州から移動中であった。ギエイからの知らせが届くより早く、敵の軍が現れた。ギエイたちだけで連絡を取り合うのは範囲が広すぎた。
「あいつらは北府の残党だ。ひっ捕らえよ」
指揮官はシュクユウの軍を見るなり、攻撃を仕掛けてきた。シュクユウの軍は二千、ジンキの軍は一千である。ジンキの方は早々に兵が勝手に降伏してしまい、ジンキは逃げ出してしまっている。
兵数は劣勢でも、シュクユウの軍は精強だ。シュクユウ自ら突撃し、何人かの将校の首を跳ねると、シュカの軍は後退を始めた。
「深追いしないで。この隙に逃げるのよ」
コハンは引き鐘を鳴らし後退させた。一撃を加えるだけで十分だ。九江にはリンシの船が停泊している。シュクユウの軍はそれに乗り込むと、揚子江を東へ下った。
「コハンさん。どこへ向かうの」
「朱家尖に向かうわ。本土には上陸するのは危険よ。あの島にあった海賊の根城を使いましょう」
ユウが討伐した海賊が使っていた洞窟だ。あそこであればユウのいる京口にも近い。揚子江は素通りできた。楚の水軍は整っていない。東晋の水軍の将であったカイギョクとチンアクはカンゲンに睨まれ、楚になった時に逐電していた。それ以降、楚の水軍は放置されて指揮する者がいない。
朱家尖に上陸した。浜には大きな戦艦が一艘停泊している。
「ここに水軍がいるのか......」
コハンは警戒した。戦艦との戦いになると商船では太刀打ち出来ない。だが、戦艦は動く気配が無く、近づくと誰も乗っていないことが分かった。
上陸した。シュクユウは先頭にたち隊列を組んだ。警戒は解かない。ここには正規の水軍が数百はいるはずだ。コハンは五百を浜に残し商船の警備をさせた。慎重に島の中へと進んだ。
「これはこれは、別嬪さんがやってきたぞ」
洞窟から二人の男が出てきた。数十人の兵を従えている。
「わたしはシュクユウだ。お前たちは何者だ」
「おお、あんたがシュクユウか。名前は知っているぞ。俺はカイギョクで、こっちはチンアクだ」
「ユウに協力した水軍の将か。なぜここにいる」
コハンが前に出て二人に問うと、カイギョクとチンアクは目を輝かせた。視線が完全にコハンの胸に釘付けであった。
「......問いに答えてくれるかしら」
コハンが腕で胸を隠し睨みつける。
「これは失礼した。俺たちはカンゲンに睨まれている。とても広陵にいることが出来ないので逐電して、ここに潜んでいる。どうだ、俺たちと一緒にここに居ないか」
シュクユウとコハンは顔を見合わせた。シュクユウは嫌そうな顔をしていた。
「......先客がいたようね。ふふふ。でも仕方ないわ。ここはわたしに任せなさい」
シュクユウはコハンが不敵な笑みを浮かべているのを見てゾッとした。
「......コハンさん。任せました。でもやりすぎないでくださいね」
カイギョクとチンアクはコハンの返事を聞いて大興奮であった。
その夜、二人の奇声が洞窟に響いた。鞭で体を打つ音も聞こえてくる。どうやら二人はコハンの下僕になったようであった。




