65話 海賊になった原因
港町である会稽の朝は早い。だが、市場は活気がなく漁師たちもぼんやりしていた。酒場は久々の上客で喜んでいたようだ。カンゲンの政治の影響が地方の町にも出ている。
「どうやら海賊のアジトは朱家尖というところらしい」
「あんな大きな島がアジトだと言うのか!?」
カイギョクもチンアクも俺の言うことに半信半疑であった。
「てっきり北の方の島が入り組んだあたりだと思っていた。朱家尖となるとかなり近い。なんでこれまで分からなかったのだ」
「それほどカンゲンの統治が悪いということだろう」
カイギョクもチンアクもそれで納得したようであった。カンゲンの事がよほど嫌いなのだ。
「ところで、あいつらはアジトを教えるかわりにみんな助けてくれと言った」
「兄ちゃん。そこまで聞き出したのか。勘で言葉は分かるのか」
「ほら、言葉なんて身振り手振りでなんとかなるだろ」
「......すげえな。天才か」
俺はこの二人に褒められても嬉しくなかった。俺も自分を天才かと思ったのだ。発想のレベルが近すぎて残念に思った。
「朱家尖となると上陸戦になるぞ。大丈夫か」
「陸の上なら望む所だ。俺たちが先陣を切る」
◆
朱家尖に向けて出航した。途中、海賊たちは居なかった。昨日あれだけ叩いたのだ。朱家尖に立て籠もっているに違いない。
浜に柵を立て弓を構えている海賊たちが見えた。数は千人ほど。思ったより少なかった。
「どうやら昨日のうちに逃げたやつが多いようだな」
俺たちは小舟に乗り移り上陸を開始した。俺の船は先頭に立つ。盾で矢を受け、一気に上陸した。俺は全身に力をこめ駆け出した。矢が俺に集中する。だが、魔法で強化された肉体は矢を受け付けない。
「こうして暴れるのも久しぶりだな。ドウサイ!ショカツ!いくぞ!」
海賊たちは俺に矢が効かないのを見て驚愕し慌てていた。ドウサイとショカツが柵を引き倒し、それにみんな続いた。逃げていく海賊たちを討ちまくった。浜を制圧するのに時間はかからなかった。海賊を追って内陸に進んでいくと大きな洞窟があった。ここがアジトらしい。
洞窟の前には2千程の男たちが陣形を組んでいた。海賊たちの装備は軽装で武器も銛や弓矢だ。俺たちの装備とははるかに粗末であった。
首領と思われる男が出てきた。
「お前たちは全て奪っていく!俺たちの国も何もかもだ!屈するわけにはいかない!」
「やめておけ。降伏するなら命までは奪わない」
「黙れ!どうせ皆殺しにする気だろ!信じられるか!」
俺は駆けだし、首領を棍棒でぶん殴った。頭が吹っ飛び、体だけがドサリと倒れた。海賊たちは、あまりに一瞬の出来事に呆然と口を開けて止まっていた。
「降伏しろ。本当に命は奪わない」
やがて、海賊たちは武器を捨て平伏しだした。俺は兵たちに捕縛させ船へ送らせた。逃げたものもいて、完全に海賊を討伐したわけではない。だが、アジトを制圧したからしばらくは海賊は出ないはずだと思った。今回の任務はこれで終わりだ。俺は最初は無理難題を吹っ掛けられたと思っていたが、支援してくれる仲間がいることに改めて感謝した。
だが、そんな思いは洞窟に入った時に吹き飛んだ。
「......これは」
洞窟の中には様々な交易品があった。金銀や宝石、昆布やフカヒレなどの海産物があった。リンシの商船から奪ったものであろう。だが、目を引いたのはそれだけではない。
奥の方に女性たちが縛られていた。
「あいつら、どうするつもりだったのだ。まさか売り飛ばす気だったのか」
「兄ちゃん。何を驚いている。珍しいことではないだろ」
カイギョクとチンアクは縛られていた女性の縄を切った。すると、女性たちは二人に抱きつき泣き出した。
「おうおう。よほど怖い思いをしたのだろう。もう大丈夫だぞ」
巨乳の美女に抱きつかれ満足そうにしている二人を尻目に洞窟を出た。
「全て奪ったと叫んだくせに、自分たちもやっている事は同じではないか」
俺は首のない首領の骸を見下ろし、やるせない気持ちになっていた。
◆
広陵に帰還した。奪い返したものをリンシに渡すと喜んでいた。捕らえた海賊たちは水軍に組み込まれた。命は奪わないという約束だ。水軍に入るのを望まないものには路銀を渡し解放した。
「さすがユウね。頼りになるわ」
「リンちゃんがオウヒツに口添えしてくれたお陰だよ」
「いいえ。あなたの人徳なのよ。誇りにしなさい」
俺は人徳とかよく分からなかったが褒められて素直に照れた。カイギョクとチンアクが美女たちに囲まれてやってくる。リンシは俺の陰に隠れたが、二人はリンシに目もくれなかった。どうやら、リンシより胸が大きい女性たちにチヤホヤされ、興味が完全に移っていた。俺もコハンを紹介しなくてよいなと思いホッとした。
「......あいつら粗野だし、下品だし、助平だし嫌いなの」
「リンちゃんでも苦手な男なんているんだな」
「いるわよ。わたしはユウやチョウセキみたいに優しい男が好きなの。それよりアイとの関係は進んでいるの?」
「今はそれどころじゃないよ」
「いつまでもそんなこと言っていると、逃げていくわよ。早くしなさい」
俺は「いつまでも待っていられないわ」と言ったアイの言葉を思い出した。いつまでも待たせるわけにはいかない。そろそろ決めるべきかと思った。
建康に戻り報告することにした。気が重かった。カンゲンのせいで賊徒が横行している。あの海賊だって、そもそもは東晋の乱れが遠因になっている。
「兄ちゃん。また組もうぜ。楽しかったぞ」
カイギョクとチンアクに礼を言い、広陵を出た。だが俺は建康に戻ることが出来なかった。
カンゲンがついに王になったのだ。




