64話 倭の海賊
海賊の船はこちらの戦艦より二回りは小さい。だが、その数は百艘はいた。一艘には五十人程度が乗っているらしい。小さい分、小回りが利くようであった。
「敵に回り込ませるな!隙間に入らせるな!密集!」
チンアクが合図を送ると船が近寄ってきて、海の上にも関わらず、まるで方陣のような陣形が完成した。
俺たちが乗るカイギョクの旗艦はその方陣の中にいて、全体を指揮している。
「近づいてくるぞ!矢を放て!」
前衛の船から弩が一斉に放たれた。海賊たちは大量の矢を浴び、算を乱し始める。
「所詮は賊徒だ!一気に沈めろ」
チンアクの船が、海賊の船に体当たりした。船首の巨槍が突き刺さり、大きな穴を開ける。海賊の船が沈んでいき、乗っていた海賊たちは海に投げ出されていった。浮かんでくる海賊を容赦なく矢で射かけ、銛で突き殺していった。海面がみるみる血で染まっていく。
「ふん。大したことの無い奴らだ。さっさと俺たちを討伐に出していれば海賊などすぐに鎮圧できたのだ」
カイギョクは憮然とした表情で言い放った。
だが、海賊の船が半分ほど沈んだ時、異変が起きた。前衛の戦艦が沈んでいく。
「何!?浸水しているのか」
海に投げ出された海賊は、潜水し船底に穴を開けたようだ。水中で、しかも潮流がある中で行うのは至難の技だ。
「よほどの手練れがいるようだな。兄ちゃんは泳げるか」
「分からん。昔は泳げたような気がする」
カイギョクの問いかけに俺が答えると、「じゃあ大丈夫だ」と言われ海に突き落とされた。みんな驚いた顔をして海面を見た。俺は海面から顔を突き出し叫んだ。
「おい!何するんだよ!」
「潜ってあいつらを仕留めて来てくれ」
何という無茶ぶりだ。俺の記憶では泳いだのは小学生が最後だ。それから何年も経っている。カイギョクの兵たちが海に飛び込んでくる。どうやら俺一人で行くわけではないようだ。
潮の流れが思ったより強い。俺は思った方角に進めなかった。カイギョクの兵たちは悠々と泳いでいる。戦艦に搭載されている小舟が出てきた。カイギョクが乗っている。
(いや、小舟があるなら何で俺は突き落とされたんだよ)
小舟は何艘も出され、カンシュクたち弓兵も乗っていた。俺は小舟に引き上げられた。何の準備もなく突き落とされたから、軍袍がびしょ濡れになった。潜水している兵たちはもっと泳ぎやすい格好をしている。
「おい!カイギョク!酷いじゃないか!」
「ははは!気にするな。兄ちゃんが海に飛び込んだら士気が上がるだろ?」
「そのまま、海に沈んだらどうするつもりだったのよ。士気だだ下がりだぞ」
「ははははは!いくぞー!」
海賊は潜水の達人といっても、永遠に潜っていられるわけではない。息継ぎで海面に顔を出したところを確実に仕留めていった。
カンシュクの魔道具弓から水龍の矢が放たれる。それは水中にいる海賊を射貫いた。
「ひょー!すげえ威力だな」
カイギョクは間抜けな歓声を上げ手を叩いて騒いでいた。なんというかハイテンションなヤンキーだ。俺も元々チンピラだが、ここまでではない。
海賊たちの船が後退していく。半分ほどは沈めていた。
「逃げ足だけは速い連中だな。俺たちの勝利だ!」
海上で勝鬨が轟いた。俺はただ海戦を観戦して海を泳いだだけみたいなものであった。
◆
会稽に寄港した。酒場を借り上げ、勝利の宴になった。こいつらは本当に酒が好きだ。兵たちも大喜びしている。
海賊の何人かが捕らえられた。尋問して本拠地を吐かせる為だ。酒場の裏庭に縛り付けていた。
「おい。お前らのアジトはどこだ。言え」
「......」
チンアクは海賊の男のみぞおちを蹴り上げた。悶絶し泡を吹いている。
「兄弟。やりすぎるなよ。死んだら元も子もない」
カイギョクはそう言いながら、別の男の顔面を思い切り殴りつけた。鼻血が噴き出し、何本か歯が飛んで行った。俺はやっぱりこいつらヤンキーだと思った。スロット三昧のチンピラと違う人種だ。
「兄ちゃん。あんたもやれよ」
カイギョクは俺に釘が何本も刺さった角材を渡した。
「こんなもので殴ったら死ぬぞ」
「いいよ。どうせこいつらが喋ったところで言葉は分からん」
「いやいや何の為の尋問だよ」
俺はとりあえず威嚇しようと、強化魔法を右手に集中し、釘バットみたいな角材を振り上げた。腕は膨張し血管がピキピキと浮かび上がる。海賊の男の顔が恐怖で歪んだ。
振り落とした。男の後ろの岩が粉々になった。
「兄ちゃん、すげえな。とんでもねえ怪力だ。当たったら死んでしまうぞ」
殺すなと言ったり、殺しても構わないと言ったり面倒くさいなと思いつつ、もう一度振りかぶった。とたんに男は早口で何か喋った。全身ぶるぶると震えて、言葉になってなかったが、俺にははっきりと「助けてくれ」と聞こえた。
「だから、お前たち倭人の言葉は分からねえって」
「助けてと言っているぞ」
「はあ!?なんで兄ちゃんは、こいつらの言葉分かるんだよ!?」
「......勘だ」
(倭だと......そこは日本じゃないのか。どおりで俺が分かるわけだ)
転生してから気にも留めていなかったが、俺は自然と中国語を話していたらしい。そして、みんなは倭、日本語は分からず、俺だけが分かる。前にもボクシが読めない字が俺には読めた。もしかして二か国語分かる俺って天才じゃないかなと思った。
「.......とりあえず、こいつらは俺に任せてくれ」
「おう。勘でもいいから何か探り出してくれ」
そういうと、カイギョクもチンアクも俺に任せて酒を飲みに行った。どうやら飲みたくてうずうずしていたようだ。すぐに騒ぎ声が聞こえてきた。
男たちはまだ恐怖に震えていた。先ほど、岩を粉々にしたばかりである。無理もない。
「俺はお前たちを殺さない。ただし、アジトのありかを教えてくれたらな」
男たちは驚いていた。俺の日本語は男たちが話すものとは違う。方言なのか、昔の言葉なのか分からないが、それでも通じたようであった。
「何故、俺たちの言葉を話せる......」
「勘だ」
「......そんな勘があるか。さてはお前、あの女どもの仲間だな」
「女ども?」
「ああ。ビャクレンとソンオン。あの女たちが来たせいで、俺たちの邪馬台国は滅ぼされ、国を追い出されたのだ」
俺はここで二人の名が出てきたことに驚いた。それに邪馬台国は、歴史音痴の俺でも名前くらいは知っている。
「卑弥呼か」
「......それは昔いた女王だ。卑弥呼様の名は大陸まで届いていたのか。さすが卑弥呼様だ」
たまたま当てずっぽうで卑弥呼と言っただけだが、合っていたらしい。
「で、アジトのありかを話してくれるのかな」
「誰があの侵略者どもの仲間に話すものか」
「仲間ではない。俺があいつらをこの国から叩きだしたのだ。お前らに迷惑をかけたようだな。すまん」
半ば本当で半ば嘘だ。それでも男たちは俺の言うことを信じたようだ。
「......俺たちは国を追われ海賊をするしかなかった。アジトを教える代わりに、俺たちを助けてくれ」
「分かった。カイギョクとチンアクに伝える」
どうやらビャクレンとソンオンは倭の国でぶいぶい言わせているようで、俺は可笑しかった。あいつらが日本の歴史を作っていくのかと考えると感慨深かった。俺も負けられないと思った。




