62話 涙
宮殿の門を潜った。そこにはリュウロウシが居た。俺が何か言うより早くケイシャンが殴りかかった。
「この裏切り者!親父はいつもそうだ!」
「......」
「親父のせいでお袋が死んだことを忘れたのか!?」
「それは過去の事だ......」
「黙れ!」
ケイシャンは剣を抜こうとした。俺とボクシは必死に止めた。ここでリュウロウシを斬ってしまっては、ケイシャンは死罪になりかねない。
ケイシャンの顔は怒りで歪んでいた。リュウロウシは一度も目を合わせることが無かった。
謁見の間に通された。皇帝アンテイが入ってくる。相変わらず目の焦点があってなく、口も半開きで涎を出している。これが東晋の皇帝なのだと思うと俺の気持ちは沈んだ。シャアンはそれでも支えようとした。リュウロウシは表向きは皇帝を護る為だと言っている。だが、本心はそうでは無いのが透けて見える。
「リュウユウ。何故呼ばれたのか分かるか」
「......益州平定の報告が遅れました。申し訳ありません」
「何を言っている。益州平定は既にレイセキから報告を受けている。お前を呼んだのは別の理由だ」
「......」
「カンキから苦情が来ている。勝手に褒中の倉庫を強奪したそうだな。それに誰の裁可も受けず南蛮の将を許した。貴様、何様のつもりだ」
俺はカンゲンの言っている意味が分からなかった。何故、それを責められるのか。将軍として最善の行動をしたつもりであった。俺が黙っているとカンゲンは続けた。
「そもそも、お前が早く益州に入っていればシバチョウは敗れることはなかった。お前の行軍の遅れが原因である」
「それは、漢中に夏が侵攻してきた為です」
「漢中はカンキで十分に守れた。お前は当初の任務通りに、益州に向かうべきであったのだ」
とてもそのような状況では無かった。南鄭はもぬけの殻であったし、カンキが戻ってくるまで俺が止めていなければ漢中は夏のものになっていたはずだ。
「どうやらお前は将軍になるのは早かったようだ。五千人将を飛ばして抜擢されたのも間違いであったのだ。お前を千人将に降格する」
「ば....馬鹿な!俺は夏を撃退したのだぞ!それに益州を平定した!」
「言った通りだ。お前はシバチョウとカンキの足を引っ張り、我が国に損害を与えた。本来なら平民に落とすところだが、リュウロウシの顔に免じて千人将降格で済ませてやっているのだ。ありがたく思え」
「な...なんだと!そもそもお前の政治が悪いから益州は反乱を起こしたのではないか!それに今も建康の外は賊徒で溢れているではないか!」
俺は言ってしまった。カンゲンの顔色がみるみる変わっていった。
「陛下の御前でなんたる暴言を吐くのだ!陛下を批判するつもりか!」
「陛下では無い!お前の政治が悪いと言っているのだ!」
「やはり貴様は平民に落とす!許さん!」
ボクシは俺に謝れと耳打ちした。だが俺は謝るつもりはなかった。何も間違ったことは言っていない。するとリュウロウシが口を開いた。
「カンゲン殿...今は少しでも指揮官が必要な時です。千人将に留め、各地の賊徒討伐に向かわせましょう」
「賊徒と手を組んで反乱を起こしたらどうする!」
「リュウユウは正直者で、まだ若い。つい口が滑ったのでしょう。それに賊徒に堕ちるような人間ではありません」
リュウロウシは真っすぐカンゲンを見た。その目を見てカンゲンは少し怯んだようであった。戦場に立つ将軍の目だ。俺はその目が出来るなら、なぜカンゲンの下についたのだと思った。
「...分かった。リュウユウ、貴様の将軍の任を解く。千人将として賊徒の鎮圧にあたれ」
俺は腹が立って仕方なかった。だが、ボクシが俺の袖を引っ張った。これ以上、何かを言うと危険だと目で訴えていた。
そして俺の率いていた1万6千は解体された。実質的に北府の軍の解体を意味していた。リュウロウシがその軍を受け持つことは無かった。殿中将軍という地位を授けられていた。皇帝を護る近衛兵の将軍だ。つまり名誉職に追いやられたのだ。
「馬鹿な親父だ...カンゲンに簡単に嵌められてしまった」
ケイシャンは吐き捨てるように言った。
俺は北府に戻る事も出来なかった。建康に留め置かれた。
「ボクシ...俺は間違っていたのかな」
「お前は何も間違っていない......だが、これも経験だと思うしかない」
千人将からのやり直し。かといってカンゲンは兵を用意しているわけではない。俺は項垂れていた。
「ボクシ......俺にはお前しかいないのか......また最初からやり直しだな」
「そんな事は無いさ」
建康の酒場で飲んだ。酔わなかった。体質なのか、強化魔法のせいなのか酔うことは無い。
「ユウ。しけた顔してんな」
後ろから声を掛けられた。振り返るとドウサイが居た。それだけではない。ドウキも、ショカツも、シャカイも居た。
そしてアイも。
俺は涙が溢れてきた。いつまでも泣いていた。




