59話 帰還の途へ
益州を平定した。捕らえた長老たちはレイセキと相談し、広場に連行して公開処刑することにした。彼からは最後まで漢人への恨みつらみを言い立てているのに命乞いしていた。
「身勝手な連中だ......」
俺はこういう奴らが嫌いだった。人の命をもてあそんだくせに、いざ自分が死の淵に立つと必死に命乞いする。レイセキも同様の気持ちだったようで、躊躇いなく斬首を命じた。
転がった首は、涙と鼻水で濡れ無様なものであった。それはそのまま放置され、カラスや野良犬の餌となっていった。
俺はシュクユウにこれからどうするのか尋ねた。
「我らの自治は認められるのか」
「...どう思う。ボクシ」
「認められないだろう。決めるのはカンゲンだ...」
「なぜ我らが反乱に加担し、立ち上がったのか分からないのか」
「俺たちは理解している。だが、カンゲンは理解しないだろう...」
「ならばお前がカンゲンを倒せ」
「...約束は出来ない。俺はまだ弱い」
「ユウ。その話はそこまでにしろ。ジンキが見ている」
部屋の端にジンキが立っていた。こちらを見ている。
「俺の事は気にするな。告げ口などする気はない」
「一度、南蛮に戻ることだ。益州はまだ落ち着いていない。まだ南蛮をどうこうする余裕はないはずだ」
ボクシはそう言ったがシュクユウは首を振った。
「南蛮に戻ることはない......」
「では、どうするのだ」
「お前の子を産む。強い子孫を残すのはシュクユウの名を継ぐ者の定めだ。私より強い男の子を産む」
シュクユウの宣言に、みんな目を丸くした。俺も飲んでいた茶を噴き出してしまった。
「ば...馬鹿なことを言うな!俺にはアイがいる!」
またもや、みんな目を丸くした。コハンは殊更大げさに驚いてみせた。アイは顔を真っ赤にしている。
「関係ないだろう。アイとやらが正室でもよい。私はお前の子を産み、南蛮の戦士とするだけだ。それにお前は私の胸を揉んだ。責任は取ってもらう」
「な...いや...それは...事故だと言っただろ!」
俺は必死に弁解した。アイの方を向けなかった。無言の圧力を感じる。アイの居るところだけ温度が上がったように感じた。気づくとボクシもみんな部屋から居なくなっていた。
「と...とにかく北府に帰還しよう。話はそれからだ...」
◆
カンゲンは早速、カンキに命じて息の掛かった官僚を送り込んできた。益州刺史の地位は空白であった。俺には北府への帰還命令が届いた。やっと帰ることが出来る。兵たちは安堵して喜んでいた。レイセキも荊州へ帰還する。俺はレイセキと襄陽まで行軍を共にした。
夏と魏、後秦の戦いが始まりそうな雰囲気であった。魏は邯鄲に遷都し、皇帝を名乗っていた。いよいよ中華統一に乗り出す意思を鮮明にしたのだ。荊州の重要度は跳ね上がった。
結局、シュクユウは俺についてきた。恋人のようにベタベタくっ付いてくるわけでは無かったのは助かった。シュクユウに従う南蛮の兵は同じ部族の1千程であった。
ジンキもカンキの所に戻るつもりは無いようであった。カンキに嫌われており、戻ることは出来ないと言った。それに俺について行った方が楽しそうだとも言った。
合わせて2千の増強がされたことは大きかった。北府を1万で出発したが、帰途は1万3千になっていた。残念ながら戦死し帰還できなかったものも多い。俺は白帝城に着いた時に戦死者の慰霊碑を作って弔った。
「珍しいことをされる。どうしてそこまでされるのですか」
「故郷に帰れず散った者も多いのです。それに漢中も成都も激戦で、多くの者が死んだ。せめてもの手向けです」
俺が手を合わせると、レイセキも真似て手を合わせた。
「お前、いつから仏教徒になったんだ」
「ん?よく分からんけど、こうするものだろ」
漢中でも益州でも寺はよく見た。だからこれは普通の事だと思ったが、そうではないらしい。そういえば東の方は太平道や五斗米道の信徒が多く、仏教の寺は無かったと思った。
白帝城で一泊した。廟にお参りしお供え物をした。リュウビの霊は現れなかった。きっと空から見守ってくれているのだろうと思った。
襄陽まで行くつもりであったが、リンシとチョウセキの船団が来ていた。京口まで船で運んでくれるという。チョウセキに初めて会ったときは15艘の船団であったが、今や五百人は乗れる大型船を30艘も率いる大船団になっていた。
「あら、今度は異国の美女をお仲間にしたのですか」
リンシはシュクユウを見てクスクス笑っていた。
「お前さんは本当にモテモテだな」
チョウセキも揶揄った。そしてリンシとコハンは何故かバチバチしている。
「リンシさん。銅鑼は役に立ちましたよ」
「そう。それは嬉しいわ。馬はひっくり返らなかった?」
「ふふふ。はじめに言って欲しかったですわ」
「お尻でも打ったのかしら。それはお気の毒」
俺は咳払いして、リンシに小包を渡した。
「あら?これは香辛料ですか」
「益州に行ったら珍しいものを持ってくると言っただろう」
「覚えていてくれて嬉しいわ」
そう言うとリンシは俺に抱きつき頬に接吻した。俺は慌てて下がったが遅かった。アイの目が吊り上がった。コハンも冷たい目で見ている。チョウセキはやれやれと言う顔でしている。そしてシュクユウは興味深く見ていた。
「そうか。漢人はそのようにするのが礼儀なのだな」
みんなが一斉に違うと言った。
レイセキと別れた。俺はコハンをお返ししましょうかと聞いたが、やんわり断られた。
船に乗り込む。モウチョウは馬が調子を崩すと言い、船に乗らなかった。騎馬隊3千を連れて陸路で帰ると言った。南蛮の軽騎兵もそれに従った。
船に乗るのは1万人以上いる。それでも船内は余裕があり、益州の産物を積み込んでいった。出航する。河の流れに乗り、船足は早かった。海と違って揺れも少ない。俺は北府に凱旋するのが待ち遠しかった。




