56話 操り人形
陣内は沈んでいた。人質を取られ無理やり戦わされた挙句に自爆する。兵たちの脳裏には、敵の悲痛と恐怖が混じった顔が焼き付いていた。時折、それを思い出してか突然叫び声をあげる者もいた。
アイは怯えて震えている兵を押さえつけた。離すと何処かに行ってしまいそうだ。アイは兵の頭に治癒魔法を流し込むと、兵は力が抜け眠りについた。怪我ならば傷口は塞がる。だが、このような精神的な錯乱は眠らせることは出来ても、完全に心から取り除くのは不可能である。
「こんな酷い戦いになるなんて......」
アイたち後方支援隊は夜を徹して治療にあたった。腕や足を吹き飛ばされ、動けない者も多い。内臓まで吹き飛んだ者は手遅れであった。せめて痛みを感じず安らかに眠りに付くようにするのが精一杯であった。
コハンはアイの献身的な動きを見ていた。どれだけの兵が復帰できるか確認しにきたのだが、アイの姿を見て、そっと離れた。どこか場違いなところに来たと感じた。
夜、俺の軍営にはボクシとコハン、シャカイ、ドウサイが集まって明日以降の作戦を話し合った。
「今日みたいなの続くと、兵たちは持ちませんわ」
コハンが言うことにボクシも頷いた。数の上では敵の方が早く壊滅するはずだ。だが、そのような消耗戦はこちらの損害も大きく、何よりも兵の心が壊れてしまう。
「塹壕を作り防壁を作るか」
ドウサイが言った。土魔法で地面を掘り起こすと言うが、今からやるには時間が無さすぎるし、途方もない作業である。即座に却下された。
シャカイが言う。
「奥に居る南蛮兵を引きずり出し乱戦にするしかないだろう......」
「そうすれば漢人の兵も自爆できないということか」
「そうだ。だが、どうやって南蛮兵を引きずりだすかだ」
ボクシが腕を組みながら口を開いた。珍しく考えがまとまっていないかのような、探り探りの言い方であった。
「引きずり出すのでは無く、こちらから撃って出て、南蛮兵に直接突っ込むしかない」
「危険だわ」
ボクシは俺を見た。
「やれるか」
「やるしかないのだろう。その為に練兵もしてきた」
「っ!総大将を突っ込ませると言うのですか!?」
「総大将はレイセキ殿だ。この戦では俺は右翼の指揮官に過ぎない」
「......分かりました。でも決して止まってはいけませんわ」
俺は頷いた。モウチョウを呼び、明日の作戦を伝えた。騎馬隊の練兵は進んでいたが、このところの山が多い地形ではそれを試す機会がなかった。モウチョウは怯むどころか、望むところだと言った。
コハンは軍議が終わると軍営を出た。俺は、コハンがまさか軍営に残って、昼間に言ったことを実行するかと思っていただけにホッとした。
◆
翌朝。俺は3千の騎馬隊で出撃した。モウチョウが俺の横を走る。
レイセキの軍は中央も左翼も昨日より後退していた。距離を取り、出来る限り遠距離で対処しようと考えているのであろう。その分、戦場が広くなっていた。
「......向こうから動いてきたのか」
シュクユウは右翼から騎馬隊が出て来るのを不思議そうに見ていた。正面から矢が来る。カンシュクの弓隊の矢は、シャカイの風を得て遠くまで飛んだ。距離がある分だけ威力は小さい。だが、漢人の兵たちは想定外の矢の攻撃に慌てていた。
漢人の軍と、南蛮の軍に隙間が出来ている。俺は回り込み、そこを目掛けて駆けた。漢人の軍は矢を受けた分、横への反応が遅かった。
「死にに来たか。漢人は当てにせぬでよい。我らの軍だけで殲滅せよ」
南蛮軍から軽騎兵が出てきた。1千だ。
「小手調べのつもりか。舐めるなよ」
俺は棍棒を振り下ろし軽騎兵の隊長の頭を吹き飛ばした。一瞬で、軽騎兵が消し飛んだ。
「なかなかやりおる。敵は3千だ。囲め」
南蛮の軍が広がった。包囲しようという構えだ。
「分厚くされたら厄介だったが、そう動くなら薄いところを突き破るだけだ」
俺は広がった南蛮の軍の真ん中よりやや左の部隊を狙った。南蛮とは諸民族の連合である。それぞれが部隊を率いており、陣の展開はどこか連携がぎこちなかった。
棍棒を前に突き出す。モウチョウも槍を前に出した。騎馬隊は錐型になる。
衝突した。南蛮の兵たちが衝撃で宙に舞った。
「止まるな!駆け抜ける!」
俺は左右に棍棒を振り回した。棍棒の先に当たった南蛮の兵は弾かれる。馬に轢かれる者もいた。モウチョウも槍を繰り出し、突きまくった。敵が倒れても止めを刺そうと足を止めるものはいない。駆け抜ける。ただそれだけであった。
南蛮の軍を突破した。広がっていた為に、南蛮の兵の壁は薄かった。
「反転!もう一度やる!」
「ちっ!広げすぎたか!」
シュクユウは舌打ちし合図を送った。反転してきた騎馬隊に対して、2重3重と防壁を作ろうとした。
俺の騎馬隊の方が、防壁が出来るより早く再突入し、南蛮の兵を同じように蹴散らしていった。
「調子に乗るな!晋将!」
突破した先に、敵の軽騎兵が回り込んできた。今度は3千。先頭の男は1人だけ格好が違う。おそらく部族長であろう。
交錯する。
部族長は棍棒に薙ぎ払われ、馬ごと吹き飛ばされた。3千いた軽騎兵もほとんど叩き落とされた。
俺はそのまま駆け自陣に戻っていった。歓声があがる。昨日の惨劇の憂鬱な雰囲気を払拭するかのような歓声であった。
俺は振り返ると、敵陣は真横に真っ二つに割れていた。手前の漢人の軍は後ろで起きた異変に困惑しており、奥の南蛮の軍は崩れた陣を立て直そうともがいていた。
そこにレイセキの騎馬隊1万が突入した。俺の騎馬隊の突撃に呼応したのだ。崩れた南蛮の軍は、さらに大混乱に陥った。レイセキも駆け抜けて自陣に戻っていった。
シュクユウは城壁からその様子を見て、歯軋りして悔しがった。南蛮の軍は猪突猛進であるが、崩されると脆い。シュクユウの部族こそ徹底的に鍛え、このような状況でも対処できるが、他の部族は違う。特に長老の息の掛かった部族ほど、昔からやり方を変えようとしない。
「一度、締め直す必要があるな......」
シュクユウは南蛮の兵を成都城内に引き上げさせた。城外は漢人の軍が守りを固める。各部族の主だった者たちを集めた。その中には長老たちもいる。
「先ほどの様はなんだ!敵にいいようにやられおって!」
シュクユウは見せしめに部族長を斬ろうと剣を抜いた。長老と繋がっている部族だ。こいつを斬れば、南蛮全体が引き締まる。そう思ったが、長老たちが異を唱え騒ぎだした。
「シュクユウ。お前は我々の操り人形だ。出過ぎた真似をするな!」
長老の言葉に、その場にいた部族長たちが同調した。
「ちょっと強いからって図に乗るな!」
場は怒号に包まれた。シュクユウは震える手で剣を鞘に納めた。涙こそ堪えたが悔しくて顔を歪めた。
「明日はワシたちの作戦で戦う」
長老が宣言した。シュクユウはそれを聞き、踵を返して自室に戻るのであった。




