54話 益州出陣
アイはコハンを見ても何も言わなかった。俺の姿をみると足早に立ち去った。
「あの方が将軍の思い人ですか」
「お、思い人って......」
「結婚してくれと告白されたとか。噂になっていますわよ」
俺は顔が真っ赤になるのを感じた。恥ずかしかった。俺は逃げ出すようにアイの後を追った。
「アイ......怒ってる?」
「なぜ?」
「あんな場所で告白したのに、お色気全開の女性を連れてきたから......」
「そうね、じゃあ怒っていることにしておいて」
アイは素っ気なかった。俺にはその態度が本当に怒っているのか、揶揄っているのか判断が付かなかった。女心は難しいと思った。
「アイ様は昔からあんな感じだからな。気にすることはないよ」
ドウキが俺の側に来て言った。もともとアイの家の者であったのだ。俺よりアイとの付き合いは長い。ドウキの言うことを信じるしかなかった。
カンシュクは魔道具の弓を取って喜んでいた。
「これは前の弓よりも扱いやすいぞ」
何度も弦を引いていた。扱いやすいと言っても魔道具だ。魔力を流し込まないと弦を引けない。並大抵の者では扱える品ではなかった。
◆
益州への出陣の日が決まった。レイセキとの取り決め通り、綿竹に向かう。山道を進むことになる。俺はボクシとコハンと軍議をした。
「カンキが千人将を送ってくるそうだ」
「援軍か?」
「いや、監視役だろう。気をつけろよ」
「綿竹は天然の要害だ。道も細く大軍の展開は出来ない」
「わたしにお任せください。先鋒で綿竹を落してみせますわ」
コハンが言った。やはり胸元が開いている。座っている脚をわざと組み直した。俺もボクシも目のやり場に困った。
「あなたが先鋒を?大丈夫か?」
俺はコハンは軍師だと聞いていた。とても先鋒として戦う武将では無い。
「ご心配なく。諜報部隊をお借りできますか?」
「それは自由に使っていいよ」
コハンは何を考えているか分からなかった。レイセキがホッとした顔を思い出した。何かよからぬことを企んでいる気がして仕方なかった。
◆
綿竹に向け出発を始めた。全軍で1万6千である。カンキはジンキという千人将を送ってきた。
「よろしく頼むぜ。将軍」
カンキの送り込んだ監視だと思ったが、ジンキは闊達で陰険なところがまるでなかった。
「カンキのおっさんは俺のことが嫌いなんだ。この戦で死んでしまえばいいと思ってやがる」
俺はジンキの言うことは本当だと思った。監視では無さそうだ。勘がそう告げている。
「俺の軍にいる限り、決して無駄死にさせない。手柄を立ててカンキを見返してやろう」
俺がそう言うと、ジンキは白い歯を剥き出しにして笑った。
先鋒はコハンの千人である。コハンはいつものチャイナドレスでは無く甲冑を付けている。
「戦ではまともなようだな」
ボクシが近づいてきてそう言った。
「だといいのだがな......」
綿竹にあと4里という距離まで近づいたところで日が暮れ野営となった。明日には綿竹に攻撃に入る距離だ。ギエイの報告だと、綿竹に籠る兵は2千程であった。道は細く険俊であり、その兵力でも籠られると突破は困難であった。
◆
「おい。誰かいるぞ」
綿竹の守兵たちは、城の外に誰かいるのを見ていた。月明りに照らされ、その姿が浮かび上がる。
「おお!」
兵たちは嘆息した。美しい女性が2人立っている。1人は薄い白の衣を着ている。胸元があき、白い肌が妖しく照らされている。そしてもう1人は長身でチャイナドレスを着ていた。もう1人の女性より、もっと艶があり、その豊かな双丘を惜しげもなく出している。
「捕まえろ!」
◆
「そんなの嫌です!」
セキカはコハンの策に全力で拒否した。恥ずかしかった。
「何を言っているの?諜報部隊で暗殺もするのでしょう?これくらい何だって言うの」
コハンは既に甲冑を脱ぎ、チャイナドレスになっている。
「セキカさんは美しいわ。この作戦を成功させたら、あなたの腕も上がるというものよ」
セキカは渋々承諾した。そして鎧を外し、薄い衣一枚になった。
綿竹の兵たちを挑発した。コハンはノリノリでやりすぎだと思った。
城から数十人の兵たちが飛び出してきた。
「引くわよ」
コハンとセキカは暗闇の中に紛れていった。
「どこへ行った!絶対に捕まえてやる」
兵たちは暗い森の中に入り2人を探した。
「見ろ!これを!脱ぎたてほやほやだぞ!」
道端に下着が脱ぎ捨ててあった。兵たちは興奮して殺到した。
その時である。伏兵が一斉に襲い掛かり、兵たちを捕縛した。
「ふふふ。この程度の挑発に乗るなんて愚かな男どもね」
コハンは下着を履きながら笑った。
「上手く行ったからよいものを......失敗したらただの笑いものですわ」
「こんな山奥で男どもが籠っているのよ。悶々としているに決まっているわ」
セキカは呆れてものも言えなかった。コハンはよほど自身の魅力に自信があるらしいと思った。
捕らえた綿竹の兵の鎧を剥ぎ取り、兵たちに着させた。コハンもセキカも着た。コハンは胸のあたりが窮屈そうであった。
「戻ったぞ。残念ながら逃がしてしまった」
セキカは声色を変え、門を開けさせた。一気に制圧した。
「何者だ!綿竹の者では無いな!」
セキカは門の指揮官の喉元を短刀で引き裂いた。コハンが合図を送ると、千人隊が突入してきた。
「何の騒ぎだ!」
守将が飛び出してきた。コハンは距離を詰め、剣を突き立てる。
「舐めるな女!」
守将はコハンの剣を弾き返した。セキカが後ろに忍び込み、首筋に短刀を差し込んだ。
綿竹の兵たちは守将が倒れるのを見て、武器を捨て降伏した。
「軍師と聞いていましたが、随分と無理な事をするのですね」
「ふふふ。わたしは奥に引き籠って策を練るのは嫌いなの。それにしても窮屈ね」
セキカはコハンが鎧を脱ぎ捨て、チャイナドレスに着替えているのを呆れた顔で見ていた。
◆
「綿竹が陥落している......」
俺は城壁に東晋の旗が立っているのを見て言葉を失った。セキカが、どのようにして落としたか詳細を説明しに来た。セキカはどこか恥ずかしそうで言葉に詰まっていた。
「遅かったですね将軍。わたしの実力を認めてくれますかしら」
「......ああ、認める......」
俺はレイセキの顔が目に浮かんだ。チャイナドレスを着たコハンのドヤ顔に、とんでもない女を押し付けられたと思った。




