53話 軍議とお色気対決
剣閣に入り2か月が経過した。カンキからは矢のように益州平定の催促が来ていたが、全て無視した。1万5千では少なすぎる。かと言ってカンキが支援をするわけでもない。
「将軍!たいへんな事が起きたぞ!」
フコウシが駆け込んできた。入隊以来、体が大きかったこともあり、歩兵隊に居たが活躍できず、斥候隊に転籍していた。ギエイ、セキカと共に諜報を受け持つようになると才能が開花した。
「益州のショウジュウが殺された!南蛮の将軍が王に独立した!」
俺は驚愕した。ボクシも驚愕した。
「南蛮だと.......」
シバチョウを撃破したのは南蛮の女将軍だったという。象兵を使い、自らも先頭に立ち戦い、西府の軍を粉砕した。
「南蛮か.......ところで南蛮って何だ?チキン南蛮か?」
「何を訳が分からないことを言っている。南蛮というのは南にいる民族のことだ」
南蛮は長い間に渡って虐げられてきた。ショウジュウに従い反乱に加担した。
「どうしてその南蛮はショウジュウを殺したのだ。仲間ではなかったのか」
「......奴らは東晋が憎いのではなく、漢人が憎いのだ。ショウジュウは利用されただけだろう」
「そうなのか......民族が違うからと言って憎しみあうのは愚かなことだ」
ボクシは俺の発言に驚いていた。
「お前......そのことを公言するなよ」
「どうして」
「東晋は北の騎馬民族に追いやられて、南に来たのだ。カンゲンも王族たちも、いつか騎馬民族の手から北を奪還しようという考えていることは同じだ」
「そうなのか。北府には騎馬民族の出身が多いだろう」
「それはシャアン様が特別だったからだ。今のお前の立場で言うのは危険だ」
「......分かった。気を付ける。だけど俺の考えは変わらないぞ」
「それでいい。俺はお前の考えに反対はしない」
ボクシだけではない。多くの民族が混ざり合う北府にとっては、民族の違いで差別したり、憎んだりする者はいない。だが、それは東晋では異例なのだと俺は初めて知った。
「これで益州平定は難しくなったぞ。もはや敵はただの賊徒では無い」
「ギエイをレイセキへ送ろう。荊州との連携が必要だ」
◆
レイセキは荊州刺史に昇進していた。西府の軍の中でも最重要の要職である。シバチョウは失脚し、荊州の南の都市、武陵の守将に降格していた。
レイセキは西府の軍に居るとは言え、今のカンゲンの専横を苦々しく思っている。だが、自ら立ち上がることは考えてなかった。
リュウユウに会ったことは衝撃であった。
体が大きいという事ではない。その雰囲気は人を惹きつける何かがある。上手く説明は出来ない。将軍としての実力も用兵も自身の方が上であろうが、人の上に立つ器としては、とても及ばないと感じた。
益州の状況が変わっていた。簡単に討伐できる相手では無くなっている。益州を抑えるべき、漢中のカンキは頼りにならない。
シバチョウが大敗したせいで、西府の軍の立て直しが急務であった。レイセキはカンゲンに派兵するように進言し、江州から兵の補充が来た。同時に荊州でも徴兵を行い、徹底的に練兵を行った。
荊州の西府の軍は10万まで膨らんだ。それでもレイセキは出陣を焦らなかった。数だけいても勝てないのは、シバチョウの大敗で示している。襄陽の守備には最低3万は必要だ。益州に投入できる兵は7万であった。
「ギエイか。剣閣の様子はどうだ」
レイセキの元にはギエイが来ていた。益州平定には、リュウユウとの連携は不可欠であった。剣閣の練兵も進んでいる。そろそろリュウユウと出陣時期を示し合わせる必要がある。
「リュウユウ将軍も連携を望んでおります」
「うむ。一度、顔を合わせて作戦を話し合いたいと伝えてくれ」
◆
上庸で軍議が開かれた。襄陽と漢中の中間地点である。
俺はボクシを連れ軍議に参加した。
「この者は、私の片腕の軍師です」
レイセキが連れて来た将校は女軍師であった。長身で細身であるが、立派な双丘を備えている。そして何とチャイナドレス風の衣装が目を見張った。胸元もぱっくり開いており、スリットからすらっとした足が伸び白い太ももが露わになっていた。俺もボクシも目のやり場に困った。
「......格好はともかく、切れ者です」
レイセキも恥ずかしそうに咳払いし、軍議を始めた。
作戦という程ではない。出陣の日時を合わせた。レイセキは白帝城から益州に入り、成都を目指す。俺は剣閣から綿竹を落し、成都を目指すことになった。
軍議の後、宴席となった。コハンも出席しており、俺もボクシもやはり目のやり場に困った。コハンはそんな俺たちを見てクスリと笑った。
(リンシ級の小悪魔だ......)
レイセキとの再会を祝し乾杯した。俺は酒に酔うことは無いが、それでもカンキに対する愚痴をこぼしてしまった。レイセキは眉を顰めて言った。
「......あの男は自分たちの一族の繁栄しか考えてません」
「カンキが少しでも兵を出してくれたらもっと楽になるのに......」
「あの男が寄越す軍など当てにしてはなりません。わざと足を引っ張るはずです」
俺はため息をついて酒を煽った。カンキのような男が要職についている。東晋は腐っていると思った。
翌朝、レイセキは別れ際に俺に言った。
「このコハンを千の兵と共にお連れください。カンキの軍などよりはるかに役に立つはずです」
「え!?いや、いいのですか?」
俺は狼狽した。レイセキの申し出は嬉しいが、これ程のお色気全開の女性を連れて帰ったら、アイが何と言うか心配であった。
「何故うろたえているのですか?私ではご不満でしょうか」
「そ、そんなわけではありません」
俺は断りきれず、コハンを受け入れた。レイセキがほんの少しホッとしたような顔をした気がした。
(もしかして厄介な女を押し付けられた??)
レイセキが去った。俺は見送っていると、入れ替わりでリンシとチョウセキが商隊を引き連れ、上庸にやってきた。
「ユウ。久しぶりね。大変だったようね」
リンシの目はすぐにコハンに留まった。
「あら?こちらの素敵な女性はどなたですか?」
「レイセキ将軍から預かった軍師だ......」
リンシはコハンに負けず劣らず胸の開いた服を着ている。リンシは何の躊躇いもなくコハンに近づき、胸をぶつけた。お互いの双丘がぐにゅっと密着する。
「なかなかご立派な物をお持ちのようで」
「あなたも商人なのに、ご立派ですわ」
俺は何の張り合いだと頭が痛くなった。ボクシもチョウセキも苦笑している。
「と、ところで何しに来たんだ」
「ふふふ。あまりに素敵な女性を前にして目的を忘れるところでしたわ」
リンシはそう言うと、チョウセキが荷台から何かを下ろした。
「これは銅鑼の魔道具です。鳴らすと熊でも虎でも怯えて逃げ出します」
「象でもか?」
「おそらく」
「お色気商人さんは、おかしな物を持ってくるのですね」
「あら?私の商会はこれまでもユウの役に立ってきたのよ」
「や、やめろ。何で俺の前でバチバチしてるんだよ......」
「これは失礼しました。あとこれをカンシュクに」
魔道具の弓であった。襄陽の戦いの際に一発放っただけで折れてしまった。
「これは前の弓よりも良い物ですわ」
「ありがとう。カンシュクも喜ぶはずだ」
俺は礼を言った。ボクシとコハンが剣閣に帰る為の準備を始める。
「あれは魔性の女ですわ。お気をつけください」
リンシは遠くで兵たちに指示を出しているコハンを見て俺に忠告した。俺はお前が言うなよと思ったが頷いた。それよりアイへの言い訳を考えるのに精一杯であった。




