52話 剣閣入城
結局、カクレンは石門も放棄し、長安へ引き上げていった。魏が動き出している。後秦に軍を送り支援していた。
「レイセキ殿......よく来てくれた」
「ギエイが必死に訴えてきました。捨て置けません」
俺はギエイの方を見た。恥ずかしそうに俯いていた。足元を見ると靴は破れ、裸足で血だらけであった。俺はアイにギエイの治療を頼んだ。
「襄陽を空にして大丈夫だったのですか」
「リュウユウ殿を討たれると大きな損失です。襄陽には江夏から兵を回してもらっています。問題ありません」
俺は何度もレイセキに礼を言った。援軍が来なければ、今頃はカクレンに捕まっていたかもしれない。
「では戻ります。問題ないと言いましたが、すぐに戻らなくてはいけません」
「分かりました。北府に帰還する際に立ち寄ります。酒でも飲みましょう」
「そうですな。楽しみにしております」
俺は南鄭に行き、カンキに会った。
「言いたいことは山ほどある。ただでは済まさんぞ」
「ふん。調子に乗るなデカブツ。俺は正式に漢中の太守になることが決まった。お前は俺の麾下に入る」
「なんだと!北府に帰還できるのではないのか!?」
「何を言っている。益州の反乱を鎮圧していないぞ。お前は当初の予定通り益州を平定してこい」
「シバチョウは敗れたぞ。俺の軍だけでは無理だ」
「そんなこと知るか。これはお前の任務だ。自分で何とかしろ」
俺は扉を蹴り飛ばし外に出た。カンキをぶん殴ってやりたかったが、そんなことをしても何にもならない。俺は堪えた。
◆
俺は6千を率いて剣閣に向かった。南鄭に居てカンキの顔を見るのは嫌であった。剣閣はこの頃、東晋の勢力圏ではあったが、ショウジュウの反乱以降は、守将が逃げ出し放置されていた。ショウジュウも手が回らず、剣閣を接収できないでいた。
「どうする、ボクシ。6千では全然足りないぞ」
「ああ。まずは軍を補充することだ。それと、やはりレイセキを頼るしかない」
ボクシとシャカイは剣閣の戸籍を調べた。数か月放置されている街だ。まずは状況がどうなっているのか調べるのが先であった。
俺は五百の兵を連れ巡回した。政治が機能していなくても、民の生活は止まることは無い。活気があるとは言えないが、商売などは行われていた。だが、窃盗や強盗は横行していた。俺はドウサイやショカツを警邏隊とし、治安回復に努めた。
もともと剣閣に居た守備兵は1万いる。それが反乱軍と戦うことなく解散していた。ボクシは、元守備兵の徴兵を行った。
集まったのは5千であった。残りの5千は、街の外に出て盗賊になったり、反乱軍に加入する為、成都に行った者もいるという。
「この5千は守将が逃げた後も、踏み留まってくれた兵たちだ。そのまま組み込んで問題は無い」
問題は外で盗賊をしている連中であった。これを討伐しなければ、剣閣の威信にかかわるとボクシは言った。2千程が山に立て籠っている。
「呼びかければ降伏するのではないか?」
「いや......そんな連中をお前は信用できるか?討たないといけない」
俺は五百で山賊討伐に出発した。2千の盗賊は五百と侮り、平地に布陣し挑んできた。
散々に打ち砕いた。盗賊は武器を捨て降伏した。
「ユウ......ここは降伏を許すな。捕らえた賊徒は斬首しろ」
「それはやりすぎではないか?」
「これくらいやる必要がある。ここで許すと、反乱軍鎮圧にも影響が出る」
俺はボクシに従い、2千を斬首にした。盗賊たちは最後まで命乞いし喚き散らしていたが、容赦しなかった。守将が逃げたくらいで盗賊になり、民を襲っていたのだ。剣閣に留まっていた兵たちとは違う。同情の余地はなかった。
剣閣の民の俺を見る目が変わった。恐怖で押さえつけたかと思ったが、そうでは無かった。2千の盗賊は兵だった頃から、ならず者であったらしい。逆にそれを斬首したことで称賛された。
更に各地から義勇兵が集まってきた。数十人、時には数百人と剣閣にやってきた。今度の守将は一味違うらしいという噂が広まっていた。
「カンキは面白くないだろうな」
「ああ。だが、まだ益州に向かうには早すぎる。次は集まった兵を練兵するのだ」
全軍で1万5千になっていた。ボクシは集まった兵を振り分けした。体格の良い兵は、ドウサイとショカツの第1歩兵隊に入れた。足の速い兵はシャカイとモウシュウシの第2歩兵隊に入れた。弓を使える兵はカンシュクの弓隊へ入れていった。
それぞれの隊で練兵が始まった。実戦に沿った形式で、怪我人も出た。それでも新たに加入した兵たちは不満を漏らさず誰も離脱しなかった。
「お陰様で忙しいわ」
アイの後方支援隊は大忙しだった。それほど練兵は激しかった。
「お前のお陰で兵たちの回復が早い。助かっているよ」
「当たり前よ。私を誰だと思っているのよ」
「......なあ、アイ」
「何?今忙しいの。用があるなら早くして」
「北府に帰ったら結婚しないか?」
「ああそう。そうね」
俺はアイがちゃんと聞いていなかったと思い、がっかりして立ち去った。言ってしまった。あの時の夕日に照らされたアイの姿が忘れられない。生まれて初めての告白であった。心臓がバクバクと鳴っていた。
(あの馬鹿......なんでこんなところで言うの)
アイは顔を真っ赤にした。思わず、手が滑り治療道具を落としてしまった。周りの治癒士たちも、その様子を見ておりクスクスと笑っていた。
「そこ!笑うな!手を休めるな!」
アイの声は上ずっていた。クスクスという笑い声は収まらなかった。




