49話 求婚
カクレンは褒中にユウがいると聞き、7千を率いて褒中に向かった。アリに残りの3万弱を預け南鄭を包囲させた。石門には1千を置き、桟道からの補給を繋げた。
「なぜ、そこまであの男に執着されるのですか」
「あの男には何か特別なものを感じる。従わせれば、妾は中華を統一することが出来るだろう」
アリは何も言わなかった。カクレンが人に対してこれ程の執着を見せたのは初めてのことである。
カクレンには魏王ケイがまだ弱かった頃、婿とする話があった。その話はあっけなく破談となったが、ケイに対しては執着は見せなかった。
(あの男にそこまでの価値があると言うのか)
アリにはカクレンの考えが分からなかった。
◆
「夏軍は二手に分かれたわ。カクレンが褒中に向かっている」
セキカは斥候隊を指揮し、フコウシの手助けを借りながら情報を集めた。ギエイは荊州に行って、まだ戻って来ていない。
「しつこい女だな。よほどお前のことが気にいっているらしいな」
「やめてくれ。あんな女に付き纏われるのは嫌だ」
俺はカクレンの姿を思い浮かべ身震いした。あの目は俺に対する殺意がない。それどころか何か違う感情を持っている。
「もしかして、お前に一目惚れしたのかもな」
「冗談言うな!おぞましい!」
ボクシの戯事に俺は愕然とした。あながち違うとは言い切れない気がした。口には出さないが、俺の勘がそう告げていた。
褒中の城壁はそれほど高くない。まさしくただの倉庫なのだ。戦う城ではなかった。
「籠城するべきか、それとも野戦で臨むか」
褒中の周囲はやや開けている。野戦をするなら、まともにぶつかる事になる。
俺は悩んだ。ボクシも珍しく悩んでいた。
「ユウ。野戦で勝つ自信はあるか?」
「ない。分かるだろ」
「......そうだな。分かりきった話だったな」
カクレンの騎馬隊と渡り合う力は、モウチョウの騎馬隊には無かった。野戦となると必ず負ける。
「ならば籠城だ。この城は四方に門がある。それぞれに指揮官がいる」
ボクシは配置を決めた。東の正門。ここを1番厚くした。シャカイとモウシュウシの2千を置いた。西門にはテイゴの1千、南門にはコウビの1千、北門にはモウチョウの1千を置く。本陣に俺とボクシ、ドウキが1千で構えた。
カンシュク、ドウサイは動けない。アイは2人の治療にかかり切りであった。
カクレンがやってきた。正門の前に布陣する。一騎で近づいてくる。
「リュウユウ。降伏せよ。悪いようにはしないぞ」
俺の勘は当たったかもしれないと思った。
「降伏するならば、妾の婿にしてやる。ともに手を携え天下を取ろうぞ」
俺は言葉を失った。捻じ曲がっているが、これは俺に対する求婚だ。周りの者たちも、不思議そうな顔をして俺の方を見ている。
「降伏せぬなら貴様の仲間たちはこのようになるぞ」
カクレンの前に首が並べられた。
カムキとリュウイ。2人の首が無造作に並べられた。他にも逃げ遅れた兵たちの首が何百も並べられていく。
俺は怒りが込み上げてきた。
「誰がお前のような異常者の婿になどなるか!お前はカムキとリュウイの仇だ!ここで討つ!」
俺の悲痛な叫びを聞き、兵たちは武器を握り締めた。そして、鬨の声を上げる。その声は天高く轟いた。
カクレンは何が起きたか理解できなかった。リュウユウにとって悪い条件を提示したとは思えなかった。北府の軍の士気が何故あがったのか分からず困惑した。
「ならば、後悔するなよ。貴様を従わせてやる!」
カクレンはそう言い捨て自陣に下がっていった。夏軍が広がり城を包囲していく。そして攻撃の太鼓の合図が鳴り響いた。
◆
涪城。
益州の城である。シバチョウの西府の軍は白帝城から川を遡上し、涪城で上陸した。
漢中を経由する北府の軍には、カンキは支援しないことになっている。北府の軍が来る前に反乱を鎮圧し、戦場に遅れた責任を追求するつもりであった。
夏が侵攻してきたことで事態は変わった。南鄭は簡単には落ちない。北府の軍は夏に潰してもらおうと考えた。益州を平定し、漢中に転じて夏を撃退する。
シバチョウにとっては大きな武勲を立てる機会であった。北府の軍にはお膳立てしてもらおう。論功行賞で称される事を想像すると、笑いが止まらなかった。
だが、シバチョウの思った通りに進まなかった。成都から涪城に向け、反乱軍が侵攻してきた。その軍を見た時、シバチョウは絶句した。




