47話 奇襲
石門の出口で睨みあいとなった。石門の外は完全に狩場になっている。正面には硬い布陣。高所からの矢。そして右手には明らかに伏兵がいると思われる森があった。
リョヘイこそ死に兵にしたが、これ以上の犠牲を出すことは出来ない。南鄭を落す余力は残しておく必要があるのだ。
「あの弓隊が邪魔だな......」
カクレンは地図を見ながら腕を組んだ。アリの報告では、リョヘイは一矢で絶命したという。使い捨てとは言え、仮にも将軍なのだ。それを射貫くことが出来る凄腕の弓手が居るということであった。
「斥候を増やせ。他に進むことが出来る場所がないか探るのだ」
益州の状況次第では漢中は諦めざるをえない。反乱が鎮圧される前に決着を付けたかった。カクレンは膠着した状況に苛立ち、机を蹴とばすのであった。
◆
カンキは漢中に夏が侵攻してきたと聞き急いで引き返した。漢中が落ちたら、益州どころではなくなる。場合よっては自分の首も危うい。シバチョウからは北府の軍1万が、漢中経由で成都に向かっていると知らせが来ていた。
だが、カンキは北府の軍などに手柄を立てさせたくないと考え、2万の軍を率い、益州に向かった。
だが、その判断が仇になった。夏が侵攻してくるのは想定外であった。漢中を動かなければ、素早く対処できたのだ。
「北府の軍が石門に到達し、防衛しております」
「将は誰だ」
「リュウユウという将軍です」
カンキはリュウユウの名を聞き、行軍の速度を緩めた。建康に居るカンゲンから、警戒するべき人物だと聞いていた。将軍になったばかりであるが、百人将から異例の早さで出世している。只者ではなかった。
「この際、リュウユウとカクレンには削りあってもらうか......」
共倒れしてくれるのが理想ではある。だが、1万の軍では、カンキが後押ししない限り、守り切るのは難しい。南鄭に戻るまでに時間稼ぎしてくれるだけで十分であった。
北府の軍は善戦していた。石門こそ取られたが、そこから侵攻を許してなかった。おかげで、カンキは無事に南鄭に戻ることが出来た。籠城したら、仮に10万の軍が攻めてきたとしても落とす事が出来ないほどの要害である。
北府の軍からは、救援と補給の要請が届いていた。だが、カンキはそのような余裕は無いと言って全て断った。北府の軍は襄陽から急行して来ており、兵糧が残りわずかになっていた。カンキは見殺しにするつもりであった。そうしてもカンゲンが居る以上は罪に問われることは無い。
伝令は必死に訴えたが、無い袖は振れぬと追い返した。
「せいぜい頑張れよ」
カンキは伝令の泣きそうな顔を思い出しながら、薄ら笑いを浮かべ酒を飲むのであった。
◆
「補給が来ないだと!」
「......余裕がないとのことです」
俺は腹が立った。漢中に余裕が無いとは思えなかった。
「カンゲンの一族なだけあるな。思った通りだ......」
「ボクシ、まさかカンゲンはこうなるように仕組んだのか」
「......カクレンが攻めてきたのは想定外だろう。だが、はじめから俺たちには協力する気はなかったのだろうな」
「どうしたらいい......」
「考えはあるが......」
「なんだ、言ってみろよ」
「......南鄭まで撤退するんだ。カンキを戦いに巻き込んでしまうのだ。そしてついでに途中にある倉庫を押収してしまおう」
「こ......ここを捨てるというのか......」
「そうだ。ユウ、お前が決断しろ」
俺は悩んだ。補給が来なければ詰む。かといって、ここを捨てるのは躊躇いがあった。防衛する為に、多くの血が流れたのだ。
「もう少し様子を見るのはダメか......」
「......いや、ダメでは無い。今すぐ下がってもカクレンは怪しんで追って来ないだろう。そうしたら石門は抑えられたままだ」
◆
「どうやら敵は補給が来ないようですな。攻めますか? 」
アリは斥候の報告を受けてカクレンに言った。
「いや......昨日立てた作戦で行こう。敵の兵糧切れを待つのは時間がかかりすぎる」
夏軍は桟道を来たのだ。それなりに兵糧を携帯して来たものの、長期戦を想定したものではなかった。
「ですが、危険が伴いますぞ」
「アリよ。誰にものを言っているのだ。妾に出来ないとでも言うのか」
「いえ、決してそのような事は......ただ姫様が心配です」
「姫様と言うな......妾はとっくの昔に少女では無くなっている」
「......決してご無理はなされませんように......」
カクレンは頷いた。アリで無ければ、姫様と呼ばれたら斬り捨てているかもしれない。だが、アリに対しては不思議とそのような感情は起きなかった。
◆
それはいきなり来た。
断崖の上にいるカンシュクの兵たちが落ちて来たのだ。
「なにが起きている!」
俺は争闘の音を聞き、慌てて軍営を飛び出した。断崖から弓兵たちが、次々と落ちていった。
断末魔の叫び。地面に叩きつけられ骨が砕ける音。悪夢のようであった。
「カクレンによる奇襲!」
「馬鹿な!いったいどこから!」
夏軍の斥候は断崖の上に続く細い獣道を探し出していた。カクレンは馬に布を噛ませ、200の騎兵だけで仕掛けてきた。
カンシュクが弓を構え、カクレンを射ようとする。だが、カクレンは矢が放たれるより早くカンシュクに近づき、鉄鞭を叩き込んだ。断崖から落とされる。
「カンシュク!」
俺は足だけに強化魔法を集中し全力で駆けた。間一髪、カンシュクの体を受け止めた。ボキッと左肩が外れる音がした。だが、今は痛みを気にしている場合ではなかった。
断崖からカクレンが馬で降りて来た。ほとんど垂直の崖だ。俺はその姿に驚愕した。
「将軍!逃げろ!」
モウチョウが俺の馬を連れ駆けてくる。俺はカンシュクを馬に乗せた。
「馬鹿!逃げろ!」
カクレンが目の前に現れた。
「リュウユウ!決着をつける!」
俺は棍棒を振り上げる。左肩が上がらない。俺は鉄鞭を受け吹き飛ばされた。
「モウチョウ、カンシュクを頼む......」
ボクシは慌てて、ドウサイたちに将軍を救えと言った。歩兵隊がカクレンに向かって走る。
アリは正面の敵が左を向いたのをみて、石門から撃って出て来た。ドウサイの歩兵隊の横腹を抉った。
「シャカイ!いけ!」
ボクシは合図を送ると、森に隠れていたシャカイの歩兵隊がアリの軍に襲いかかる。
「読み通りだ。あの隊を受け止めよ」
アリは2千を右に向け、シャカイの攻撃を受けさせた。石門を通って夏軍が次々と出てくる。
「押せ!飲み込むぞ!」
石門を通った夏軍は1万を超えた。尚も増え続けている。
「まずいぞ!本陣!前進!壁を作る!」
ボクシは本陣を前に進めた。盾で壁をつくり踏ん張る。シャカイの方へ撤退の合図を送る。
「撤退だ!森の中へ逃げ込め!」
シャカイもモウシュウシも剣を振るい、夏軍を切り開き退路を作った。歩兵隊が森の中へ後退していく。
俺は必死に棍棒でカクレンの鉄鞭を受け止めようとしたが、右手だけではままならなかった。何度も体に鉄鞭を受けた。
鎧が鈍い音をたて欠けていく。
「どうした!リュウユウ!反撃も出来ないか!」
カクレンの顔は紅潮していた。汗が湯気となって立ち昇り、恍惚そうな顔をしている。
俺は寒気がした。カクレンは俺を殺そうとしていない。生け取りにしようとしている。
(捕らえられたら何をされるか分からない.....)
いや、何をされるかカクレンの興奮した顔を見れば一目瞭然であった。
「ユウ!下がれ!ここは俺たちが受け持つ!」
カムキとリュウイがカクレンに襲いかかる。
「邪魔するな!」
カクレンの鉄鞭は2人の矛を弾き飛ばす。石礫がカクレンの額に当たった。ドウキが近づいてくる。
「おのれ!このチビ!何度も何度も!」
「ドウキ!将軍を連れて下がれ!」
カムキとリュウイは必死に矛を振った。鉄鞭が掠める。2人は傷だらけになっていった。
ドウサイの歩兵隊が決死の覚悟でカクレンに殺到した。アリもカクレンを討たせまいとついて来ている。狭い場所に入り乱れた。
その混乱に紛れて俺はドウキに連れられ本陣に下がった。
「南鄭に行くぞ!ドウサイを殿にする!」
「......俺が殿をする......」
「馬鹿野郎!お前は総大将だぞ!討たれたらお終いなのだぞ!」
ボクシの悲痛な叫びに俺は従うしかなかった。本陣は南鄭に向かって走りだした。
ドウサイたちの歩兵隊が敵に飲み込まれていく。涙が流れた。またもやカクレンに敗北した。俺はあの狂気に満ちた顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。




