43話 石門
ギエイは水を飲み干した。俺は落ち着くのを待った。ようやく口を開いた。
「カクレンが漢中に侵攻している......」
俺は驚いた。漢中を経由して益州に入る予定なのだ。
「どうする。ボクシ......」
「行くしかないだろう。漢中が陥落したら益州どころではなくなる」
「セキカはどうした」
「カクレンの軍の動きを探っている」
俺は出発の命令を出した。
カクレン。俺とドウサイとショカツの3人がかりでも勝てなかった。あの時より強くなったと思うが、あの冷徹な目と、鉄鞭の空気を切り裂く音を思い出すと身震いした。それでも行くしかなかった。
◆
長安。
ヨウチョウは衰弱死した。カクレンはヨウチョウの精気を完全に吸い尽くしたと感じた。肌に張りが出てきた。自分でも妖し気な色も出てきたと感じる。
ヨウチョウの息子のヨウコウも虜にした。この親子には屈辱を受け続けた。ようやく復讐を果たし、後秦の国力を奪った。柴壁の戦いで魏に破れると、王位を簒奪し夏を建国した。その際にヨウコウの叔父のヨウセキトクが洛陽に逃れ、カクレンに反抗する者たちを集め抵抗した。後秦は分裂したのである。
益州で反乱が起き荊州から鎮圧に向かうという。
「この隙を狙い東晋の領土を削る」
荊州も欲しかったが、後秦や魏とも近い。奪うことが出来ても維持するのは難しい。漢中ならば魏も簡単には手が出せない。
4万の軍を率い進軍する。褒斜道を進んだ。古くからある桟道である。道は狭く大軍の移動は困難ではある。だが最も整備されている道でもある。
漢中を守るカンキの動きは遅かった。2万の軍で駐屯しているが、益州の反乱鎮圧に向けて南下しており、目が完全にそちらへ向いていた。桟道を抑えたら漢中への侵入は難しくなる。だが、カンキは対応が遅れ、カクレンに侵入を許してしまった。
「こうも簡単に進むことが出来るとはな。一気に制圧するぞ」
桟道を進んでいくと石門に到達する。漢中へと続くトンネルである。
「申し上げます!1万の敵が進路を塞いでいます!」
「1万だと......想定より多いな」
カンキが置いた軍としては多すぎだ。主力は益州に向かっているという情報であったはずだ。
「どこの軍だ。援軍か」
「赤い旗が立っております。将は大男です」
カクレンは赤い旗に大男と聞き、不敵な笑みを浮かべた。思い当たるのは1人しかいない。
「ふふふ。リュウユウか。縁のある男だ」
カクレンの紅潮した顔とその妖し気な笑みを見て、周囲の者たちはゾッとした。側近たちは普段は冷徹な目をしているカクレンがこうなるとどうなるか知っている。
興奮している。ヨウチョウが、ヨウコウが、この興奮の虜になった。
カクレンは体がゾクゾクしてくるのを感じていた。
◆
「カクレン軍は4万。褒斜道を進んできます」
セキカが戻ってきて報告してきた。
「桟道の道は狭い。俺たちの方が先に漢中に入るぞ」
ボクシは地図を広げ説明した。そして褒斜道を抜けた先にある石門に入り迎え撃つと言った。石門を突破されると、もう南鄭に達してしまう。漢中の心臓とも言うべき都市であった。
「1万で受け止められるのか」
「やるしかない。時間を稼いでカンキを呼び戻すしかないだろう」
石門に到達した。斥候を放つとカクレンは桟道を進んで来ていると言う。俺は地図を広げた。
「ここの門を抑えたら敵は進めないのでは」
「そうだ。お前も少しは兵法が分かってきたみたいだな」
「では、門の中で俺が止める」
「馬鹿。お前は総大将だぞ。討たれたら崩れてしまう。将軍になった自覚を持て」
ボクシに言われ、ようやく将軍になって初めての戦なのだと気が付いた。
「石門にはドウサイたち第一歩兵隊を置く」
ボクシが地図に駒を置きながら配置を決めていく。俺はそれを食い入るように見ていた。
「......よく、そんな簡単に決めていけるな。お前が居なかったらと思うのとゾッとするよ」
「これくらいは初歩だ。ここは天然の要塞だ。抑えるべきところは決まっている」
ボクシはそう言いながらも照れ臭そうであった。作戦面ではボクシに頼ることが多い。
「俺も出来るように頑張るよ」
「頑張らなくていい。お前はリュウビに似てアホだ。俺が居ないときは別の参謀を置け」
「アホって......ところでリュウビもアホだったのか」
「ああ。連戦連敗だ。ショカツリョウが居なければただのアホだ。実際に呉の火計でボロクソに負けている」
どうやらアホなのは父親譲りであるようだ。俺はため息をついた。
◆
配置が決まった。
石門にドウサイ、ショカツたちを置く。石門を抜けた先に俺の本隊が待ち受ける。右手の断崖の上にはカンシュクの弓隊を置いた。眼下を通る敵を狙い撃ち出来る。左の山林には伏兵を置いた。
「あの桟道は燃やせるのか」
「燃やせる。リュウホウがやった事がある。お前にしてはなかなかの発想だ」
「リュウホウもアホか?」
「アホだ。連戦連敗だ。部下が優秀だったから天下を取れたようなものだ」
どうやら俺が目指す者たちはアホばかりらしい。そして俺はそのアホと同じ発想をしてしまった。
「今から桟道を焼くのは危険を伴うぞ。カクレン軍が迫っている」
「それでもやる価値は?」
「少しはある。無理ならすぐに逃げるのが前提だ」
俺はシャカイとモウシュウシを呼んだ。モウシュウシは地味に火魔法を使える。それをシャカイの風で煽って桟道を燃やせと言った。
「今からか?無茶ぶりするなよ」
「敵は大軍だ。少しでも足止めするのだ。無理はするなよ」
「俺が護衛についてやる。安心しろ」
カムキとリュウイが言った。俺は頷いた。
シャカイとモウシュウシがカムキの千人隊に守られながら桟道に向かった。夏軍の旗が見え始めている。その先にカクレンが居るのであろう。その姿を思い浮かべるとやはり身震いした。
劉備はアホだった説。三国志の蜀の皇帝にもなった劉備は、前半、連戦連敗で流浪していました。名軍師の諸葛亮孔明を得て、ようやく勝ちはじめ蜀を建国します。その後、諸葛亮抜きで臨んだ夷陵の戦いでは、兵法で禁忌とされた地形に陣を置き、呉の火計に大敗北を喫します。それを聞いた魏の曹丕は、名前ばかりでアホだと大笑いしたと言います。自分も劉備はアホだったと思います(笑)




