42話 白帝城
俺は歩兵の到着を待った。馬は使い物にならない。モウチョウや騎兵たちは馬に水を与え、体を揉みほぐしていた。夕方になると馬を曳いて歩かせた。疲れているからといって、休ませたままだと本当に使い物にならなくなってしまう。俺もモウチョウがやっているのを真似た。
「モウチョウ。馬に人間の言葉通じるのかな」
「毎日話しかけていれば通じる。将軍もそうするべきだ」
俺は馬に話しかけようとして、ふと気が付いた。
名前が無い。
これほどデカイ体で乗り回しておきながら、どこか馬の事をただの乗り物だと思っていた。こうして鼻面を撫で、身近に息遣いを感じると生き物なんだと改めて感じる。
「お前に名前をつけてやる。そうだな......お前の名前は今日からツノッチだ」
どうという事はない。俺が転生前によく打っていたスロットのキャラクターの名前だ。どうやら俺には名前を付けるセンスが壊滅的に無いようであった。
「おい、将軍。変な名前つけるなよ」
「いやいや、モウチョウ、よく見ろよ。喜んでいるように見えないか」
馬が鼻息を鳴らし、尻尾を上げた。尻の穴から馬糞がボトボトと落ちてきた。
「......もう少し、馬の気持ちになってみることだな」
俺は馬糞を掃除しながら、お前の名前はツノッチだと繰り返し言った。馬はデカイ欠伸をした。特に関心が無いようであった。
漢水に何隻もの船が浮かんでいる。シバチョウの兵たちが物資を乗せ出発の準備をしていた。どうやら俺の歩兵の到着を待たず、さっさと出発するつもりのようであった。
◆
俺はボクシと白帝城の中を歩いた。所々、廟があった。
「この耳の長いおっさんは誰だ。偉いのか」
「......お前、本当に歴史の勉強をしろよ。この方はリュウビだ」
「ああ......リンちゃんが言っていた蜀の皇帝ね」
ボクシが言うには、白帝城は蜀のリュウビが呉との戦いに負けた後に、最期の時を過ごした場所だという。ショカツリョウを呼び、蜀の後事を託した場所でもある。リュウビは漢王朝の血筋と名乗っていたが、寒村のむしろ売りから成り上がった人物である。
俺はそれを聞いて、自分と共通点があるなと感じ、廟の木像に向かって手を合わせた。
「そう言えば、前に言っていたリュウホウと名前似てるな。あいつも農民だったんだろ」
「お前、酷いこと言うな。リュウホウに憧れていたのではないのか」
「まあな。農民から皇帝に成り上がるんだぞ。すごいだろ」
リュウビにリュウホウ。皇帝に成り上がった人物。俺もそうなりたい。でなければ何の為に転生したのか分からない。
「俺たちもリュウ姓だ。リュウビの子孫を名乗ってもいいんじゃないか」
「そんなものは名乗ったもの勝ちだ。だいたい、お前さっきまでリュウビの事を知らなかっただろ」
俺は笑った。ボクシも笑っていた。
◆
夜、寝苦しくて目が覚めた。
「おい。起きろ」
俺はハッとして目が覚めた。体を起こそうとしたが動かなかった。
「だ.......誰だ、お前」
枕元に耳の長い人物が立っていた。廟にあった木像と同じ顔であった。リュウビだ。
「ひええええ!お化けだ!」
「お化けではない。ユウよ。ワシはお前の父だ」
俺は聞き間違えたかと思った。なぜリュウビが俺の父なのだ。
「ワシに似ずデカイ体だな。まあ顔は母親のビ夫人に似ているか」
「な......何を言ってるのだ。分かるように言え」
「そうだな......こうしてお前が戻ってきたのだ。よく聞け息子よ」
リュウビが語った内容は驚愕であった。かつて、まだ蜀を建国する前の話。リュウビは負け続け、各地を転々とする流浪の軍であった。ソウソウが荊州に侵攻し、逃げる途中に、まだ赤子であった子供と妻のビ夫人とはぐれた。
リュウビの配下の将軍のチョウウンが捜索に出た。大軍に囲まれたビ夫人は赤子を抱えたまま井戸に身を投げたのだ。チョウウンはあと少しの所で間に合わず、目の前で井戸に落ちていくのを目撃してしまった。チョウウンは井戸に入り救いだそうとしたが、ビ夫人は頭を打ち即死しており、赤子の方は探してもどこにもいなかった。
チョウウンはやむを得ず、その辺りで泣いていた赤子を拾い上げ連れて帰った。リュウビは赤の他人の赤子を見て放り捨てた。チョウウンは「殿の子が死んだら全軍の士気に関わります。この赤子を実の子とするのです」と言った。リュウビは渋々、その赤子にアトと名付け育てるのであった。
アトは大きくなりリュウゼンと名乗った。だが、決定的にアホであった。学問も出来なければ、力もないし、指導力もない。2代目皇帝にするには荷が重すぎた。
だから、ショカツリョウには、リュウゼンに取って代わってしまってよいと言った。だが、真面目なショカツリョウはリュウゼンに仕え、結局は過労死してしまった。彼の死後、蜀はあっという間に滅ぼされてしまった。
「その井戸に落ちた赤子が俺だと言うのか」
「......そうだ」
信じられなかった。井戸に落ちて転生して現代の日本に来たというのか。そしてそこでも死んで、この世界に戻ってきたという事になる。
「俺があんたの息子だという証拠はあるのか」
「ない。ワシの勘だ。出来ればそこで寝ている男の方が良かったが、勘がお前の方だと告げている」
「え!?」
俺は隣で寝ているボクシの方を見た。この騒ぎでも気づかず、すやすやと眠っている。
「まあ良い。お前にはワシの悲願であった漢王朝再興をして欲しい」
「断る」
「なんだと!なんでよ!そこは分かったと言うところじゃろ」
「皇帝にはなる。だけど漢王朝とかはどうでもよい」
「.......そうか。しかし、お前が皇帝になればそれでよい。託したぞ」
そう言ってリュウビは消えた。俺は勘だと言われて、逆に信じた。俺の勘もリュウビの言うことは真実だと告げていた。
◆
「おい、ボクシ。俺はリュウビの子供らしい......」
「は?まだ寝ているのか。寝言は寝ているときに言うものだぞ」
「いや、俺はいつかリュウビの子孫を名乗り立ち上がる」
ボクシは黙って俺を見ていた。それも悪くない話だと思っているようであった。
残りの軍も到着した。漢中に向けて進軍の準備をしていた。その時、ギエイが血相を変えてやってきた。息を切らしており、すぐに話す事が出来ない様子であった。俺はギエイが落ち着くのを待った。
長坂の戦いは三国志のチョウウン(趙雲)が単身、曹操の大軍に切り込み、劉備の子供を救出する場面がある有名な戦いです。数々の小説でも語られ、映像化もされた名場面の1つで、この改変は三国志ファンから怒られるかもしれません(笑)




