41話 無理難題
俺は1万の練兵を続けた。元は北府の軍である。基礎は出来ている。新たな編成による連携を徹底して訓練した。隊を2つに分け紅白戦を行い、実戦形式でぶつかり合った。指揮はドウサイたち千人将が取っている。今までは命令通り突っ込めばよかっただけだが、これからは個々の指揮官の判断力も必要となる。
俺は座学であった。ボクシに孫子や呉子を叩きこまれた。今どきの将軍が字を読めなくてどうすると言われた。兵法の基礎ぐらい身に付けろとも。
「漢字ばかりで読めねえよ。フリガナ振ってくれ」
「意味不明なことを言うな。これくらい覚えろ」
脳みそが蒸発しそうであった。昼飯の間も、夜訓練が終わった後も孫子を読まされていた。
「どう?はかどっている?」
アイが茶を入れてくれた。覗き込んでは、俺が読めない字を教えてくれる。
「......ありがとう。なにかあったか?」
「は?」
「いや......妙に優しいから」
俺はそう言うと、アイは顔を赤らめどこかへ行ってしまった。隣でボクシが笑っている。
「ユウ。いい加減、覚悟を決めたらどうだ」
「アイは良家のお嬢様だぞ。俺みたいな田舎のチンピラと釣り合うものか」
「昔と違うだろ。今は北府を代表する将軍だぞ」
俺は妻帯なんてまだ早いと思ったが、この時代では若くして妻帯するのは普通のことなのだ。俺は気を紛らす為、孫子を朗読したが、つかえて上手く読めなかった。
◆
1か月後、建康から出陣命令が届いた。
益州に遠征せよと言うものであった。京口から見れば、中華の端と端である。途中、荊州にいる西府の軍と連携して進軍するという。
益州は東晋の支配下にあり、刺史が置かれていた。だがショウジュウという人物がカンゲン打倒を叫び刺史を殺害して独立した。
俺はそれを聞いた時、シャアンの他にもカンゲン打倒を掲げる人物がいるのかと感心した。北府が味方となればカンゲンを倒せるかもしれない。
だが、情報が集まる度に、どうやら事情は違うらしいことが分かってきた。ショウジュウはカンゲン打倒を呼びかけたが、兵たちは建康まで行くのが面倒くさいと反対しているという。結局、ショウジュウは成都を占拠し、近くの街を略奪する単なる賊徒になってしまった。
「どうやらチンピラの集まりのようだな。元チンピラの俺が討伐してやる」
「侮るなよ。賊徒と言っても東晋に対する不満は本物だ。数も5万に膨らんでいる」
益州の入り口でもある白帝城に向かう。かなりの距離であった。
西府の軍は俺たちの到着を待って動くという。
「どうもきな臭いな。気を付けろよ」
ボクシは警戒しろと言った。益州の賊徒くらい、本来ならば荊州の西府の軍で十分に対処できるはずなのだ。それが、わざわざ遠く離れた北府の軍の援軍が必要とはどういう状況なのであろうか。俺もボクシの言う通り何かあると思った。
揚子江沿いを西進する。途中、リンシとチョウセキの船団から補給を受けた。倭の国から仕入れた昆布やフカヒレの商品開発で儲かっているらしく、兵糧の調達も苦労していないようであった。
「なあ、リンちゃん。益州はどんなところ?」
「山岳地域よ。三国時代の蜀は知っているでしょう?」
「......知らない」
リンシはクスクスと笑う。アイは俺の無知に呆れていた。
「辛い物を好んで食べる地域よ。珍しい香辛料とかあったら持ってきてね」
「分かったよ。辛い物は俺も好きなんだ」
アイの視線を感じた。なぜそのような情報を私でなくリンシに言うのだという顔をしていた。リンシはその様子を見て、やはりクスクスと笑っていた。
◆
襄陽まで来た。ここはカクレンと激闘した場所であった。紛争地域である。俺は警戒の為に、ギエイとセキカの隊を斥候に出した。
京口からここまで来るのに2週間かかっている。合流地点の白帝城まで更に2週間かかる。襄陽に入城し、1日休息することにした。
「遠路はるばるご苦労様です」
襄陽の守将はレイセキという人物であった。この重要拠点の守備を任されるくらいだ。その力量は誰もが認めるものであった。
新米将軍の俺にも対等な立場を取った。西府の軍の将軍だが、誠実な人物であった。
「西府の軍は10日前に、シバチョウ将軍が5万を率いて出発してます」
レイセキは俺に椅子を勧め、酒を出した。シバチョウは漢水を遡上し船で白帝城に向かっているとのことであった。
「俺の軍は必要ないのでは......」
「そうでしょうな。あなたが白帝城に着く頃には終わっている可能性もある」
「では何故、俺をわざわざ益州に派遣するのでしょう」
「カンゲンの考える事です。何か裏があるに違いありません」
カンゲンは侍女を送り込み取り込もうとした。返還したから、今度は俺を罠に嵌めようとしているのか。
「とにかく急ぐことです。遅くなると、それを理由に処断されかねません」
翌朝、レイセキは俺に札を渡してきた。
「足が速くなる札です。これを騎馬につけ先行すると良いでしょう」
「......ボクシ、どう思う」
「普通に行軍しては時間がかかる。騎馬隊だけ先行するのも悪くない考えだ」
俺はレイセキに礼を言って、札を受け取った。
◆
騎馬隊2千で先行した。札をつけた馬は、まるで風のように速かった。木系統の強化魔法の派生である。馬の脚はまるで車輪のように動いた。
「うおおおおおお!やべえぞ、これ!」
景色が流れていく。俺は振り落とされまいと必死であった。モウチョウもボクシも顔が引きつっている。風圧をまともに体に受ける。バイクで高速道路を飛ばしているようであった。
白帝城まで2週間はかかる距離が、たった3日で到着した。馬は札で無理やり走らされ、完全にへばっていた。
「......しばらく休ませないと使い物にならない......」
モウチョウは馬の様子を見て悲しそうな顔をしていた。俊足の札は、戦場で一時的に速さが必要な場面で使われるものだ。このように長距離を走らせる為の物ではない。
「思ったより早かったな......」
西府の軍を率いるシバチョウであろう。俺が予想より早く白帝城に着いたことに驚いていた。そして何故か残念そうな顔に変わり舌打ちした。
「連れてきたのは2千だけか」
「歩兵が続いてきます」
「そうであるか。まあ良い。益州へ二手に分かれて侵攻する。リュウユウ将軍は漢中から陸路で向かえ。我々は船で遡上する」
俺は後続の歩兵を待たなければならない。しかも山岳地帯を進めという。一方の西府の軍は船で楽々と進もうとしている。
ボクシと地図を広げ確認した。どう考えても白帝城→漢中→成都のルートは遠回りであった。内心、腹が立ったがシバチョウはレイセキと違い、カンゲンの腹心である。逆らう事は出来なかった。
モウチョウが心配そうに、一頭一頭、馬の様子を見て回っていた。カンゲンは無理難題を吹っ掛け、俺に失敗させようとしている。嫌な予感しかしなかった。




