38話 処刑
リュウロウシが四万を率いて到着した。
城壁を見上げた。東晋の旗が立っていた。すでにシャカイたちが城内を制圧していた。
「……落ちているな」
リュウロウシが静かに言った。
「はい」
「どうやって落とした」
俺は少し間を置いた。
「信者に紛れさせて城内に侵入させました。ビャクレンを見つけ、襲撃しました。逃げられそうになりましたが、海まで追いかけました。海に身を投げました」
リュウロウシが俺を見た。
「証はあるか」
俺は懐から赤いそれを取り出した。
リュウロウシが目を細めた。しばらく黙って見ていた。それから小さく笑った。
「……以前にも聞いたことがあるな。そういう話を」
「はい」
「お前という男は」
リュウロウシが首を振った。呆れているのか笑っているのか分からない顔だった。
カムキが腕を組んだまま黙っていた。釈然としない顔だった。
「ユウ」
「何だ」
「いつの間に城が落ちていた。俺が気づいた時にはシャカイたちが城内を歩いていた。何がどうなったのか、誰も説明してくれない」
「うまくいった」
「それだけか」
「それだけだ」
カムキがしばらく俺を見ていた。それから深く息を吐いた。
「……まあいい」
納得はしていなかった。だが追及しなかった。
◆
こうして南燕は滅んだ。
残された幼王が城から連れ出された。まだ幼い。父のトクに似た顔をしていた。周囲を見回していた。母を探しているようだった。
幼王は建康に護送されることになった。
◆
建康では、カンゲンが報告を受けていた。
扇を手に持ったまま、動かなかった。
「……もう落ちたのか」
シュカが頭を下げた。
「はい。想定より早く」
「北府はもっと消耗するはずだった」
カンゲンが扇を閉じた。
「ビャクレンの証は」
「赤い下着と申しておりました」
「……赤い下着が証になるか」
カンゲンの目が細くなった。怒りが滲んでいた。
その時、幼王が連れてこられた。
カンゲンが幼王に向き直った。
「これはお前の母のものか」
幼王が赤いそれを見た。しばらく黙っていた。
「……母上のものだ」
幼王の目が揺れた。母親がどこにいるのか分からない。海に身を投げたと聞いている。それがこうして証として目の前に出てきた。
カンゲンが扇を開いた。
「認めるしかないな」
周囲が静まり返った。
母に見捨てられた形になった幼王に、その場にいた者たちの目が集まった。同情が広がった。
カンゲンが静かに言った。
「処刑する」
その場が固まった。
「後顧の憂いを絶つ。南燕の血筋を残してはならない」
「カンゲン様」
ジョセンシが前に出た。
「幼王はまだ幼い。何の罪もない子供です。処刑は」
「黙れ」
「しかし……」
「黙れと言っている」
カンゲンの声に温度がなかった。
トウリョウも前に出た。
「ジョセンシの言う通りです。これは道理に反します」
「道理」
カンゲンが二人を見た。
「道理を説くか。ならばお前たちに道理を教えてやろう。邪魔な者は消える。それが道理だ」
カンゲンが手を振った。
「二人とも追放する。今すぐ建康を出ろ」
◆
その話が北府に届いたのは数日後だった。
ボクシが報告した。
「カンゲンが幼王を処刑した。反対したジョセンシとトウリョウを追放した」
俺は黙っていた。
カンゲンへの怒りはずっとあった。シャアンの敵として。北府を骨抜きにしようとした男として。だがそれはどこか政治の話だった。
乱世では珍しくない判断だと分かっている。後継者となり得る者を残せば禍根になる。合理的な判断とも言える。
だが分かっていても、許せなかった。
あの幼王の顔が頭から離れなかった。母を探すように周囲を見回していた顔が。
胸の中で何かが冷えた。怒りではなかった。もっと深いところにある、静かな嫌悪だった。
「カンゲンは……」
俺は言葉を探した。
「人でなしだ」
ボクシが黙った。
カムキが低く言った。
「同感だ」
誰も何も言わなかった。
◆
論功行賞が行われた。
南燕を滅ぼした功績は無視できなかった。建康から辞令が届いた。
リュウユウ、将軍に任ずる。
異例の出世だった。千人将から将軍へ。五千人将を飛び越えた。北府の将兵がざわめいた。
「……将軍か」
ボクシが静かに言った。
「カンゲンにしては気前がいいな」
「気前がいい時ほど裏がある。前にも言ったな」
「そうだ」
ボクシが地図を広げた。
「カンゲンはお前を建康にとどめようとするはずだ。将軍という地位を与えて手駒にしようとしている。北府から切り離したい」
「受けるか」
「受けるしかない。だが……」
ボクシが地図を指で叩いた。
「建康に入れば、カンゲンの目の届く場所に置かれる。動きを制限される。何かを仕掛けてくる可能性もある」
俺は将軍の辞令を見た。
シャアンが言っていた。大将軍を目指せ。
まだ途中だ。
「行く」
「覚悟の上か」
「カンゲンの手駒になるつもりはない。だが逃げるつもりもない」
ボクシが少し間を置いた。
「……気を付けろよ」
俺は辞令をたたんだ。
まだ終わっていない。それだけは確かだった。




