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チンピラだった俺が、たった27人で天下を取ることになった  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第4章 破約

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35話 信者の中へ

 ギエイたちが出発する前に、俺はボクシと二人で話した。


 夜の陣の端。焚き火が遠い。声が届かない場所を選んだ。


「ビャクレンを逃したい」


 俺は正直に言った。


 ボクシが黙った。しばらく焚き火の方を見ていた。


「……リュウロウシ将軍の四万が来れば、南燕は終わりだ」


「そうだ。トクが死んだ。有力な将軍も魏との戦いで討たれた。南燕に軍を指揮できる者はいない。信者の軍は士気だけで動いているが、いずれ崩れる。リュウロウシ将軍は苦戦するだろうが、最終的には勝つ」


 ボクシが少し俺を見た。


「崩れた後、ビャクレンは建康に護送される」


「カンゲンがそう命じる。間違いない」


「そうなる前に逃したい。死んだことにして」


 ボクシがまた黙った。今度は長かった。


「……お前、ビャクレンに会ったのか」


 俺は答えなかった。


 ボクシは追及しなかった。


「取り込まれたとは思わない。だがお前の中に何かある。それは分かる」


「……ああ」


「理由はそれだけか」


「それだけではない」


 俺は顔を上げた。


「太平道を潰しても、別の信仰が生まれるだけだ。人が苦しんでいる限り、救いを求める者は出てくる。カンゲンがビャクレンを建康に連れていけば、太平道は政治に利用される。そうなれば信者がまた死ぬ。だったら政治と関わらせず、どこか遠くで残す方がいい」


 ボクシがしばらく黙っていた。


 それから少し表情が変わった。


「……お前にしては、よく考えているな」


「失礼なやつだ」


「褒めているんだ」


 ボクシが珍しく口の端を上げた。


「チンピラが政治を語るとは思わなかった」


「俺はもうチンピラじゃない」


「そうだな」


 ボクシが静かに頷いた。それから地図を広げた。


「どうやって逃す」


「……そこまで考えていない」


 ボクシが小さく息を吐いた。


「お前らしいな」


「海に逃せ」


「海」


「東に倭という島国がある。遠い。追っては来られない。チョウセキの船で運べ。あいつなら口が堅い」


 倭。


 聞いたことのない名前だった。島国。東の海の向こう。


(……もしかして日本か)


 確信はなかった。勉強してこなかったから分からない。だがなんとなく、そんな気がした。


「分かった」


「いいのか。命令違反だ。俺も共犯になる」


「だが……」


 ボクシが地図をたたんだ。


「お前が間違っているとは思わない。それだけだ」


 それからボクシが一つ聞いた。


「ビャクレンは従うと思うか」


 俺は少し考えた。考えたが、答えはすぐ出た。


「従う」


「根拠は」


「勘だ」


 ボクシが俺を見た。


「……勘か」


「お前は信用しないだろうが」


「いや」


 ボクシが静かに言った。


「お前の勘はこれまで外れたことがない。北府に入った時から知っている」


 俺は少し驚いた。ボクシがそんなことを言うとは思っていなかった。


「だったら最初から聞くな」


「確認したかっただけだ」


 ボクシが立ち上がった。


「行くぞ。ギエイに話をつける」



 出発前、俺はギエイを呼んだ。


「本当の任務を話す」


 ギエイが俺を見た。


「城内の情報収集だけではない。ビャクレンに接触して、城外に連れ出せ。死んだことにして船に引き渡す。チョウセキに話はつけてある」


 ギエイが少し間を置いた。


「……難易度が高い任務ですね」


「断っていい」


「受けます」


 迷いがなかった。


「ただ一つ確認させてください。ビャクレンが拒否した場合は」


「説得しろ。それでも駄目なら引き上げろ」


「分かりました」


 ギエイが四人の方へ向かった。四人を集めた。俺には声が届かなかったが、四人の顔が順番に変わっていくのが見えた。フコウシが静かに頷いた。コウビが「分かった」と低く言った。モウシュウシは目を見開いた。テイゴは無言で頷いた。


 五人が夜の闇に消えていった。



 城内は思ったより動いていた。


 信者が続々と入ってくる。老いた者、若い者、子を抱えた母親。みな同じ目をしている。縋るような目だ。


 ギエイと四人は信者に紛れて城門をくぐった。ギエイは周囲を素早く確認しながら歩いた。兵の配置。城門の構造。食糧庫の位置。全部頭に入れていく。


 広場に人が集まっていた。


 口移しの儀式だった。


 ビャクレンが座っていた。一人一人の前に膝をついて、米を口移しで渡している。白い衣。長い黒髪。静かな顔をしていた。


 フコウシが隣のコウビに小声で言った。


「……あれがビャクレンか」


「ああ」


 コウビが低く答えた。普段の大声が鳴りを潜めていた。


 モウシュウシは顔が赤くなっていた。


 テイゴは無言だった。だが目が変わっていた。いつもの寡黙とは違う何かがあった。


 ギエイが四人を見回した。


「惚れるな」


「惚れていない」


 コウビが小声で言ったが、声が少し上ずっていた。


 ビャクレンが老いた男の前に膝をついた。そっと米を口移しで渡した。男が目を閉じた。涙が頬を伝った。ビャクレンは次の者の前へ移った。表情は変わらなかった。だが目が優しかった。


 フコウシが静かに言った。


「……この人を建康に送るのか」


 誰も答えなかった。


 答える必要がなかった。


 四人の目が変わった。任務の意味が腹に落ちた瞬間だった。



 夜になった。


 ギエイと四人は物陰に潜んでいた。接触の機会を待っていた。


 その時、気配がした。


 ギエイが手を上げた。四人が止まった。


 闇の中から人影が現れた。一人ではない。複数だ。


 先頭に立つ小柄な人影がギエイたちを見た。


 目が合った。


 その目は冷たかった。品定めするような目ではない。もう判断が終わっている目だ。


「信者ではないですね」


 静かな声だった。女の声だった。


「どこから来ましたか」


 また静かな声。だが周囲の人影が少しずつ動いていた。


 ギエイと四人は背中合わせになった。


 両者が動かなかった。


 夜の静寂の中で、互いの息だけが聞こえた。

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