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チンピラだった俺が、たった27人で天下を取ることになった  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第4章 破約

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33話 抵抗

 下邳への道は沢が多かった。


 以前、広固へ向かう際に通った地域だ。地形は頭に入っている。だが改めて見ると、沢と泥濘が道のあちこちに広がっていた。


 ギエイが戻ってきた。


「前方にも沢があります。馬は足を取られます」


「騎馬は使えないか」


「難しいと思います」


 モウチョウが舌打ちした。


「この地形では騎馬の出番がない」


「歩兵の戦いだ」


 ボクシが静かに言った。


「覚悟しておけ」


 俺は周囲を見渡した。


 湿った土。細い水路。足元が悪い。この地形で二千の兵を動かすのは骨が折れる。だが敵も同じ条件だ。



 一日進んだところで、斥候が戻ってきた。


「前方に敵の集団がいます。数は……相当います」


「どのくらいだ」


「五千以上かと。旗はありません。ただ……」


 ギエイが少し間を置いた。


「普通の兵ではありません。太平道の信者です」


 部隊が静まり返った。


 五十万が魏の連環馬に討たれた。それでもまだこれだけいる。信者の数の底が知れなかった。


「どんな様子だ」


「目が違います。怒っています。ただの怒りではない。……東晋の旗を見て叫んでいました」


「何と叫んでいた」


「約束を破った裏切り者、と」


 誰も何も言わなかった。



 衝突は突然だった。


 信者の集団が丘の向こうから現れた。武器はまちまちだ。槍もある。農具もある。だが全員が走っていた。叫びながら走っていた。


「約束を破った東晋め!」


「裏切り者!人でなし!」


「三年の約束はどこへ行った!」


 声が波のように押し寄せてきた。死を恐れていない目だった。憎しみだけで動いている目だった。


「迎え撃て!」


 カムキが号令を飛ばした。


 カムキの千人隊が前に出た。激突した。


 だが信者の集団は止まらなかった。普通の兵なら怯む場面でも退かない。仲間が倒れても構わず前に出てくる。カムキの隊の中央が押された。左翼が崩れかけた。


「カムキ!」


 俺は棍棒を握った。


「ドウサイ、ドウキ、前へ!カムキの左翼を支えろ!」


 俺の隊が動いた。崩れかけたカムキの左翼に割り込んだ。ドウサイが盾のように立ちはだかった。ドウキが石礫を連射した。


 それでも信者は押してくる。


 俺は棍棒を振るいながら前に出た。一人、また一人と打ち倒した。だが後ろからまた来る。次々と来る。


(こいつらは怖くないのか)


 怖くないのではない。怖さより憎しみが勝っているのだ。


「いったん退け!」


 俺は叫んだ。


 二千の兵が後退した。信者の集団は追ってきたが、ある地点で止まった。それ以上は追ってこなかった。



 丘の裏に退いた。


 カムキが来た。鎧に血がついていた。


「助かった」


「無事か」


「俺はな。だが……三十人近くやられた」


 カムキが地面を見た。珍しく表情が暗かった。


「普通の戦いではない。あいつらは死ぬつもりで来ている」


「分かった」


 俺は黙って前方を見た。信者たちがまだ遠くで叫んでいる声が聞こえた。


(約束を破った裏切り者)


 その言葉が頭の中で繰り返されていた。


 ボクシが来た。険しい顔をしていた。


「損害の確認が終わった。カムキの隊が三十二。俺たちの隊が十八。合わせて五十だ」


「最初の一当たりでそんなにか」


「しかも相手はまだ崩れていない。信者はあの数だけではないかもしれない。次々と補充される可能性がある」


 俺はボクシを見た。


「ボクシ。お前はどう見る」


 ボクシが少し間を置いた。それから静かに言った。


「最初からこうなると分かっていた者がいる」


「カンゲンか」


「そうだ」


 ボクシが地図を広げた。


「考えてみろ。太平道の信者が五十万討たれた。だがそれは魏がやったことだ。東晋への恨みではない。ところがここで東晋が三年の約束を破って攻め込んだ。どうなる」


「信者の憎しみが東晋に向く」


「そうだ。しかも弱り切っているはずの南燕が、憎しみで凝り固まった集団に変わる。普通の軍より厄介だ。死を恐れない兵ほど始末に悪いものはない」


 俺は黙って聞いていた。


「カンゲンはこれを見越していた。太平道の信者がどれだけ東晋を憎むか。その中に北府の先鋒を突っ込ませれば何が起きるか。全部計算の上だ」


「北府を消耗させるためか」


「そうだ」


 ボクシが地図を指で叩いた。


「北府がここで削られる。一戦ごとに兵が減る。帰る頃には使い物にならないくらい消耗している。そうなればカンゲンが北府に手を伸ばしやすくなる。シャアン様が亡くなった今がカンゲンにとって好都合だ」


 カムキが傍らで聞いていた。拳を握っていた。


「汚い手を使う」


「汚いが、巧い」


 ボクシが静かに言った。


「俺たちが悩んでいる間にも兵は減る。怒っている間にも兵は減る。カンゲンはそれを狙っている」


 俺は遠くを見た。


 信者たちの叫び声がまだ聞こえていた。


「なあ、ボクシ」


「何だ」


「あの信者たちは間違っていないな」


 ボクシが俺を見た。


「東晋が三年の約束を破った。弱った国に止めを刺しに来た。あいつらが怒るのは当たり前だ」


「……そうだな」


「カンゲンはこの憎しみを利用した。あいつらの怒りをうまく使って北府を削る道具にした」


 俺は地面を見た。


「シャアン様が命を懸けて守ろうとした東晋が、カンゲンのせいであんな目で見られている」


 誰も答えなかった。


 答えられるものがいなかった。


 信者たちの声はまだ続いていた。


 約束を破った裏切り者。


 俺はその言葉を振り払えなかった。カンゲンへの怒りと、自分がここにいることへの後ろめたさが、胸の中でぐるぐると回っていた。


 だが立ち止まるわけにはいかない。


「ボクシ。次の手を考えろ。正面からでは消耗するだけだ」


「分かっている。少し時間をくれ」


 ボクシが地図に向かった。


 俺は棍棒を握り直した。


 カンゲンの企みに乗せられたまま終わるつもりはなかった。だがここを切り抜けなければ何も始まらない。


 まだ終わっていない。それだけを胸に刻んだ。

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