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チンピラだった俺が、たった27人で天下を取ることになった  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第4章 破約

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32話 破約

 千人将の辞令が届いた翌日、京口の一角に屋敷が与えられた。


 大きくはない。だが門があり、庭があり、兵が詰める部屋が並んでいた。前の持ち主は誰だったのか知らない。壁に染みがあった。床板が一枚軋んだ。それでも俺には十分すぎた。


「隊長。ここが拠点になるんですか」


 ドウキが庭を見回しながら言った。


「そうだ」


「広いですね」


「お前の村の家より広いか」


「比べものになりません」


 ドウキが笑った。


 ボクシが部屋の一つを覗いた。


「参謀部屋はここでいい。地図を広げる机が必要だな」


「勝手に決めるな」


「誰かが決めなければ動かない」


 言い返す気になれなかった。


 アイが井戸を確認していた。モウチョウが馬小屋の広さを測っていた。ギエイはすでに屋敷の周囲を一周して戻ってきていた。


「東側に死角があります。夜は見張りを一人置いた方がいい」


「分かった」


 みんなが動いていた。俺が何も言わなくても、それぞれが自分の仕事を見つけていた。


 俺は門の前に立って、屋敷を眺めた。


 チンピラだった男が、千人将になって屋敷を持った。


 笑えるような、笑えないような気分だった。


 ◆


 翌朝、屋敷に人が集まり始めた。


 見慣れた顔がある。ドウサイ、ショカツ、シャカイ、ドウキ、カンシュク、モウチョウ、ギエイ、ボクシ。南燕の戦いから共に戦ってきた面々だ。


 見慣れない顔が四つある。


 一人目は細身の男だった。背筋が伸びている。目が真っ直ぐだ。


「フコウシです。よろしくお願いします」


 短く言った。それだけだった。口数が少ない男だと分かった。


 二人目は大柄な男だった。日焼けした顔に白い歯が光った。


「コウビです!よろしく頼む!」


 声が大きかった。屋敷が揺れそうだった。


 三人目は若かった。俺より年下に見える。目が輝いていた。


「モウシュウシです。精一杯やります」


 向上心が顔に出ていた。


 四人目は言葉がなかった。ただ深く頭を下げた。


「……テイゴだ」


 それだけだった。体格はドウサイに負けないほどだ。寡黙な男だと分かった。


 俺は全員の前に立った。


 千人の兵が屋敷の前に並んでいた。これだけの数を率いるのは初めてだった。


「俺はリュウユウだ。白紙将校と呼ばれている男だ。一つだけ言う」


 全員が俺を見ていた。


「俺は誰も無駄死にさせない。それだけだ」


 誰も何も言わなかった。


 ボクシが横で小さく頷いた。


 ◆


 千人隊の編成が終わった三日後、建康から使者が来た。


 リュウロウシが使者を引見した。俺も同席した。


 使者が文書を読み上げた。


 南燕討伐の出陣命令だった。


「南燕は魏の侵攻により広固を失い、下邳へと逃れた。王トクは病死し、弱体化した残兵が下邳に籠もるのみ。東晋はかつて南燕と三年の不可侵を約したが、この乱れた情勢に鑑み、今こそ南燕に止めを刺すべき好機とみなす。下邳を攻略し、南燕を討滅せよ。北府からリュウユウ千人将の千人隊を先鋒として指名する」


 使者が去った後、部屋が静まり返った。


「シャアン様の喪も明けていない」


 カムキが低く言った。


「それでも命令か」


「勅令だ」


 リュウロウシが静かに言った。


「断れない」


 俺は黙っていた。シャアンの位牌がまだ屋敷にある。香の煙がまだ漂っている気がする。その中でもう次の戦への命令が来た。


「三年の約束を破るのか」


 ボクシが静かに言った。誰に向けた言葉でもなかった。


「カンゲンの判断だ」


 リュウロウシが答えた。


「弱った相手を踏みにじる。それがカンゲンのやり方だ」


「なぜ俺の千人隊が先鋒なんですか」


「カンゲンだろう」


 リュウロウシが静かに言った。


「シャアン様が亡くなったこの時を狙って、お前を前線に立たせる。使い潰すつもりかもしれん。あるいは……」


 リュウロウシが言葉を切った。


「戦功を立てさせて、その後に遠ざける。どちらにしてもカンゲンの思惑がある」


 ◆


 翌日、追加の命令が届いた。


 千人隊だけでは戦力が不足するため、カムキの千人隊も同行させる。


 カムキが俺のところへ来た。


「また一緒か」


「俺も驚いている」


「お前がいると面倒だ」


「俺もそう思う」


 カムキが鼻を鳴らした。だが目が笑っていた。


 カムキの隣に見慣れない男がいた。細身で目つきが鋭い。


「俺の副官だ。リュウイという」


 リュウイが俺を見た。品定めするような目だった。


「聞いていますよ。カクレンを退けた千人将。白紙将校とも呼ばれているとか」


「そうだ」


「俺はカムキ将軍の副官だが、実力では誰にも負けない」


 ボクシが横で小さく息を吐いた。


「威勢がいいな」


「事実を言っているだけです」


 カムキが苦笑した。


「こういう男だ。悪く思うな」


「思っていない」


 俺はリュウイを見た。目つきは悪いが、芯がある。嫌いではなかった。


 ◆


 夜、ボクシが俺を呼んだ。


「話がある」


 二人で地図を広げた。


「南燕の現状を整理する」


 ボクシが地図の上で指を動かした。


「南燕はもう広固にいない。魏に落とされ、下邳へ逃れた。トクは病死した。今の南燕は弱い王を担いだ残兵が下邳に籠もっているだけだ。俺たちの目標はその下邳だ」


「落とせるか」


「兵力差は圧倒的だ。籠城されても時間をかければ落ちる。問題はそこではない」


「何が問題だ」


 ボクシが少し間を置いた。


「太平道の女教祖、ビャクレンのことは知っているか」


 俺は表情を変えないようにした。


「名前は聞いたことがある」


「南燕の残兵と共に下邳にいる。弱王を連れて逃れたという話だ。信徒がまだついている可能性がある」


「……そうか」


「信徒が籠城に加わればそれだけ長引く。ただの軍事拠点ではなく、宗教的な結束が加わる。厄介だ」


 ボクシは気づいていない。俺とビャクレンの間に何があったか、知らない。だからこそ淡々と言える。


「それと、もう一つ考えておくべきことがある」


「何だ」


「ビャクレンをどう扱うか、だ。ただの南燕の残党として処分するのか。それとも別の道があるのか。攻める前に決めておかないと、城が落ちた後に混乱する」


 俺は地図を見たまま黙っていた。


 下邳。ビャクレンがいる城。


 俺が攻める城だ。


「……考えておく」


「そうしろ。お前が先鋒だ。最初に城門を破るのはお前の隊になる」


 ボクシが地図をたたんだ。


「ボクシ」


「何だ」


「助かる」


 ボクシが少し間を置いた。


「礼はいい。その代わり、死ぬな」


 それだけだった。


 俺は一人になった。


 ビャクレンは下邳にいる。俺が攻める城にいる。


 三年の約束を破って攻める。弱った国に止めを刺しに行く。


 それがカンゲンの命令だ。


 シャアンの香の煙がまだ消えていない気がした。


 それでも前を向くしかなかった。まだ終わっていない。それだけは確かだった。

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