29話 巨大な弓
攻城が始まった。
最初は梯子だった。
何十本もの梯子が城壁にかかった。兵が登り始める。だが城壁の上から矢が降ってくる。石が降ってくる。登りかけた兵が次々と落とされた。
「駄目だ。梯子では届かない」
カムキが舌打ちした。
次は丸太だった。
太い丸太を担いだ兵の集団が城門へ向かった。助走をつけて叩きつける。轟音が響いた。だが門は揺るがなかった。また叩く。また轟音。また揺るがない。
「あの門、どれだけ分厚いんだ」
ドウキが呆れた顔で言った。
「井闌車を出せ」
シュカが命じた。
西府の陣から巨大な木製の塔が引き出されてきた。車輪がついている。城壁と同じ高さかそれ以上ある。上部に兵を乗せて城壁へ近づけ、同じ高さから攻撃する兵器だ。
「あんなものを持ってきていたのか」
ショカツが目を見張った。
「金に物を言わせているな」
ボクシが静かに言った。
井闌車がゆっくりと城壁へ近づいていく。上部に弓兵が乗っている。城壁上のヨウソウの兵と同じ高さになった。矢の撃ち合いが始まった。
その時だった。
城壁の上からヨウソウが手をかざした。
炎が降ってきた。
火魔法だ。井闌車に火が燃え移った。乾いた木が一気に燃え上がった。上に乗っていた兵が飛び降りた。井闌車が炎に包まれて崩れ落ちた。
「……」
シュカが無言で見ていた。
次は投石車だった。
巨大な石が弧を描いて城壁に当たった。轟音が戦場に響いた。
だが城壁はびくともしなかった。
また石が飛んだ。また轟音。また揺るがない。
「何百年も戦乱を生き延びてきた城だ」
リュウロウシが静かに言った。
「そう簡単には落ちない」
シュカが馬を寄せてきた。
「リュウロウシ将軍。このままでは埒が明きません。何か策はありますか」
「兵糧攻めしかあるまい。時間をかけて兵糧を尽きさせる」
「それでは時間がかかりすぎる。カンゲン様が……」
「カンゲン殿が何だ」
リュウロウシの目が細くなった。シュカが口を閉じた。
◆
そこへチョウセキの船団が来た。
漢水を遡って補給物資を運んできた。兵糧、矢、薬。北府に必要なものが次々と荷揚げされていく。
「早い。手際がいいな」
カムキが感心した声で言った。
チョウセキが岸に降りてきた。
「リンシが仕切っているからだ。俺は船を出すだけだ」
「リンシ?」
俺は荷揚げの方向を見た。
いた。
リンシが商人たちに矢継ぎ早に指示を出している。どこに何を運ぶか、どの順番で荷揚げするか。完全に別の顔だった。
「いつの間に補給路を」
「広固からの帰りに話をつけていたそうだ」
チョウセキが笑った。
「北府が後秦と戦うなら補給が必要になると読んでいたらしい。先手を打っていた」
「あの女……」
「俺も最初は驚いた。航路と補給拠点と物資の手配、全部一人で組んでいた。俺はただ言われた通りに船を動かしただけだ」
チョウセキが腕を組んだ。
「あれだけの頭を持った商人は初めて見た。正直、惚れ直した」
「やめておけと言っただろ」
「分かっている。だがそう言わずにはいられない」
チョウセキが苦笑した。
「ところであの女、今回は普通の物資だけじゃないぞ。とんでもないものを積んできた」
「とんでもないもの?」
「自分で見ろ。俺には何なのか分からなかった」
リンシが俺に気づいた。手を振った。
「ユウ。久しぶりですわ」
「なんでここにいるんだ」
「商売ですもの。戦場でも商売はあります。ふふふ」
俺は返す言葉がなかった。
リンシが荷馬車を指さした。
「それより、これを見てください」
大きな布に包まれたものが荷馬車に積まれていた。
「なんだ」
「降ろしてください」
兵たちが荷馬車から慎重に降ろした。布が外れた。
巨大な弓だった。
普通の弓の三倍はある。弦が複雑な機構で張られている。矢の先に奇妙な仕掛けがついていた。全体が黒光りしていた。
「魔道具です」
リンシが言った。
「矢が軌道を修正しながら目標を追尾します。少々的を外しても当たります。破壊力も飛距離も普通の弓の比ではありません」
「どこで手に入れた」
「西域との取り引きです。とても高かったですわ」
「西域……」
「あちらには東晋にない技術があります。今回はそれを使わせてもらいました」
ボクシが弓を眺めた。
「理屈は分かる。だが誰が引く」
「それを探すのも戦いではないですか。ふふふ」
「それは商人の仕事じゃないのか」
「私は道具を届けるまでが仕事ですわ」
リンシが涼しい顔で言った。
「これで城壁上のヨウソウを狙えれば、火魔法を封じられます。指揮官を封じれば守備が崩れます」
◆
カンシュクが弓に近づいた。
「私が引きます」
弦に手をかけた。引こうとした。
動かなかった。
「……」
カンシュクの顔色が変わった。北府随一の弓の使い手だ。これまで引けなかった弓はない。それが微動だにしなかった。
「もう一度」
両手で弦を掴んだ。全身の力を込めた。弦が少し動いた。だがそれだけだった。引き絞れなかった。
「駄目か」
ドウサイが代わりに試みた。巨体で弦を掴んで引っ張った。びくともしなかった。
「俺がやる」
俺が前に出た。棍棒に魔力を込める要領で、腕に力を集中させた。弦に手をかけた。引いた。
弦がわずかに動いた。カンシュクより動いた。だが引き絞るには程遠かった。
「力じゃないな」
「別の何かが必要なようですわ」
リンシが首を傾けた。
「何が必要なんだ」
「西域の職人から聞いた話では、魔力を流す必要があるそうです。ただしどの系統の魔力かまでは……」
「なんで最初から言わないんだ」
「聞かれなかったので」
俺は頭を抱えた。
「あなたが力任せに引こうとするのが分かっていましたから。まず試してもらわないと」
リンシが微笑んだ。
カンシュクが再び弓に向かった。今度は力を抜いた。弦にそっと触れた。水系統の魔力をゆっくりと流してみた。弦がかすかに光った。少し動いた。
「……動いた」
「水系統か。もっと流せるか」
「やってみます」
カンシュクが魔力を増やした。弦がまた動いた。だがまだ引き絞れなかった。
「水系統では足りないのか。それとも量が足りないのか」
「分かりません。もう少し試してみます」
カンシュクと巨大弓の格闘が続いた。
日が傾いてきた。それでもカンシュクは弓の前から離れなかった。
チョウセキが俺の隣に来た。
「あの弓、引けるようになるのか」
「分からない」
「高かったんだろうな」
「西域からの品だそうだ」
「……リンシがそれを持ってくるとは」
チョウセキが遠くでカンシュクと格闘している弓を眺めた。
「俺はただの船乗りだ。あの女の考えることは半分も分からん」
「俺も同じだ」
二人で黙って見ていた。
カンシュクがまた弦に魔力を流した。弦が光った。
まだ引き絞れなかった。




