27話 連撃
アイが俺の前に立った。
「待て」
「どいてくれ」
「どかない」
アイが腕を広げた。俺の行く手を塞いでいた。
「左肩はまだ完治していない。一昨夜の治癒で動けるようにはなったが、全力は出せない状態だ」
「分かっている」
「分かっていない」
アイの目が真っ直ぐ俺を見ていた。
「一昨夜、ドウサイとショカツと三人がかりで仕掛けた。それで勝てなかった。今日一人で行って何になる」
「一人じゃない」
「ドウサイもショカツもまだ傷が残っている。お前もだ。同じことをもう一度やるだけだ」
「同じじゃない」
俺はアイの目を見た。
「リュウロウシ将軍が一緒に出る。それに、今度はあいつの弱点が分かっている」
アイがしばらく俺を見ていた。それから小さく息を吐いた。
「左肩に無理をかけるな。それだけ約束しろ」
「......ああ」
アイが道を開けた。それ以上は何も言わなかった。だがその目が、俺の背中をずっと追っているのが分かった。
◆
ハンリョウの遺体が運ばれていった。
西府の兵が後退していく。シュカが陣を立て直しながら、リュウロウシのところへ馬を寄せてきた。
「リュウロウシ将軍。申し訳ない。ハンリョウが無謀な突撃を……」
「構わない」
リュウロウシが遮った。
「次は北府が前に出る」
「しかし……北府は一昨夜の夜襲で損害が」
「五百人隊が襲撃された程度だ。問題ない」
シュカが口を閉じた。リュウロウシの目を見て、それ以上は言わなかった。
リュウロウシが俺を呼んだ。
「ユウ」
「はい」
「先陣を命じる。あの女将軍を引き出せ」
「……引き出してどうします」
「俺が続く。二人で相手をする」
俺はリュウロウシを見た。一昨日の一騎打ちを思い出した。あの老将がカクレンをいなした時の槍さばきを。
「分かりました」
リュウロウシが小さく頷いた。それから静かに言った。
「お前の読みを信じる。左の振りが遅いんだろう」
「……はい」
「俺が右から圧力をかける。左を空けるように見せる。カクレンが右の鉄鞭で踏み込んだ瞬間、左が一息遅れる。そこにお前が入れ」
「分かりました」
単純だった。だがそれだけに、どちらかが一瞬でも読みを外せば終わりだという緊張感があった。
◆
後秦の陣からカクレンが出てきた。
昨日と同じ黒い鎧。両腰の鉄鞭。馬上から東晋軍を見渡した。
俺の姿を見つけた。
(また来たか)
カクレンの目が細くなった。一昨夜叩き潰したはずの男が、まだ立っている。左肩の動きが鈍いのは分かる。それでも来た。
(しぶとい。だが今日こそ終わらせる)
カクレンが馬を進めた。
◆
「死に損ないどもが」
カクレンが静かに言った。
俺の隣にドウサイとショカツがいた。二人とも包帯を巻いている。それでも武器を手にして立っていた。
「まとめて相手してやる」
ドウサイが斧を担いだ。
「望むところだ」
カクレンが右の鉄鞭を振った。ドウサイが斧で受ける。弾かれながらも踏ん張った。ショカツが大剣で横から切り込む。カクレンが左の鉄鞭で払う。
俺が棍棒に魔力を流した。右から踏み込む。カクレンが体を半回転させて対応した。三方向からの攻撃をさばきながら、それでも余裕がある。
「隊長!」
ドウサイが突然、カクレンの馬めがけて走った。
「ドウサイ!」
止める間もなかった。ドウサイが馬に飛びついた。巨体で馬の首にしがみつき、そのまま体重をかけた。
馬が傾いた。
バランスを崩した馬が横に倒れた。カクレンが飛び降りた。ドウサイは馬の下敷きになった。
「ドウサイ!」
「……問題ない!やれ!」
くぐもった声が返ってきた。
カクレンが地に降りた。鉄鞭を構え直した。
「馬を道連れにするとは」
初めて感心したような声だった。
「だが地の戦いでも、お前らには負けん」
俺は馬上から棍棒を振り下ろした。同時にショカツが大剣を横に薙いだ。上下から挟む形だ。
カクレンが両の鉄鞭を交差させた。上の棍棒を受け、下の大剣を踏み込んでかわした。
「くっ……!」
ショカツが体勢を崩した。カクレンが左の鉄鞭を素早く振った。ショカツの大剣が弾き飛んだ。そのまま右の鉄鞭がショカツの胴を打った。
ショカツが吹き飛んだ。起き上がらなかった。
「ショカツ!」
矢が来た。カンシュクだ。
カクレンが右の鉄鞭を振った。矢を叩き落とした。
シャカイの風が来た。刃のように鋭い風の剣だ。ボクシの火が続く。
カクレンが鉄鞭を旋回させた。風を切り裂き、炎を散らした。
「……やるな」
カクレンが俺を見た。
俺は馬首を返して突っ込んだ。棍棒を連続で振る。左、右、上、下。手数で押した。
カクレンがひとつひとつ鉄鞭でいなした。一歩、また一歩と後退しながらも崩れなかった。
突然、カクレンが踏み込んだ。俺の攻撃の間隙を縫って内側に入った。鉄鞭の先端が俺の右腕を掠めた。
棍棒が手から離れかけた。
カクレンが横に動いた。シャカイへ向かった。
「シャカイ!」
鉄鞭がシャカイの足を払った。シャカイが倒れた。カクレンが鉄鞭を持ち上げた。止めを刺そうとした。
その瞬間、石礫が来た。
カクレンの顔面すれすれを飛んだ。目眩しだ。ドウキだ。
カクレンの動きが一瞬止まった。鉄鞭の軌道が僅かにずれた。シャカイへの一撃が外れた。
「……!」
カクレンが石礫の来た方向を見た。ドウキが次の石礫を握っていた。
俺は棍棒を握り直した。限界だった。腕が震えていた。左肩が悲鳴を上げていた。それでも動いた。
だが踏み込む力がなかった。
(終わりか)
その瞬間、右から馬蹄の音が来た。
リュウロウシだった。
槍を構えて一直線に突っ込んできた。
「カクレン!」
カクレンが右の鉄鞭で槍を受けた。重い衝撃だった。カクレンの体が右へ流れた。
左がガラ空きになった。
「……っ!」
カクレンが気づいた時には遅かった。
俺の棍棒が左側から叩き込まれていた。
カクレンが鉄鞭で防いだ。それでも衝撃は殺しきれなかった。体が大きく吹き飛んだ。
地面に転がった。
すぐに立ち上がった。
鎧が砕けていた。左腕が痺れていた。口の中に血の味がした。
カクレンは自分の左手を見た。鉄鞭を握ったまま、その手が小刻みに震えていた。
(弾き飛ばされた)
初めてだった。これほどの衝撃を受けたのは。ケイとの戦いでも、ここまでは。
目の前の男を見た。リュウユウ。左肩が限界のはずだ。それでも立っている。棍棒を構えている。目が死んでいなかった。
(厄介だ。本当に厄介な男だ)
「……やるな」
低い声が出た。
カクレンが周囲を見た。
配下の兵が押されていた。北府の各隊がカムキを中心に左翼を崩し、中央を突いていた。カンシュクの矢が後秦の指揮官を狙い撃ちにしていた。カクレンが二人に集中していた間に、戦況が変わっていた。
このままでは部隊が壊滅する。
(今日はここまでだ)
悔しくはなかった。いや、悔しかった。だがそれより先に、この男への評価が変わっていた。
後秦の陣から配下の兵が馬を引いて駆けてきた。
「カクレン様!」
カクレンは馬に飛び乗った。一度だけ振り返った。
リュウユウを見た。
(興味深い男だ。従わせたい.......)
感情が昂ってくるのを感じた。体の奥底が熱い。こんな気分になったのは初めてであった。
カクレンは馬腹を蹴り、後秦の陣へ消えていった。
◆
戦場が静まり返った。
俺は棍棒を地面についた。体を支えるためだった。左肩が燃えるように痛かった。
リュウロウシが馬を寄せてきた。
「よくやった」
「……将軍の読みが正確でした」
「お前が弱点を掴んでいたからだ。俺はそれを使っただけだ」
俺は何も言えなかった。
「ユウ」
「はい」
「あの女将軍、また来る」
「……分かっています」
「次はもっと手強くなる。今日の戦い方を覚えているからな」
リュウロウシが俺を見た。
「それでも戦えるか」
「戦えます」
リュウロウシが短く頷いた。それだけだった。
アイが走ってきた。ドウサイ、ショカツ、シャカイのところへ次々と向かっていく。怒りと安堵が混ざったような顔をしていた。
俺のところへ来た時、一言だけ言った。
「約束、守ったな」
「ああ」
「……無理はするな」
アイが俺の左肩に手を当てた。光が滲んだ。
漢水が静かに流れていた。
対岸の襄陽の城壁が夕日を受けて赤く染まっていた。




