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チンピラだった俺が、たった27人で天下を取ることになった  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第3章 襄陽の激闘編

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25話 襄陽の戦い② 夜襲

 カクレンは軍営の中で横になっていた。目が開いたまま天井を見ていた。


 今日の戦を反芻していた。北府の兵は強かった。野戦では互角だった。これほど手応えのある相手は久しぶりだった。


 だがそれよりも、あの男が頭から離れなかった。


 五百人将。たった五百人の指揮官だ。東晋の軍の中では取るに足りない地位だ。それなのに、あの男がいる場所だけ空気が違った。


(まるであの男と同じ匂いがする)


 ケイ。


 その名前が頭に浮かんだ。


 魏の王。カクレンを女に戻した男。剣を使う男だった。戦場でカクレンと相対した時、あの男も同じ目をしていた。怒りでも恐怖でもなく、ただ静かに相手を測る目だ。


 ケイとリュウユウは似ていない。体格も武器も戦い方も違う。だがその目の奥にある何かが、どこか重なった。


(厄介だ)


 カクレンは天井を見たまま考えた。


 今のリュウユウはまだ五百人将だ。兵も少ない。指揮する軍も小さい。今なら潰せる。このまま放置すれば、いつかケイのような存在になる。


 本能がそう告げていた。


(早々に退場してもらう)


 カクレンは起き上がった。


 鉄鞭を手に取った。金魔法を纏わせる。金色の光が暗闇の中でかすかに輝いた。


 軍営の外に出た。


 夜風が頬に当たった。月が出ていた。漢水が月光を反射して光っていた。


 気配は読める。経験が教えてくれる。


 あの方向だ。


 カクレンは手勢に待機を命じ、1人闇の中へ消えていった。



 俺は眠れなかった。


 軍営の外に出て、漢水を眺めていた。対岸の襄陽に灯りが見える。後秦の陣も暗い。今夜は静かだ。


 カクレンのことを考えていた。


 あの鉄鞭の重さが、まだ右肩に残っていた。アイが治癒をかけてくれたが、骨に響く感覚は消えていなかった。


 左の振りが右より一息遅い。


 それだけが、今日一日で掴んだことだった。次はそこを突く。だが次があるかどうかも分からなかった。あの強さを前にして、次が来る前に終わる可能性もあった。


 草を踏む音がした。

 振り返った。


 暗闇の中に人影があった。

 月明かりに黒い鎧が浮かんだ。


(カクレン)


 俺は棍棒を掴んだ。叫ぼうとした。


 その瞬間、カクレンが動いた。


 速かった。昼間より速い。夜の闇の中で金色の光が走った。


「くっ……!」


 俺は横に跳んだ。鉄鞭が空を切った。紙一重だった。


「起きろ!夜襲だ!」


 俺は叫んだ。


 陣の中が一気にざわめいた。焚き火が揺れた。兵たちが飛び起きる音がした。

 カクレンは俺だけを見ていた。周囲の兵には目もくれない。最初から狙いは俺だけだった。

 ドウサイが飛び出してきた。斧を構えている。


「隊長!」


「来るな!」


 間に合わなかった。ドウサイがカクレンに向かった。カクレンが右の鉄鞭を振った。ドウサイが斧ごと吹き飛んだ。


「ドウサイ!」


 ショカツが大剣を抜いて突っ込んだ。カクレンが左の鉄鞭で払った。ショカツが地面に叩きつけられた。


 二人とも起き上がれなかった。


 カクレンがまた俺を見た。

 静かな目だった。昼間と同じ目だ。感情がない。ただ仕事をしているだけという目だった。


 俺は棍棒に魔力を全力で流した。身体強化を限界まで上げた。体が軋む感覚がした。

 踏み込んだ。


 カクレンが両の鉄鞭を構えた。来い、と言っているような立ち方だった。


 俺は右から入った。カクレンの左の振りが右より遅い。左側から来る一撃をかわせれば次が見える。

 カクレンが右の鉄鞭を振った。俺は棍棒で受けた。腕全体に痺れが走った。それでも弾かれなかった。押し返した。


 カクレンの目が微かに動いた。

 俺が左に回り込もうとした瞬間、カクレンの体が回転した。右の鉄鞭が引き戻される。そのまま左の鉄鞭が来た。


 読んでいた。だが速かった。

 左肩に直撃した。

 体が浮いた。地面に叩きつけられた。視界が揺れた。

 起き上がろうとした。腕が言うことを聞かなかった。


 カクレンが近づいてくる。鉄鞭を持ち上げた。


 その瞬間、矢が飛んできた。


 カクレンが体を捻った。矢が鎧を掠めた。


 カンシュクだ。


 続けてドウキの石礫が飛んできた。カクレンが鉄鞭で弾く。また矢が来た。また石礫が来た。


 カクレンが舌打ちした。初めて感情らしきものが出た。


「退け!全員退け!」


 ボクシの声が飛んだ。


 北府の兵が動き始めた。整然とではなく、ただ後退していく。ボクシが陣形を整えながら退かせている。


 俺はギエイに肩を借りて立ち上がった。左肩が動かなかった。


 カクレンはそれ以上追ってこなかった。矢と石礫の牽制が続く中、静かに暗闇の中へ消えていった。



 夜が明けた。


 五百人隊の損害を確認した。


 死者、百四十七名。重傷者、九十二名。


 半数以上が失われた。


 ボクシが数字を読み上げた。その声に感情がなかった。感情を殺して読んでいるのだと分かった。


 俺は並んだ生き残りの顔を見た。疲れ果てた顔ばかりだった。怪我をしている者も多い。それでも立っていた。


「すまなかった」


 俺は言った。


 誰も何も言わなかった。


 ドウサイが包帯を巻いた腕で立っていた。ショカツが片膝をついていた。カンシュクが弓を持ったまま目を伏せていた。ドウキが石礫を握ったまま地面を見ていた。


 アイが俺の左肩に手を当てた。光が滲んだ。骨に響く痛みが少し引いた。


「ありがとう」


「礼はいい」


 アイは短く言ってドウサイのところへ移った。


 西府の陣の方から笑い声が聞こえた。


「北府の精鋭とやら、女将軍1人相手に壊滅させられたそうだな」


 ハンリョウの声だった。


「今は堪えろ」


 カムキが俺に声を掛けた。


 俺は黙って堪えた。


 ハンリョウの笑い声が続いた。シュカは何も言っていなかった。遠くからこちらを見ているだけだった。その目が何を考えているのか、俺には読めなかった。


 リュウロウシが来た。五百人隊の前に立った。生き残りの顔を一人一人見た。それから俺を見た。


「次はどうする」


 俺は答えた。


「五百人隊はもう動けません。俺一人で行きます」


「馬鹿なことを言うな」


 ボクシが即座に言った。


「馬鹿じゃない。あいつと正面から当たれるのは俺だけだ」


「一人で勝てるのか」


「……分からない。だが俺が引き付けている間に、囲む方法を考えてくれ」


 ボクシが黙った。


 リュウロウシが少し間を置いてから言った。


「今日は休め。明日のことは明日考える」


 それだけだった。


 俺は漢水を見た。

 川が静かに流れていた。昨夜の夜襲が嘘のように穏やかだった。


 対岸の襄陽の城壁が朝日を受けて白く光っていた。

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