22話 海路
金千斤を積んだ荷馬車が、広固の城門を出た。
荷車は十台以上連なっている。荷が重く、車輪が地面に深く沈む。その重さが、見る者の目には金の輝きとして映るのだろう。
「ギエイ」
「分かっています」
俺が声をかける前に答えが返ってきた。
「昨日から後をつけている者がいます。数は増えています。三十……いや、五十は超えているかと」
「そうか」
ボクシが地図を見ながら言った。
「この先、街道が林に挟まれる場所がある。そこで仕掛けてくるとみていい」
「カムキ」
「分かってる」
カムキが自分の隊に目配せした。静かに隊形が変わる。荷馬車を中央に、両翼を固める形だ。
しばらく進んだ。林が近づいてきた。街道が狭くなる。木々が頭上を覆い、日差しが遮られた。
前方に人影が現れた。三百人はいる。武装している。雑多な格好だが、目が揃っていた。金の匂いを嗅いだ目だ。
「止まれ!荷を置いていけば命だけは助けてやる!」
頭目らしき男が怒鳴った。
「断る」
カムキが剣を抜いた。
「俺に任せろ」
カムキが静かに言った。兵たちが動く。整然とした動きだ。陣形が組まれ、隙間なく固まる。
「行くぞ」
カムキの号令で、兵が一斉に前へ出た。
だが。
「待て待て待て!俺たちの番を奪うな!」
ドウサイが斧を肩に担いで、カムキの隊の横を突き破るように前に出た。
「お前は……」
「ずっと護衛護衛で退屈してたんだ。俺にやらせろ」
ショカツが大剣を抜いた。目が輝いている。
「俺も行く」
「おい待て!陣形が崩れ——」
カムキの声を無視して、二人は走り出した。
ドウサイが斧を一振りした。前列の十人が吹き飛んだ。
ショカツが大剣を横に薙いだ。また十人が吹き飛んだ。
賊たちが動揺した。押し寄せてくる。だが二人は止まらない。ドウサイが斧を振るうたびに、人が宙を舞う。ショカツが大剣を振るうたびに、地面に砂埃が上がる。
「化け物か!」
誰かが叫んだ。
賊の前列が崩れた。後列が逃げ始めた。そこにカムキの隊が入り込む。整然とした動きで、逃げる者を追い立て、残る者を押さえ込む。
あっという間だった。三百人の賊が、半刻も持たずに潰走した。
カムキがドウサイの隣に来た。
「……陣形というものがあるだろう」
「強けりゃいいんだろ、強けりゃ」
「そういう問題では——」
「二人で三百人を止めた。文句あるか」
カムキは何も言えなかった。
ドウサイが笑った。ショカツも笑った。
しばらく進むと、また別の一団が現れた。 今度は二百人ほどだ。別の賊だった。
「また来たな」
ユウが棍棒を握った。
「こっちは俺たちの番だ。カムキは下がれ」
「分かった。好きにしろ」
今度はカムキがあっさり引いた。
ドウキが石礫を拾った。ボクシが火球を構えた。シャカイが剣に手をかけた。
「行くぞ」
俺が棍棒に魔力を流した。
一振りで七人が吹き飛んだ。ドウキの石礫が顔面に当たった男が怯んだ隙にボクシの火球が飛ぶ。シャカイの風が賊の陣を掻き乱す。カンシュクが的確に急所を射抜く。
賊が散り散りになった。
二度目の戦いも、あっという間に終わった。
◆
「キリがないぞ」
俺は荷馬車を眺めながら言った。金千斤。それだけの金を運んでいれば、どこへ行っても賊が湧いてくる。
「ならば船を使おう」
ボクシが地図を広げた。
「都昌という港町がここから北東に二日ほどの場所にある。そこから船で京口を目指せば、陸路の危険を避けられる」
「海路か」
「荷の護送には適している。盗賊は海では動けない」
オウヒツが頷いた。
「賛成だ。このままでは荷を守りきれない」
都昌へ向かうことが決まった。
◆
都昌は小さな港町だった。海の匂いがした。潮風が肌に当たる。波の音が遠くから聞こえてくる。船が何艘か岸に繋がれていた。
リンシが素早く動いた。
「私に任せてください」
港の船主たちのところへ一人で向かっていく。
だが交渉は難航した。
「金千斤の護送など、危なすぎる。断る」
「賊に狙われたらどうする」
「うちの船は小さい。そんな大荷は積めん」
次々と断られた。金千斤という大金が、かえって仇になっていた。誰も引き受けたがらなかった。
俺はリンシの交渉を遠くから見ていた。断られるたびにリンシは顔色一つ変えず、次の船主のところへ歩いていく。
「あの女、しぶといな」
カムキが呟いた。
「商人だからな」
そこに一人の男が現れた。
でかかった。俺と同じくらいの背丈がある。日に焼けた肌に、無精髭が生えていた。腰に剣を差しているが、鎧は着ていない。船乗りの格好だ。
男はリンシを見ていた。それから俺たちの荷馬車を見た。それから俺を見た。
「あんたらが金千斤を運んでいる一団か」
「そうだが」
「護衛は何人だ」
「千人ほど」
男が眉を上げた。
「護衛千人で金千斤。それで陸路が危ないと判断して船を探している」
「その通りだ」
男はしばらく俺を見た。それから大きく笑った。
「面白い。乗った」
リンシが振り返った。男が近づいてくる。リンシを一瞥してから俺に向かって言った。
「俺はチョウセキだ。船団を持っている。十五艘ある。それで足りるか」
「足りる」
「ただし船賃は弾んでもらう。金千斤の護送だ。相応の値段になるぞ」
リンシが前に出た。
「その交渉は私が担当します」
チョウセキがリンシを見た。少し驚いた顔をした。
「あんたが?」
「何か問題がありますか」
チョウセキが笑った。
「ないな。やってみろ」
二人の交渉が始まった。リンシは淡々と数字を出す。チョウセキは大きな声で値を吊り上げる。リンシはそれを軽くかわす。チョウセキが唸る。リンシがまた数字を出す。
俺はその横で黙って見ていた。
カムキが隣に来た。
「あの商人、本当に何者だ」
「商人だよ」
「それだけじゃないだろ」
交渉が終わった。リンシが戻ってきた。
「まとまりました。最初の値段の六割で引き受けてもらいました」
「六割か。よくやった」
「ふふふ。商人ですもの」
チョウセキが俺の隣に来た。
「あの女、なかなかやるな」
「そうだろ」
「俺のことを調べ尽くして値段を出してきた。どこでそんな情報を掴んだんだ」
「商売のやり方だそうだ。教えてくれない」
チョウセキが笑った。
「気に入った。明朝出発する。荷の積み込みは今夜のうちに頼む」
◆
翌朝、船団が出港した。
十五艘の船が横並びになって港を離れていく。帆が風を受けてはためいた。
最初は良かった。
港を出て一刻ほどは、波も穏やかだった。空が広かった。海が光っていた。
(これは悪くない)
俺は舳先に立って海を眺めていた。
だが沖に出ると、波が高くなった。
船が揺れ始めた。
ゆっくりと、だが確実に、上下左右に揺れる。
「……おい」
ボクシの声が変だった。振り返ると、ボクシが船べりを両手で掴んでいた。顔が青い。
「大丈夫か」
「……大丈夫では、ない」
珍しく弱気な声だった。
そこへドウキが走ってきた。
「隊長!ボクシが!」
そう言うドウキも顔が青かった。
あちこちから呻き声が上がり始めた。
「……信じられん」
シャカイが甲板に膝をついていた。あの冷静なシャカイが、片手で船べりを掴んで顔を歪めている。
「シャカイまで」
「……黙れ。今は喋れない」
俺は自分の体を確認した。
揺れている。かなり揺れている。
だが、なぜか平気だった。
(木系統の身体強化か? それとも単に揺れに強いだけか)
よく分からなかった。ただ立っていられた。
アイが動いていた。
甲板を素早く移動しながら、倒れかけている者の背をさすり、水を渡し、魔法で体の状態を整えていく。
「深く息をしろ。吐く方に集中しろ」
「ありがとう……」
「礼はいい。次」
アイは止まらなかった。俺が見ているだけで、すでに十人以上を回っていた。
ボクシのところへ来た。
「ボクシ。目を閉じて遠くの波音だけを聞け」
「……試してみる」
「水を飲め。少しずつ」
アイがボクシに水を渡した。ボクシが小さく頷いた。
シャカイのところへ来た。
「シャカイ。横になれ。甲板に寝転べ」
「……尊厳が」
「今は尊厳より体だ」
シャカイが観念したように横になった。アイが腹に手を当てる。光が滲んだ。
「……少し楽になった」
「当然だ」
アイが次へ移ろうとした。
「アイ」
俺が声をかけた。
「何だ」
「休憩しろ。お前も顔色が悪い」
アイが俺を見た。少し間があった。
「……お前は大丈夫なのか」
「平気だ」
「なぜ」
「分からない。木系統の魔法かもしれない」
「……役に立つな、それは」
アイが珍しく素直に言った。
「俺が代わりに水を配る。お前は座れ」
「私の仕事だ」
「今は俺の仕事だ。座れ」
アイはしばらく俺を見ていた。それから、船べりに腰を下ろした。
「……少しだけ」
「分かった」
俺は水の入った桶を持って甲板を歩き始めた。
チョウセキが舵を握りながら俺を見ていた。
「あんた、船が平気なのか」
「ああ」
「珍しいな。陸の兵はたいてい駄目だ」
「体が丈夫なだけだと思う」
チョウセキが笑った。
「船乗りには向いているな。惜しいぞ」
俺は水を配りながら甲板を歩いた。
ボクシが水を一口飲んで、弱々しく言った。
「……俺はここで死ぬかもしれない」
「死なない」
「死ぬ気がする」
「船酔いで死んだ人間はいない」
「俺が最初になるかもしれない」
ドウキが隣で頷いた。
「俺もそんな気がします」
俺は二人の背を順番に叩いた。
「しっかりしろ」
波が高くなった。船が大きく傾いた。
あちこちで悲鳴が上がった。
それでも船は進んでいった。
京口を目指して、南へ。




