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チンピラだった俺が、たった27人で天下を取ることになった  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第2章 南燕編

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21話 赤の繋がり②

 ビャクレンが俺の正面に立った。


 近い。見上げるような距離だ。


「あなたの魔力の質……ソンオンと同じです」


 俺は黙っていた。


「ソンオンを知っているでしょう」


「……知っている」


「どこで会ったのですか」


「句章で。崖の上で」


 ビャクレンの顔が強張った。


「あなたが……追い詰めたのですか」


「俺が追いかけた。だが殺したわけではない。ソンオンは自分で身を投げた」


 長い沈黙だった。


 ビャクレンが目を閉じた。かすかに唇が震えていた。


「……あの子は怖がりだったんです」


 独り言のような声だった。


「強がってばかりで、本当は誰より怖がりで……」


 俺は何も言えなかった。


「あなたは同じ世界から来たのですか」


「……おそらく」


「おそらく?」


「俺はソンオンが転生者だと気づいたのは、崖の後だ。手に残った布地で分かった」


 ビャクレンの目が開いた。


「布地……」


 俺は懐に手を入れた。薄く滑らかな赤い布地を取り出した。この世界にはないものだ。


「これだ。ソンオンが履いていた」


 ビャクレンの手が伸びてきた。震えていた。

 受け取った瞬間、ビャクレンは布地を胸に抱いた。


 声は出なかった。

 ただ、膝から崩れ落ちた。


 俺は何も言えなかった。言葉が見つからなかった。ただそこに立っていた。

 燭台の光が揺れていた。甘い香の匂いが漂っていた。

 ビャクレンが泣いていた。声も出さずに、ただ泣いていた。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 ビャクレンがゆっくりと立ち上がった。目が赤かった。だがその目に、さっきとは違うものが宿っていた。


「……あなた、名前は」


「ユウだ」


「ユウ」


 ビャクレンが俺の名前を口にした。その響きが妙に静かだった。


「私はビャクレン。あなたも知っているでしょうけれど」


「知っている」


「ソンオンから聞きましたか」


「聞いていない。崖の上でソンオンが少し話してくれた。それだけだ」


 ビャクレンが布地を見つめた。


「あの子は……何を話しましたか」


「天に選ばれた者がいると言っていた。俺のことをそう呼んだ」


「そう……」


 ビャクレンが小さく笑った。泣いた後の笑いだった。


「ソンオンらしい。大げさなんです、あの子は」


 俺は黙っていた。


「同じ世界から来たということは……あなたも元の世界のことを覚えているのですね」


「ああ」


「スマホ、知っていますか」


 俺は少し驚いた。


「知っている」


「コンビニは」


「知っている」


 ビャクレンが目を細めた。今度の笑いは、さっきとは違った。


「久しぶりです。同じ言葉が通じる人と話すのは」


 その一言が、俺には刺さった。


 この世界に来て元の世界の言葉が通じる相手が、敵国の教祖だとは。


「ソンオンとは……何年一緒にいたんだ」


「この世界では10年近く。元の世界では……3年ほどです」


「3年か」


「女子高で出会いました。変な子だったんです。最初から」


 ビャクレンがまた布地を見た。


「この下着……私と揃いで買ったんです。赤いのが好きだと言って」


 俺は黙って聞いていた。


「あの子、死ぬ前に怖くなかったかな。一人で……」


 声が途切れた。


 燭台の光が揺れた。


 ビャクレンが俺を見た。


「ユウ。今夜、ここに残りなさい」


 俺は答えなかった。

 答えられなかった。


 ビャクレンが一歩近づいた。


「……お願いです」


 甘い香の匂いが漂っていた。断ることが出来なかった。そうするとビャクレンを深く傷つけるような気がした。俺はぎこちない手でビャクレンの背に手を回す。赤い布地が床に落ちた。


 燭台の光が、ゆっくりと揺れていた。



 気づいた時には夜が明けていた。


 しばらく天井を見ていた。

 広固の天井だった。見慣れない模様が施されていた。


 何かが変わった気がした。何が変わったのかは、うまく言葉にできなかった。ただ、隣にビャクレンの温もりが残っていた。


 俺はゆっくりと起き上がった。


 ビャクレンはすでに起きていた。窓の外を見ていた。夜明けの光が横顔に当たっていた。


「……行きなさい」


 俺を見ずに言った。


「ソンオンのことを話してくれてありがとう」


 それだけだった。


 俺は何も言えなかった。部屋を出た。



 廊下を歩いていると、アイとリンシが待っていた。

 示し合わせていたわけではないだろう。だが二人とも、そこにいた。

 アイが俺を見た瞬間、鼻をわずかに動かした。


 リンシも同じだった。

 沈黙が落ちた。


「……何の匂いだ」


 アイが低い声で言った。怒りを抑えた声だった。


「香だ。部屋に香が焚いてあった。それだけだ」


「そうか」


 アイの目が細くなった。信じていない目だ。


「何もないよ。本当に」


 リンシが少し間を置いてから口を開いた。


「……そうですか」


 微笑んでいた。だがその目だけが笑っていなかった。

 俺は全力で否定した。否定し続けた。


 アイは無言で歩いていった。

 リンシはもう一度だけ俺を見た。それから静かに視線を外した。

 その顔が、一番堪えた。



 講和の細かい条件を詰めるのに数日かかるという。広固での滞在が続いた。


 手持ち無沙汰になった頃、リンシが言った。


「近くに温泉があるようです。商人から聞きました」


「温泉?」


「体が固まってしまいますわ。皆さんで行きましょう」


 誰も反対しなかった。俺は正直、何でもよかった。昨夜からずっと頭が重かった。


 温泉は広固の城外、山の裾野にあった。小さな湯屋だったが、湯気が立ち込め、匂いが独特だった。

 湯に浸かった瞬間、体から力が抜けた。


 眠い。

 あまりにも眠かった。


 ボクシが何か言っていた気がする。カムキが笑っていた気がする。

 気づいたら広間の長椅子に横になっていた。

 天井が見えた。

 それから何も分からなくなった。



 女湯の方では、アイとリンシが湯船に並んでいた。


 湯気が立ち込めている。石造りの浴槽に、二人だけだった。


 しばらく無言だった。


 リンシがさりげなく視線を向けた。それからさりげなく自分を見た。


「……あら」


「何だ」


「いえ……私の方が大きいですわね」


 アイの目が細くなった。


「関係ない」


「そうですか?男性はそういうところを見ますわよ」


「見させない」


「ふふふ。でも私の方が大きいのは事実ですわ」


 アイが湯を手ですくってリンシに向かって跳ねた。


「私の方が若くて肌がきれいだ。それの方がよっぽど大事だ」


「まあ。確かに肌は綺麗ですね」


 リンシが素直に認めた。アイが少し拍子抜けした顔をした。


「……お前が素直に認めるとは思わなかった」


「事実は事実ですもの。でも大きさも事実ですわ」


「……っ」


 また湯が跳ねた。リンシが笑った。


 しばらくして、湯気の中に沈黙が戻った。


 リンシが少し真顔になった。


「……あなたも感じましたか。今朝のユウの匂い」


 アイが黙った。


「感じた」


「私も」


 また沈黙。


「……あの変態」


 アイが低く言った。


「本当に」


 リンシが静かに返した。


「ビャクレンと何かあったと思いますか」


「……あったと思う」


「私もそう思います」


 湯が揺れた。


「何もないよとか言って。あの顔で」


「全力で否定していましたね」


「馬鹿だ」


「馬鹿ですね」


 二人の声が重なった。


 少し間があった。


 それからほぼ同時に、小さく笑った。

 湯気の中で、アイとリンシが並んでいた。


「……ユウは本当に馬鹿ですね」


「そうだな」


 アイが珍しく素直に頷いた。


「でも」


 リンシが続けた。


「嫌いになれないのが、また馬鹿みたいでしょう」


 アイは何も言わなかった。


 湯船の中で、少しだけ顔を赤くした。

 それは湯の熱さのせいだけではなかった。

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