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チンピラだった俺が、たった27人で天下を取ることになった  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第2章 南燕編

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20話 赤の繋がり①

 使節団は揚子江を渡り、北へ向かった。


 広陵を過ぎると、空気が変わった。


 道沿いの村に黄色い布を身につけた者が増える。辻に人が集まり、何かを低く唱えている。単調で執拗な声だ。馬が嫌がって首を振った。


「南燕の領内に入ったな」


 ボクシが静かに言った。


 道がぬかるんでいる。沢地が多く、街道の端に水が溜まっていた。モウチョウが手綱を引きながら舌打ちした。


「こんな道、走れたもんじゃないぞ」


「覚えておけ。いつか攻める時に使う」


 カムキが地形を眺めながら言った。俺も頭に叩き込んだ。沢地が多いということは、大軍が動きにくいということだ。騎馬には向かない。歩兵中心で攻めることになる。


 街は意外と栄えていた。市場に活気があり、商人の声が飛び交う。だが街を外れると空気が変わる。廃村がある。黒ずんだ柱が野ざらしになっていた。


「盗賊の気配がします」


 ギエイが俺の隣に馬を並べ、小声で言った。


「どこだ」


「右の林の奥。三人、ずっとついてきています」


 俺は気づいていなかった。振り向かずに前を向いたまま頷いた。


 リンシが荷馬車の幌を少し開けて外を眺めていた。商人の目だ。街の様子を観察している。値踏みしている。


「何を見ているんだ」


「広固の市場の規模を確認しています。思ったより大きい。後で行かせてもらいます」


「どさくさに紛れて商売するなよ」


「ふふふ。商売にどさくさも何もありませんわ」


 アイが横から冷たい目を向けた。


「あの女は本当に何を考えているんだ」


「商売だろ」


「それだけか」


「それだけじゃないけど、今は商売だ」


 アイは何も言わなかった。



 広固の城門が見えてきた。


 大きかった。城壁が分厚く、高い。南燕の黄色い旗がはためいている。風に揺れるたびに、嫌な感じがした。


 一団は城門をくぐる前に立ち止まった。オウヒツは「カムキ。お前の隊は外で待て」と言った。


「……なんで俺が外なんだ」


 カムキが不満そうに言った。


「護衛は門の外で待つものだ。文句があるか」


「……ない」


 城内に入ると、リンシが素早く動いた。荷馬車の幌を開け、商品を取り出し、あっという間に城内の商人と交渉を始めている。完全に別の顔だ。アイが呆れた目で見ていた。


 謁見の前に、ビャクレンの儀式を遠目に見る機会があった。


 広場に信徒が集まっていた。ビャクレンが生米を咀嚼し、信徒一人一人に口移しで与えていく。信徒たちは恍惚とした表情をしていた。


 俺は顔をしかめた。


「あれが生米の儀式か……」


 ボクシたちも黙って見ていた。その目に嫌悪と興味が混ざっていた。



 謁見の間へ通されたのはオウヒツと俺の二人だけだった。


 入口で武器を預けた。棍棒を渡す時、少し躊躇した。素手になると体が軽くなったような気がして、それが却って落ち着かなかった。


 アイが俺の袖を引いた。


「武器は持って入れないんだろ」


「ああ」


「……無理するなよ」


 それだけだった。それで十分だった。


 廊下を歩く。甘い香の匂いが漂っている。燭台の光が揺れていた。南燕の兵が無言で先導する。その背中を見ながら、俺は広固の構造を頭に叩き込んでいった。


 扉が開いた。


 広い間だった。


 上座にビャクレンが座っていた。


 噂には聞いていた。美しいと。だが実際に目の当たりにすると、想像とは違った。美しい。それは間違いない。だが近づきがたかった。何かを纏っているようだった。


 その脇にトクが立っていた。落ち着いた目をしている。信仰者の目ではなく、政治家の目だ。


 ゴロウが隅に控えていた。こちらを見て小さく頷いた。


 オウヒツが前に出た。


「東晋の使者、オウヒツにございます。此度の講和に際し……」


 格調のある挨拶が続く。俺はその後ろに立っていた。


 ビャクレンの目が、オウヒツの後ろの俺に止まった。


 一瞬だった。


 だが確かに止まった。


 ビャクレンの表情が微かに変わった。眉間に皺が寄る。頭痛でも起きたかのように。


(気づかれた)


 直感した。何を気づかれたのかは分からない。だが確かに気づかれた。


 トクもゴロウもオウヒツも気づいていない。ビャクレンと俺だけが、その一瞬を共有していた。


 謁見が終わった。この後は別室で細かな打ち合わせをする予定だ。


 オウヒツとトク、ゴロウが交渉のため別室へ向かう。俺も続こうとした。


「待ちなさい」


 ビャクレンの声だった。


 静かな声だった。命令でも懇願でもない。ただ止まれと言っていた。


「あなたは残りなさい。話がしたい」


 俺は足を止めた。


 廊下に出た瞬間、ゴロウがトクに耳打ちした。


「ビャクレン様があの護衛に興味を持っておられる。何故でしょうか」


「……分からん」


 トクも首を傾けた。謁見の間でビャクレンの目が護衛の男に止まった瞬間を見ていた。あのような目をビャクレンがするのを、トクは数えるほどしか見たことがない。


「敵国の護衛と二人きりになられるのは……止めに戻りますか」


「無駄だ」


 トクは静かに首を横に振った。


「ビャクレン様があのような目をされた時、誰の言葉も届かない。お前も知っているだろう」


 ゴロウは納得していない顔をしていたが、それ以上は言わなかった。


 トクは歩き出した。その背中には、どこか諦めたような色があった。


 誰もいなくなった。謁見の間には俺とビャクレンしかいない。燭台の妖しい光と甘い香の匂いが一層立ち込める。


 ビャクレンが俺を見ていた。


 さっきとは違う目だった。値踏みでも警戒でもない。もっと別の何かが混ざっていた。


「あなた……どこから来たのですか」


 俺は答えに詰まった。


 懐の中の布地のことが、頭をよぎった。

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