16話 広陵の戦い
平原が黄色い。
地平線まで、黄色い頭巾を被った兵が埋め尽くしている。風が吹くたびに旗がはためき、黄色の波が揺れる。北府軍3万は南燕軍4万と対峙した。
「……圧巻だな」
ボクシが静かに言った。感心でも恐怖でもない、純粋に事実を述べる声だった。
広陵の城壁が遠くに見える。城を取り囲む南燕の別働隊2万が、蟻のように張り付いている。城内の守備軍2万は身動きが取れない状態だ。
俺たちと城内との間に、4万の黄色い壁がある。
「リュウロウシ様」
ケイシャンが馬を寄せた。
「広陵との連絡はどうしますか」
「追って考える。まず陣を張れ」
リュウロウシが短く答えた。その目はすでに地形を読んでいた。
◆
本陣の幕が張られたばかりの頃だった。
商人の一団がリュウロウシを訪ねてきた。率いているのは女である。
年はアイと同じくらいか、少し上か。落ち着いた色の絹の上衣を着ており、商人らしい実用的な身なりだ。だが立ち居振る舞いに隙がなかった。値踏みされているような目が、本陣を見渡す。
「広陵の商会、チン家のチンリンシと申します」
澄んだ声だった。
「リュウロウシ将軍にお目にかかりたい」
兵が制止しようとした。だがリュウロウシが手を上げて止めた。
「通せ」
リンシはリュウロウシの前に立ち、深く礼をした。それから顔を上げ、真っ直ぐ目を合わせた。
「南燕の包囲が始まって半月になります。城内への物資の搬入が止まり、城外の在庫が滞っています。チン家の商会は矢、食料、薬の在庫を持っています。北府軍の補給にお使いください」
「条件は」
「南燕が退いた後、広陵での商いの優先権をいただければ」
リュウロウシはしばらくリンシを見ていた。
「いいだろう。話を続けろ」
◆
打ち合わせが続く中、俺はその場に同席していた。
リンシが物資の種類と数量を読み上げる声を聞きながら、どこかで見たような気がしていた。会ったことはない。だが何かが引っかかる。
打ち合わせが一段落した頃、リンシがふとこちらを見た。
じっと俺の顔を見る。それからゆっくりと口を開いた。
「あなたが、あのリュウユウですか」
「そうだが、会ったことはないぞ」
「広陵の賭場の話は聞いています。イカサマを暴いて大騒ぎにした男だと」
「荒らしてはいない。暴いただけだ」
リンシが笑った。声に出さない、口の端だけで笑う笑い方だった。
「噂通りですね」
「どんな噂だ」
「大きくて、馬鹿正直で、妙に度胸がある男だと」
「馬鹿正直は余計だ。ところで何と呼べばよい?」
「ではリンちゃんとでも」
俺は特に深く考えずに言った。
「リンちゃん。よろしく頼む」
隣でアイの気配が変わった。振り向くと、アイが無言でこちらを見ていた。目が細い。何も言っていないのに、全部言っているような目だった。
◆
翌朝、南燕軍が動いた。
太鼓の音が平原に響く。黄色い頭巾の波が前進を始める。
「来るぞ」
リュウロウシが静かに言った。北府の陣が構える。
距離が縮まる。俺は棍棒を握った。
最初の衝突は凄まじかった。
南燕の兵は陣形など気にしなかった。ただ真っ直ぐに向かってくる。矢を受けても止まらない。槍で突かれても倒れない。倒れても立ち上がる。
「なんだこいつら」
ドウキが叫んだ。
「急所を狙え。それ以外で止まらない」
ボクシが怒鳴り返す。
俺は棍棒を振った。腕に魔力を流す。一振りで数人が吹き飛ぶ。それでも次が来る。また振る。また来る。
ドウサイが地面を突き揺らす。シャカイが風を巻き起こし一帯を薙ぐ。カンシュクが的確に急所を射抜く。
それでも南燕軍は削れなかった。
ソンオンの親衛隊より強かった。
日が傾いた頃、南燕が引いた。第一波が終わった。北府軍には千人以上の犠牲が出ていた。南燕軍も同じくらい討ったが、北府軍の疲労は著しかった。
北府の陣に静寂が戻る。あちこちで傷の手当てが始まった。アイの治癒部隊が走り回っている。
俺は肩で息をしながら、戦場に残された南燕兵の骸を見た。どの顔も、苦しんでいなかった。むしろ穏やかだった。死ぬことを恐れていなかった。
(ソンオンの兵は恐怖を消されていた。こいつらは……恐怖を信仰に変えている)
質が違う。
リンシが近づいてきた。戦場を見渡し、それから俺を見た。
「初日の消耗、想定より大きいですね」
「ああ」
「この調子だと長引くと不利です」
俺は黙っていた。
「補給は私が何とかします。このままでは3日と持ちません」
「分かっている」
リンシは少し間を置いてから言った。
「早く終わらせてください。お願いします」
商人の言葉だったが、その目は真剣だった。広陵で商いを続けてきた女の目だった。
俺は頷いた。
「終わらせる」
根拠はなかった。だがそう言うしかなかった。
リンシも史実にいる人物をモデルにしてます。物語では商人になってますが、史実ではそうではありません。誰をモデルにしているか分かったらかなりの歴史通ですね。




