15話 ビャクレン
北府軍3万は広陵に向けて進軍を開始した。大将はリュウロウシだ。東晋は後秦とも戦争が続いており、荊州にいる西府軍の助力は望めなかった。
なにより西府は北府の政敵だ。助力を望む方が間違いなのである。北府軍3万と広陵の守備軍2万で、南燕軍6万を撃破しなくてはならない。
揚子江を遡上し、広陵に到着した。城の周りを南燕軍がぐるりと包囲している状況であった。
「なんだあれは?」
俺は南燕軍の姿に違和感を覚えた。全員が黄色い頭巾を被っている。原野が黄色で染まる光景は異様であった。
「あいつらは太平道だ」
ボクシが答える。南燕という国の成り立ちを俺に説明しだした。
南燕は燕のボヨウスイの弟であるトクが独立して建てた国である。トクは徐州と青州への進軍中に太平道の教祖ビャクレンに出会った。トクは取り込まれ太平道に入信し、自らは王を名乗りながらも教祖ビャクレンを主とする国を作り上げたのだ。
「つまりソンオンと同じということか?」
「まあ似たようなものだが、南燕は国だ。ソンオンのようにはいかないぞ」
南燕軍は2つに軍を分けてきた。2万を広陵に張り付かせ、4万を北府軍の方へ向けた。南燕の兵たちはソンオンの兵のように札こそつけていないが、目が血走り興奮していた。
「全員、ビャクレンから生米を与えられているのだ」
ギエイがボソっと言った。
「よく知っているな」
俺が感心して言うと、ギエイは「情報は大事だ」とだけ言った。
ソンオンの一般兵は札で強制的に戦わされていた。札を剥がすと無力化する。生米を与えられた兵は親衛隊であった。つまり、南燕は全軍がソンオンの親衛隊並みだということだ。
「また、宗教と戦うのか……面倒だな……」
俺が言うとボクシもシャカイも頷いた。死を恐れない兵ほど面倒な相手はいない。
◆
広固。南燕の国都である。
「我が軍の状況はどうか」
教祖ビャクレンはトクに尋ねた。その目は珍しく怒りに満ちている。
「ダンキを総大将とする軍は広陵を包囲しています」
トクの返答にビャクレンは頷き、「東晋の奴らを血祭りにあげよ」と言った。
「広陵は堅城です。しかも北府軍が援軍に来ています。ここは引くべきかと」
参謀のゴロウがそう言うと、ビャクレンは手元にあった香の入れ物を投げつけた。
ゴロウは額を抑えながら尚も言い募る。
「すでにソンオンとの連携は破綻しています。無駄な戦はおやめください」
「黙れ!これはソンオンのかたき討ちだ!下がれ!」
ゴロウが部屋を出ると、ビャクレンは深く息を吐いた。
ビャクレンとソンオンは同門である。太平道も五斗米道も元は道教だ。宗教による共同体を作るという思想も一致している。2人は意気投合し、共に協力しあうと固く誓った仲であった。
そして2人の関係はただの同門にとどまらない。互いに愛し合う仲でもあったのである。
その関係は10年前に遡る。
2人はとある女子高の学生だった。つまりビャクレンもソンオン同様に転生者であった。ある日、2人は繁華街の交差点で、老人が運転する車に轢かれて死んだ。アクセルとブレーキを間違えたことによる事故であった。
2人が目覚めると、見知らぬ屋敷にいた。そこの者たちは黄色い頭巾を被っていた。修行を行い不老不死や仙人になることを目指す宗教施設であった。泰山という道教の聖地にある道観だ。2人は不気味に感じたが、生きていくにはそこで暮らしていくしかなかった。
「どうやらタイムスリップではなく異世界に転生したようね……」
「昔の中国みたいだけど、魔法を使っているわ」
2人は魔力を持っており、すぐに魔法を使えるようになった。理解は恐ろしく早かった。
「私はビャクレンを名乗るわ」
「あら、可愛い名前ね。私はソンオンよ」
「男みたいな名前……でもあなたらしいわ」
元の名前も捨てた。やがてソンオンは木系統の魔法を元とする符術を極めた。ビャクレンの方は魔法はほどほどであったが、巧みな話術とその美貌で太平道の司教、そして大司教へと出世していった。
2人の関係は続いていたが、ビャクレンが生米だけでなく、より高位な者を肉体で篭絡するようになると、ソンオンはその行為に嫌気がさし、泰山を離れ南へ旅立った。
ビャクレンはソンオンの気持ちが離れたのを寂しく思ったが、それでも2人は世を正す為に協力しあうことを約束したのである。
ビャクレンの方が先に、燕の将軍トクを取り込むことに成功し、広固を拠点として建国した。そして南にいるソンオンの句章での挙兵を支援した。連携して南北から東晋を攻略する作戦であったが、北府軍の動きが早く、句章は奪い返され、ソンオンも海へ身を投げてしまった。
ビャクレンは寝室で赤いレースの下着を外し、寝衣に着替えた。
「わたしたちは天に選ばれたはずだった……東晋め……絶対に許さない」
同じ色の下着をソンオンも愛用していたなと思い出し、大きなため息をつくのであった。




