13話 論功行賞
句章を奪還し、京口へ帰還した。軍はそこで解散となり、3日間の休息が与えられた。
「ユウ。大活躍だったな。次の論功行賞は期待できるんじゃないか?」
「なんだそれ」
「論功行賞だ。活躍したものが昇進したり、褒美が与えられたりするんだよ」
ボクシは珍しく笑顔であった。田舎に居ては学問も剣術も役に立たないと飛び出してきた男だ。普段の冷静さとは裏腹に出世欲はあるのであろうと、俺は思った。
「この下着で武功の証明になったしな......」
俺は地面に寝そべり、指に下着をかけ、くるくると振りまわした。
「おい変態。まだそんなもの大事に持っているのか」
アイが立っていた。呆れた顔をして俺の顔を見下ろしている。
「噂になってるぞ。敵の女大将の下着を剥ぎ取った男だと」
「ちょっと言い方。まるで俺が助平みたいじゃないか」
「ふん。実際そうだろ。この変態」
「まだ怒っているのか?それよりそこに立っていると見えるぞ」
寝ころんだ俺には、アイのスリットの隙間から白い足とその奥の布地も見えていた。
「そうだ。この下着、お前にあげ.......」
「いらん!この変態!」
アイはユウの顔面を思い切り踏みつ潰した。
「痛っ!ちょっ!鼻血でてるんですけど」
「知るか!」
ボクシは冷たい視線をユウに送った。
「お前.......馬鹿だろ、やっぱり」
休息の間、兵たちは自由に過ごしていた。俺はドウキや配下の兵たちとチョボをしていた。ドウサイは筋肉が鈍ると言って丸太を振り回している。ボクシやシャカイは何やら難しそうな本を読んでいた。夜は夜で宴会になった。戦の疲れは酒を飲んで騒いで吹き飛ばした。
「シャカイ。お前は何で風系の魔法を使えるのだ」
ボクシはシャカイを捕まえ尋ねた。風系は五系統のどの魔法にも属していない新しい魔法である。約200年前、赤壁の戦いでショカツリョウが風を起こし勝利に導いたことが、風魔法の由来とされている。東晋ではその故事を元に風魔法の研究を行い、大将軍級が使えるのみだ。
「シャセキという将軍がいたのを知っているか?」
「ああ、淝水の戦いで秦の女将軍モクランに討たれた人物だ。シャアン様の甥だろ」
「そうだ......シャセキは俺の父だ。戦場で女の尻を追い回したせいで、惨めな最期を遂げた。それ以来、俺の家は没落した。俺はシャアン様を見返す為にここに来たんだ」
ボクシは驚いた。シャカイはシャアンの親類ということである。シャアンは大将軍級であり、数少ない風魔法の習得者だ。同じ一族ゆえに適正があるということなのかとボクシは思った。
「俺の風魔法などまだまだだ。シャアン様のように戦場を支配するほどの威力はない」
シャカイはそう言うと酒を軽くあおって、寝床に向かっていった。
休息日が明けると俺はリュウロウシに呼ばれた。
論功行賞であった。
北府の本陣に入ると、すでにソンオンの乱に参加した将校たちが居並んでいる。正面の一段高い場所にはリュウロウシが立っており、その脇にケイシャンが居た。
「皇帝アンテイ様から今回の反乱軍鎮圧の褒章が与えられる。呼ばれたものは前に出よ」
何人かの将校の名が呼ばれる。新たに百人将になるもの。金品を授与されるもの。リュウロウシから賞状のようなものを手渡される度に拍手が起きる。
「百人将ユウ!前へ!」
ケイシャンが俺の名前を呼ぶ。場がざわついた。「あれが敵の女大将の下着を剥ぎ取った男か」などの囁き声が聞こえる。リュウロウシは咳払いし言った。
「初戦で敵将を討ち、句章の城門を開けた。更にはソンオンを崖から身を投げる程に追い詰めた。その功績は此度の戦で一番である」
俺は皆の前で功績を言われて恥ずかしかった。
「その功績により、五百人将へ昇進、ならびに黄金10斤を与える」
場内に驚きの声が上がった。北府に入ってわずかな期間での五百人将昇進は異例中の異例である。黄金10斤も大金である。驚きの声はやがて万雷の拍手に変わった。
「リュウロウシ様」
「なんだ」
「俺の功績は配下の者たちのお陰です。黄金は100人で山分けしてよいでしょうか?」
「好きにせよ。お前の隊のことだし、自分で決めよ」
俺が振り返ると、ボクシもドウサイもシャカイもドウキも笑顔で誇らしげであった。そしてアイも笑顔で見ていた。目が合うとアイは慌てて目を逸らした。
「以上で論功行賞は終わりだ。ユウ、シャアン様がお呼びだ」
シャアンに呼ばれたのは俺1人だけであった。政務室に入る。シャアンの姿に俺は驚いた。ほんの数か月の間で瘦せ細っていた。
「よく来たな。ユウ。見ての通りだ。ワシはもう長くない」
俺は何と言って分からなかった。なぜここに呼ばれたのかも分からなかった。
「カンゲンという男を知っているな?」
俺は「知らない」と首を振った。
「......お前は少し賭け事以外のことにも興味を持て。毎日、チョボばかりやりおって......」
俺はシャアンにばれていることに驚いた。冷汗が止まらない。
「カンゲンは危険な人物だ......」
シャアンがカンゲンについて語った。荊州を本拠地とする西府の将軍であり、今は国都建康に居て、朝廷の実権を握っている。カンゲンの父はかつての大将軍カンオンで、北府のシャアンとは因縁の仲であった。カンオンは野心を持った人物であった。独断で燕と交渉し、洛陽を得て独立して王になろうとしたという噂もある。
カンオンが死に、その意思は息子のカンゲンに引き継がれた。カンゲンは父よりも政治に通じており、将軍でありながら政務にも首を突っ込んでいた。
「あいつは今の皇帝であるアンテイ様に禅譲させて王になろうとしている」
俺は禅譲という言葉を知らなかったが、カンゲンが王の地位を狙っているということは理解した。
「それだけは阻止しなければならない。先代の皇帝の恩義に報いる為にも......」
今の皇帝アンテイは重度の知的障害を持っている。皇帝としての政務は出来ず、ただのお飾りなのだ。それでも皇帝でいられるのは、北府の存在が大きかった。
「ワシが生きているうちは問題ない。だがその時間も残りわずかだ......」
俺はなぜこのような話を俺にするのかと思った。内容が重たすぎた。
「ユウよ。北府を率いる大将軍となれ。時間は無い。実戦で成りあがってこい」
「......その......リュウロウシ様ではダメなのですか?」
「あの男は果断だし優秀だ。だが、将軍どまりだ。カンゲンには勝てない......」
俺はリュウロウシの足元にも及ばないと思った。
「お前には可能性を感じる。それに仲間にも慕われている」
シャアンはそう言うと瞼を閉じた。眠ったようであった。俺は言われたことを理解できなかった。シャアンの見込み違いだとしか思えなかった。
呆然としながら政務室を出た。リュウロウシが待っていた。
「ユウ。次の戦だ。南燕が活発になってきている。出陣の準備をせよ」
シャアンの言ったことを考える余裕は無かった。有無を言わさず実戦で鍛えるつもりなのであろうと感じた。自分の顔を両手でパシンと叩く。気合を入れ直した。




