12話 ポリエステル
北府の軍はソンオンを追い、句章へ進軍した。城壁はさほど高くない中堅都市である。ソンオンの軍は原野の戦いで散々に打ち破られ、句章に籠るのは3千人ほどであった。
3万の兵で城を囲む。
「10倍の兵力だからと言って油断するな」
リュウロウシは将校を集めて作戦を伝えた。城壁に梯子をかけて中に侵入し、門を開ける。正攻法の城攻めである。
俺にとっては初めての城攻めである。城壁を見上げる。ソンオンの弓兵が待ち構えている。
「普通に登って行ったら射貫かれるぞ」
「何を当たり前のことを言っている。弓矢に耐えながら登るんだよ」
ボクシは事もなげにさらりと言う。
「ここは身体強化が出来るユウの出番だぞ。先頭で矢を受けてくれ」
「いやいや、そう簡単に言うなよ」
「問題ない。お前は頑丈だ」
攻城戦が始まった。何か所も梯子が掛かる。城壁の上から矢が雨のように降り注いだ。他の歩兵隊は矢に射られ、梯子から落下する者が相次いだ。追い詰められたソンオンの兵たちは必死に防戦した。
「敵は少ない。こちらの攻撃に全て対処できるわけがない。手を緩めるな」
リュウロウシは太鼓を鳴らし続ける。城壁に掛かる梯子の数が増えていく。
「ユウ、行くぞ。俺たちの番だ」
「仕方ない。俺の後に続け」
俺は全身に力をこめると、体が鉄のように硬くなっていった。先頭で梯子を登る。
矢が来た。
弾き返す。
「化け物だ!登ってくるぞ!」
城壁のソンオンの兵たちは慌てた。ただでさえ防戦一方なのに、矢が通らない巨漢が登ってくるのだ。矢だけでなく煉瓦や石など投げつけたが、びくともしなかった。
「よし!登りきったぞ!」
難なく城壁の上に登り、棍棒を振り回した。弓兵が吹き飛ばされる。ユウに続いて、ドウサイやボクシ、シャカイと登ってくる。そして百人隊が登りきる。
城壁の上に拠点が出来た。門に向けて走り出す。
「門に近づけるな!」
だが、百人隊は止まらなかった。棍棒で突き倒す。火球で弾き飛ばす。ついに門の上へ辿り着く。
「よし!ユウ、飛び降りて門を裏から開けろ」
ボクシはそう言うと、ユウの背中を押した。
「おい!待て!うああああああ!」
城壁の上から落とされた。ドシーンと地面に着地する。ちょうど門の裏であった。
「門の裏にある岩を投げ飛ばせ!」
ボクシは縄で城壁を降りながら俺に向かって叫んだ。
「分かっている!人使いが荒いぞ!」
俺は門を守る兵を弾き飛ばし、巨大な岩を抱きかかえた。
「ぐおおおおおおおお!」
岩を持ち上げ、投げ飛ばす。それを見てソンオンの兵たちは驚愕した。
「なんだあいつ!本当に人間か!」
重りが無くなった門が開いた。ケイシャンの騎馬隊が突入してくる。城壁の上も北府の軍が完全に掌握していた。
「ユウ!急ぐぞ!ソンオンを捕えるのだ!」
ドウサイは俺を促した。句章はもう落ちたも同然だ。後はソンオンを捕えるか討つだけだ。俺もソンオンがなぜ俺に怯えたのか気になっていた。
「いたぞ!ソンオンだ!」
ソンオンは信徒たちに守られ、開門した方と違う門から逃げようとしていた。俺と目が合う。
「ひぃいいいいい」
ソンオンはまたもや悲鳴をあげる。
「おい!まて!話を聞かせろ!」
追いかけた。味方もソンオンに向かって殺到している。
「ソンオン様!お逃げください!」
近衛兵たちがソンオンを逃がそうと踏み留まる。乱戦となった。近衛兵たちは寡勢であったが、北府の軍相手に奮闘した。
門が開きソンオンが城外に飛び出す。
「ユウ!こいつらは俺たちに任せて追え!」
ボクシはドウサイ、シャカイと共にその場に残り、俺を先に行かせようとした。ドウサイは少し不満そうな顔をしている。
「大将首の手柄はみんなで山分けだ!」
俺が叫ぶとドウサイも納得した様子であった。
ソンオンの逃げ足は早く、離される一方である。俺の他にも別の隊が追いかけていたが、誰も追いつけない。
なんとか視界の端には捉えることが出来ている。次第にソンオンの速度が落ちてきた。札で足を速くするのも限界がある。ソンオンの肉体は悲鳴をあげていた。
海が見えてくる。俺はただ一人、ソンオンに追いついた。
「追い詰めたぞ!」
ソンオンの背後は断崖であった。
「く、来るな!化け物!」
ソンオンは俺が近づくと腰を抜かし座り込んだ。脚はガクガク震え、綺麗な顔は恐怖で歪んでいる。
「お前は何者だ……その膨大な魔力はなんだ……」
俺は答えに窮した。ソンオンは何かを感じ取っている。自分では膨大な魔力など感じていない。
「ソンオン。俺の何を知っているのだ」
「お前はこの世の者ではない……」
俺はソンオンの言葉にハッとした。転生したことをソンオンは気が付いているのであろうか。
「俺は先の世から来たと言えば信じるか」
言ってしまった。俺自身もその言葉が正確なのかも分からないままだ。だが、ソンオンはそれを聞き表情が和らいだ。
「そうか……天に選ばれたというわけか」
「どういうことだ?」
俺が一歩踏み込むとソンオンは身を翻し崖から身を投げた。一瞬、微笑んだような気がした。
「あっ!」
咄嗟に伸ばした手でソンオンの道着を掴む。ビリビリと裂け、ソンオンの体は落ちていく。俺は何とか捕えようとソンオンの腰のあたりを掴もうとした。
だが、ソンオンを捕えることは出来なかった。悲鳴もなかった。やがて海に落ちる音が聞こえる。
この高さから落ちたら助からないであろうと思った。手には布地を握っていた。
「……」
北府の兵の一団が向かってくる。ソンオンを捕えることも、首を取ることも出来なかった。
リュウロウシの前に立った。
「ソンオンはどうした」
「取り逃がしました。崖から身を投げ……首を取ることが出来ませんでした」
リュウロウシの眉が動いた。
「……それだけか」
「あの……これを」
俺は手に持っていた布地を差し出した。
リュウロウシが絶句した。周りの将校たちも固まった。
「ソンオンの……首の代わりに……その……下着を」
沈黙が続いた。
リュウロウシがゆっくりと口を開いた。
「……よし。手柄として認める」
「え?本当ですか?」
「ソンオンを追い詰め、みずから身を投げさせた。それは事実だ。首は取れなくとも、乱を終わらせた功績は本物だ」
リュウロウシはそれ以上何も言わなかった。だが、その目が微かに笑っていた気がした。
アイが近づいてきた。
「お前の手柄は下着か」
「うるさい」
「ふふ……」
アイが珍しく笑った。
だがアイは俺の手の中の布地をじっと見た。
「……随分と変わった形だな。この素材は何だ」
俺も改めて見た。確かに変だ。薄くて、滑らかで、この世界では見たことのない素材だ。だが俺には見覚えがあった。転生前の世界のものだ。そしてよく見ると小さなタグがついていた。
文字が書かれている。
「ボクシ。これ何て書いてある」
ボクシが覗き込んだ。
「……読めない。見たことのない文字だ」
俺が覗き込んだ。
読めた。
カタカナだった。
「ポリエステル……」
俺はまさかと思って固まった。
「そういえば……アイのとは全然違うな」
口から出てしまった。
アイの動きが止まった。
「……今、何と言った」
「いや、その……」
「お前、今……何と言ったのだ」
アイの目が細くなった。次の瞬間、俺は吹き飛ばされていた。
「この変態!」
足音荒く立ち去るアイ。
ボクシが呆れた顔で見下ろした。
「お前は本当に馬鹿だな」
「分かってる……」
地面に転がりながら、俺は考えていた。
ポリエステル。現代の素材だ。この時代にあるはずがない。
つまりソンオンは——
(俺と同じだ。転生者だ)
崖の上でのソンオンの言葉が蘇った。
「天に選ばれたもの」
ソンオンも転生していた。だから俺の魔力を感じ取れた。だから怯えた。同じ種類の存在だと分かったから。
俺は空を見上げた。
天に選ばれた、とはどういうことだ。俺が?
まったく見当がつかなかった。
だがソンオンの言葉だけが、頭の中でぐるぐると回り続けた。




